第112話 氷華の魔導士

 戦いの音があちこちで鳴り響く中、ソルドレッドはニーズヘッグの幹部の一人、ルーファスと対峙していた。


 もちろん、ルーファスがニーズヘッグの者で幹部だということは知らないが、ルーファスから出ているオーラからただ者ではないと直感的に悟った。


「……お前もエーデルバルムに雇われた冒険者か?」


「冒険者……? 残念ですが、僕はその集団とはまったく関係ないですね」


「……なら、ニーズヘッグとかいう輩か?」


 ソルドレッドの口から出た「ニーズヘッグ」という単語にルーファスは僅かに驚くような顔を出す。


「ほう、僕らのことはご存知でしたか。他国とは一切交流を持っていないあなた方がどうやってその情報を掴んだのか、までは深く追求しませんが、お察しの通り僕はニーズヘッグで幹部をやらせていただいているルーファスと申します」


 丁寧な口調で自己紹介をしながらソルドレッドに向かってお辞儀をした。


 ソルドレッドは余裕綽々なその言動に苛立ちを見せながらも胸中では、僥倖に巡り合えたと喜んでもいた。


 目の前にいる男こそ今回の戦いでニーズヘッグを率いているに違いない。この男さえ倒せればニーズヘッグの勢いも止まる。

 そう考えたソルドレッドは、ここでルーファスを仕留めようと戦闘態勢を取る。


「陛下! ここは我々にお任せを。まだ陛下が出る幕ではありません」


 戦いに出ようとしていたソルドレッドを止めたのは、護衛をしていた二人の初老の騎士だった。


「お、お前ら!?」


「陛下が先陣を切る必要はありません」


「まず、私たちが出ていき、奴の手の内をさらけ出して見せます」


 そう意気込みながら二人はルーファスに向かって駆け出していった。


「これ以上、同胞たちをお前らの好きにさせてたまるか!」


「覚悟しろ! 人間っ!」


「……フッ」


 殺す勢いで襲い掛かろうとしている二人を前にルーファスは、悠然とその場に立ちながら笑みを浮かべていた。

 ……そして、


「……なっ!?」


 それは一瞬の出来事だった。

 周囲に広がっていた青々とした森の景色に突然、霜柱を生み出しながら凍り付いた景色へと変わっていく。

 戦いを挑んだ二人は、巨大な氷塊に閉じ込められてしまい、戦いは一瞬にして終わってしまった。


「おや、もう終わってしまいましたか」


(氷系の魔法の使い手……それもあれほどの氷塊を一瞬にして作り出すとは……この男……できる)


 戦った二人は戦闘経験も豊富でかなりの実力者だったにもかかわらず、それを一瞬にして終わらせてしまいうほどの力をルーファスは持っている。

 それを瞬時に理解したソルドレッドは、後ろにいるクリスティーナに向かって指示を出した。


「クリス! 今すぐここから離れろ!」


「えっ!? で、ですがお父様……」


「お前がいては足手まといだ!」


「っ!? ……くっ!」


 クリスティーナはそれ以上反抗する言葉を口にすることなく、後ろを振り向くと、そのまま森の奥へと走り去っていった。


(すまぬ……クリス……)


 ソルドレッドは、胸中でクリスティーナに詫びる言葉を思い浮かべながら改めて戦闘経験を取った。


「随分と簡単に見逃してくれるんだな」


「美しい親子愛を見せてもらったのでそのお礼ですよ……。ところであなた、他のエルフと比べてずいぶんと身なりがいいようですが、もしかしてエルフたちの指揮官だったりしますか?」


