第111話 動き出すニーズヘッグ

 いよいよニーズヘッグも参戦するというルーファスの宣言にキールは手を挙げながら発言する。


「少しよろしいでしょうか、ルーファス様。まだ具体的な作戦内容など聞かれていないのですが、その辺はどうお考えなのでしょう?」


「ああ、そうでしたね。……といっても作戦など大層なことを言ってもあなたたちは素直に従わないでしょうから好きにやっても構いません」


「……まあ、確かにうちは良くも悪くも我が強い人が多くいますが……」


 キールはバツが悪そうに言葉を濁した。


 ニーズヘッグなどという組織名が付いているが、要は単なる異種族狩りが集まってできた組織。

 構成員もみな、金儲けや強者との戦いに飢えているなどと自分勝手な理由でニーズヘッグに入った者ばかりだった。


「それにどうやら……先走ったバカがいるようですし……」


「えっ……? あっ! ダインの奴……どこ行きやがった!」


 ルーファスに言われて周りを見渡すと同じ『トリニティ』のダインの姿が見当たらなかった。


「……ん?」


 後ろから誰かに服の裾を掴まれている感触に襲われ、後ろを見ると、キリカがクイクイとキールの裾を掴んでいた。

 キリカは、エルヴバルムの方角を指差しながらキールになにかを伝えようとしていた。


「どうやら、彼は先に行ってしまったようですね」


「なんということだ……。あのバカは……」


「過ぎてしまったことはもういいです。残った方だけでいいですから簡単にエルフへの対処法をお伝えしておきます」


 先に行ってしまったものは放っておき、ルーファスは淡々とエルフとの戦い方について説明していく。


「しばらくの間、戦闘を観察していましたが、やはり敵地だけあってエルフたちに少々分があるようですね。特に注意すべき点はエルフが使っていた精霊魔法です」


「精霊魔法……?」


「ええ。組織から送られた封書の中にその魔法について書かれていました。エルフ族だけが扱える魔法で、最低でも中級魔法と同等の威力を持っている魔法です」


 ルーファスは一度、エルヴバルムの方角に顔を向けながら話を続ける。


「僕も少々気になって今まで観察に徹していましたが、確かにあの魔法は我々にとって厄介なものになりそうですね。ほとんど詠唱も必要とせずに発動させているので、精霊魔法を発動させる前に捕縛するのはかなり難しそうです」


「……では、どうするおつもりで?」


「それについては、一つ思いついたことがあるのでそれを実践することにしますので、皆さんは好きに動いてエルフを捕獲してきてください」


「ルーファス様はこれからどうするおつもりですか?」


 ルーファスはニヤリと口角を上げ、キリカに目をやる。


「僕はこれから大物を捕らえに行きます。そこまでの露払いはキリカにお任せするので付いてきてください」


 ルーファスの護衛に任命されたキリカは、特に拒否する素振りも見せず、首を縦に振り、同意した。


「……では、皆さんに精霊魔法への対処法をお伝えします」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ニーズヘッグが動き出してから少し時間が経った頃。


 エーデルバルムの陣営は攻めあぐねていた。

 ゴーレムの軍勢の消失に魔導部隊の全滅。エーデルバルムの損失はあまりにも大きく、一度ゴーレムのおかげで優勢を保っていたところでそれが一気に崩れてしまったのでエーデルバルムの士気もどん底まで落ちてしまった。


 現在、エルフの総攻撃になんとか耐えているもののいつこの均衡が崩れてもおかしくない状況だった。


 次々と変わっていく戦況の変化にランドルフは、悔しそうに舌打ちをしていた。


「くそ! このまま無残に敗走などしてたまるか! おい、各地の状況に変化はあるか」


 近くにいた連絡係に声を上げながら質問する。


「い、いえ! まだ何も……。防戦一方ではありますが、まだ戦闘不能の部隊はないとのことです」


「……なら、まだ勝機はある。戦力が均衡しているならまだどうにでもなる」


 などと強気な態度でいるが、内心ではエーデルバルムの敗北が頭の中によぎっていた。

 エーデルバルムにとってあのゴーレムの軍勢は切り札のようなものであったためそれがなくなった今、彼らには手の打ちようが見つからずにいた。


「っ!? ま、まだだ! まだ我々にはニーズヘッグがいる。こんな大変なときに奴らはいったいどこでなにをしているんだ!」


 いまだ姿を見せないニーズヘッグにイライラしていると、連絡係から声を掛けられた。


「団長……まずいことが起きてしまいました……」


「……っ? なにがあった?」


 ただならぬ雰囲気にランドルフは思わず身構える。


「先ほど第三小隊から連絡があり、ニーズヘッグと合流したとのことです……」


「おお! ようやく動いてくれたか」


「彼らの協力でエルフたちを次々と捕獲しているとのことです……」


「……それのどこがマズいことなんだ?」


「そ、それが……奴らは……私たちの仲間を盾にしながら戦闘を繰り返しているようなのです……」


「な、なにを言っているお前!」


 突然の意味不明な言動にランドルフは声を荒げる。


「私にもなにがなんだか……とにかくニーズヘッグの功績はすべてエーデルバルムの損害の上に成り立っているということです。……エルフの捕獲には成功していますが、このまま行けば我が軍の中に戦える者がいなくなってしまう恐れがあります」