「私はエルヴバルム第13代国王ソルドレッド・エルフィンシュベルト! これ以上の民たちへの狼藉は、この私が許さん!」


「……どうやら予想外の大物だったようですね。まさか、国同士の戦争に国王が出張ってくるとは思っていませんでしたよ」


「ほざけ! その余裕もすぐにできなくしてやる」


「それは楽しみですね……やれるものならやって見せてください!」


 先に動いたのはルーファスの方からだった。

 前へと走り出しながら氷で作られた二振りの剣を両手に構える。


 それに対してソルドレッドは、身の丈ほどある大剣を片手で持ちながらもう片方の手をルーファスに向ける。


「『精霊の光子線こうしせん』」


 精霊魔法を唱えると、後ろに複数の小さな光の精霊が出現し、その精霊からビームのように一直線に伸びる光線が放出される。


「っ!? 《氷壁》」


 光線に反応したルーファスは即座に足を止め、前に氷の結晶の形をした盾を出現させた。


「無駄だ!」


 ソルドレッドの宣言通り光線に耐えきれず、氷壁はいとも簡単に砕き散る。


「――チッ!」


 ルーファスは、氷壁が崩れる前に横に跳び、光線を掠る程度のダメージに済ませた。

 しかし、ルーファスに気が休まる時間はない。躱されることを読んでいたソルドレッドは自身に強化魔法を掛けながら瞬時にルーファスとの距離を詰める。


 そして、隙ができているルーファス目掛けて大剣を振り落とした。


 ドオオオオン。

 地面が抉れるほどの轟音が鳴り響いた。


「……よし」


 確かな手ごたえが大剣を通して感じてきて思わず口元がにやけてしまった。


「……っ!?」


 喜ぶのも束の間、土煙が晴れてルーファスの姿を確認すると、そこにはルーファスの姿などまったくなく、氷の塊が散らばっているだけだった。


「ば、馬鹿な!? 奴はいったい――っ!?」


 後ろに殺気を感じ、対応しようと、後ろを振り返るが、もう遅かった。


「ガハッ!」


 ソルドレッドが振り向くと同時にルーファスの二振りの氷剣がソルドレッドの体を切り裂いた。


「……休んでいる暇はありませんよ」


 ルーファスは空に向けて手を突き出すと、空から無数の氷柱を出現させ、ソルドレッドへと振り落とす。


「舐めるなー!」


 出血していく体を無視してソルドレッドは空を見上げる。大剣を構えると、向かってくる氷柱に対してその大剣を振り回していく。

 無数に近い氷柱は、次々とソルドレッドによって砕かれ、軽い傷を負いながらルーファスの攻撃を見事に防ぎきる。


「お見事です。……なかなかやりますね」


 などと、ルーファスはこの状況でもまだ余裕な態度を見せている。


「ふざけたことを言いやがって……さっきの氷の欠片もお前の仕業だろ」


「さっきの……ああ、あのことですか。ええ、そうですよ。あれは、僕に似せて作った氷の像です。どうです、そっくりでしたか?」


「ああ、おかげですっかり騙されたな」


「フフ、さあ次はどうしま――」


「『地精霊の岩槌がんつち』」


 ルーファスの言葉の途中で今度はソルドレッドから攻撃を仕掛けてきた。

 空に複数の岩石を出現させ、先ほどのルーファスと同じように地面へと降り注いだ。


「……これも精霊魔法ですか? こちらが使う魔法の中似たような魔法がありましたね」


 ルーファスは特に避ける素振りを見せることなく、その場に立ち止まっていた。


(先ほどの盾を出しても防ぎきれるはずがない)


 最初に見せた氷壁に対した防御力はないとこの目で確かめていたので、これは決まるという確信がソルドレッドにはあった。


「少しばかりレベルを上げるとしましょうか……《氷壁・雪月華せつげっか》」


 ルーファスは華の氷を次々と作り出すと、その華たちはルーファスを包み込むように広がっていき、やがて複数の華でできたドームが完成する。


 ドン。ドン。

 最初に見せた氷壁より硬度が増しているのか、降り注がれた岩石は、ドームによってすべて防がれてしまった。


「どうやら今回は僕の勝ちのようでしたね」


 精霊魔法を防いだと判断し、ルーファスは余裕の表情で氷のドームを解除する。


「『精霊の光子線』」


「――ぐっ!?」


 横から飛んできた複数の光線がルーファスの体に突き刺さった。

 先ほどまで余裕の顔を見せていたルーファスもこればかりは苦悶の顔へと変わり、傷跡に手を伸ばす。


「あまり私を舐めないでもらおうか」


「どうやら少々油断したようですね……。少しばかり本気と行きましょうか」


 言いながらルーファスは再び氷剣を作製し、ソルドレッドに向かっていく。

 ソルドレッドも真っ向から挑むように大剣を手に持ちながら前へと駆けだしていった。


「ハアアアアアアッ!」


「ウオオオオオオッ!」


 激しい衝撃波を周囲にまき散らしながら両者は激突した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一方、ソルドレッドの命令でその場を離れたクリスティーナは、戦争の真っ只中を駆け回っていた。


 必死に走っているクリスティーナの目には涙が溜まり、今にも溢れかえりそうになっていた。

 あの場にいた彼女自身、ルーファスとの実力差は理解していた。あれほどの力を持っている魔法使いを相手にクリスティーナがいても邪魔なことはソルドレッドに言われずとも分かっていた。


「このままお父様を見捨ててたまるものですか。絶対に加勢に参りますからそれまで耐えてください」


 希望をまだ捨てていないクリスティーナは、ルーファスを倒すための戦力を集結させるために奔走していた。


「ク、クリス……? なぜここに?」


 同胞を見つけずにいられないまま走り回っていると、突然横からフリードリヒが飛び出てきた。


「フ、フリード兄様!? 前線にいたはずでは?」


「前線で暴れまわっていたんだが、体に限界が来てしまったんで……後方に下がって休息を取っていたんだ」


「お怪我はありませんでしたか?」


「ああ、大丈夫だ。それよりも、クリスがなぜここに? お前は確か父上とともにいたはずでは?」


「それが……」


 クリスティーナは、これまでの顛末をフリードリヒに伝える。

 そして、すべてを伝え終えると、フリードリヒは血がにじみ出るほど拳を握りしめながらふつふつと怒りが込みあがらせていた。


「父上が心配だ……今すぐ行こう」


「で、でも……私たちだけでは足手まといになるだけです。もう少し仲間を集めてからでも……」


「無理だ。みんな突然戦場に現れた連中の相手でいっぱいで他に戦力を回せる余裕はないはずだからな」


「そ、そうですか……。分かりました、こっちです」


 フリードリヒの状況判断に賛同し、クリスティーナは戦力を集結させることを諦めることにした。

 すぐに頭を切り替え、フリードリヒをソルドレッドがいる場所へと案内する。


(どうかご無事でいてください、父上)


 胸中でソルドレッドの無事を祈りながらクリスティーナの後をついていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ソルドレッドとルーファスの戦いは終結を迎えようとしていた。


「ハア……ハア……」


「……ぐっ、あぁ……」


 両者との戦いは苛烈を極めていた。

 それほど長い間戦っていたわけでもないのに、周囲には激しい戦闘の跡や氷の残骸が広がっている。


 戦いは均衡したまま決着がつかずにいたが、時間が経つにつれソルドレッドが優勢となり、あと一歩というところでルーファスを追い詰めていた。

 ここまで来るのに、何度も精霊魔法を撃ち続け、ほとんどの使用回数を使い果たしてしまった。


 しかし、これでこの戦いも終わる。そう考えると、ソルドレッドも少しは気が晴れる思いをしていた。


「まさか……ここまでやるとは……」


「余裕ぶっこいてこのざまか……大したことねえな」


「それは心外ですね……。さて、最後に笑うことになるのは果たしてどちらでしょうね」


(なんだ? まだなにか奥の手でも隠しているのか?)


 追い詰められたこの状況下でも命乞いの言葉も口にしないルーファスの態度に違和感を覚えていた。

 このまま奴のペースに流されまいと、ソルドレッドは勝負に出た。


「喰らいやがれ! 『雷精霊の雷撃破』!」


 雷系の精霊魔法が発動すると、ソルドレッドの腕に電撃が帯びる。その電撃を地面へと流すと、波のように電撃は形を変え、ルーファスへと襲い掛かる。


「くっ!」


 電撃の波をルーファスは上へと跳躍しながら躱す。


「……殺った」


「――っ!?」


 ルーファスの次の行動を読んでいたソルドレッドは、避けられない空中を狙って最後の攻撃に仕掛ける。

 突如目の前に現れ、判断が遅れているルーファスにソルドレッドは、躊躇うことなく心臓目掛けて大剣を突き立てた。


「アアァァッ! グハッ!」


「ウオオオッ!」


 ルーファスを串刺しにしたまま地面に突き刺した。


「ハア……ハア……」


 これで終わり。そう確信したソルドレッドは激しく息切れをしながらルーファスの姿を見る。


 大剣は間違いなくルーファスの心臓を捉え、ドクドクと大量の血が流れ出ている。

 これで今度は氷で作られた像ではないと確認できたのでほっと安堵した。


「か、勝った……。これでこの戦争も……」


 終わる。

 その一言を言おうとした瞬間、


 ザクッ。


「ガッ!?」


 背中から強烈な痛みと激しい熱が走る。

 ソルドレッドは、痛みを堪えながら下を見ると、そこには見覚えのある氷剣が腹部から突き出ている。


(ば、馬鹿な……)


 恐る恐る顔を後ろに向けるとそこには、


「本当にご苦労様でした。……もう休んでいいですよ」


 涼しい顔をしたルーファスがソルドレッドの背中に氷剣を突き刺している姿が見えた。

 ソルドレッドの前には瀕死のルーファスの姿が、そして後ろにも同じくルーファスの姿がある。


「なぜ……貴様が……」


 血を垂れ流しながら問いかけるソルドレッドの姿にルーファスはニヤリと笑みを浮かべていた。

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