「ニ、ニーズヘッグの責任者はなにをやっている! 確かルーファスとか言ったな……奴はどこにいる!」


 連絡係からの報告に怒り心頭をあらわにしたランドルフは、怒気を孕んだ声を上げながらルーファスの居所を問い詰めていた。


「私に言われても困ります! それらしい人物を見かけたという情報もありませんし……」


「なら、即刻そのようなふざけたマネ、やめさせろ!」


「そ、それも無理です。奴らはそこいらのチンピラ集団ではなく、戦闘のプロなんですよ。逆にこっちが返り討ちに遭ってしまいますよ!」


「な、なんだと……」


「……おや? そこにいるのは騎士団長さん……でしたかな?」


 ただ黙って見ているしかない状況に地団駄を踏んでいると、突然茂みの中からルーファスとキリカがランドルフの前に出てきた。


「き、貴様っ!」


「おやおや、随分とご立腹のようですね……」


 激しい剣幕を見せているというのにルーファスは動揺せずに落ち着いた顔をしている。


「当たり前だ! 貴様、よくも我が部隊の仲間を盾にしてくれたな」


「ああ、そのことですか。これも任務遂行のためですから我慢してください」


「我々を舐めているのか!」


「ハア……。僕たちも仕方なくやっているのですよ。エルフたちが使っている精霊魔法とかいう特殊な魔法に対して厳密な対処法がないのであなたたちのお仲間にはそれを防ぐための盾になってもらいました……」


「冒険者どもならまだしも……なぜ我々の部隊まで……」


「では……あなた方だけでエルフたちを捕らえることはできますか?」


「……っ」


 痛いところを突かれてしまい、なにも言い返すことができずにいた。


「無言は肯定と捉えておきます。僕たちにはそれだけの力がありますから役に立たないあなたたちに少しばかり仕事を与えただけです。……ああそれと、ご心配なく。負傷した者たちはうちの治癒術師の手によって治療させておきますので……」


「そ、そういう問題では……」


 あまりにもエーデルバルムを虚仮こけにした言い方にランドルフの我慢も限界だった。

 気付けば彼の手は腰にある剣に手を伸ばしており、今にもその剣を抜き、ルーファスに斬りかかろうとしていた。


 ……しかし、


「――っ!」


「うっ!?」


 それはキリカの手によって未然に防がれることになった。

 ランドルフが剣に手を伸ばした瞬間、キリカは居合切りの要領で鞘から刀を瞬時に抜き出し、切っ先をランドルフの首元で寸止めしていた。


「キリカ、ご苦労様です。後は僕に任せてください」


 キリカはルーファスの言う通り刀を収め、一歩後ろに下がった。


「いいですか、騎士団長さん。僕たちは国王から直々に依頼されましたがあなたたちと協力するつもりは毛頭ありません。……あなたの王からも僕たちの好きにしていいと言われているので僕たちがすることに手を出さないでいただきたい」


 そう言いながら詰め寄ってくるルーファスになぜか恐怖し、ただただ黙ることしかできなかった。


「……あまり僕たちを舐めないでください。よろしいですね」


「は……はい……」


 同意の声を聞けたことに満足したのか、ルーファスとキリカはそのままどこかへと行ってしまった。

 残されたランドルフはしばらくの間、ガクガクと震えながら頭を抱えていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――同時刻。

 ニーズヘッグが動き出し、次々とエルフたちが奴らの手に堕ちたことはソルドレッドの耳に届いていた。


「国王陛下大変です! 右翼を責めていた十四、十六部隊が全滅したとの報告が……」


「ま、またか……」


「こちらも同じ状況です……」


「どうやらニーズヘッグとかいう集団がこの戦いに出てきたようだな。……仕方ない。一度、全部隊を後退させろ」


 またもや不利な状況に陥り、ソルドレッドは苦渋の決断を下すこととなった。


「お父様、この後は戦力を固めて迎え撃ちますか?」


「それも一つの手だな……。フリードのほうは無事か?」


「先ほどニーズヘッグとの交戦がありましたが、撃退に成功したとの連絡を受けました。今は他の部隊の応援に向かっています」


 クリスティーナの言葉に少しばかりホッとしたランドルフだったが、まだまだ気が抜けない状況だった。


「こうなったら、この勢いを止めるにはやはり、向こうの将を討つしかないか」


 再び訪れた危機的状況を打破するためランドルフはニーズヘッグを指揮している者の撃退を考えていた。


「お父様、またそのような無茶なこと――っ!?」


 クリスティーナが話している途中、突然ソルドレッドは手を横に出し、制止させるような動きを取る。


「ど、どうしましたか……?」


「そこにいるのは何者だ! 姿を現せ!」


 ソルドレッドは、誰もいないはずの場所に顔を向けながら叫んでいた。

 そして、その呼びかけに応えるように突如、人影もない場所から誰かが姿を現す。


「ほう、僕の存在に気付いていましたか……」


「何者だ……お前は?」


「そうですね……大物を狙いに来たただの異種族狩りですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る