第110話 王子の意地

 エーデルバルムによって召喚されたゴーレムたちを一掃するためフリードリヒは反撃の準備に取り掛かっていた。


「待て、フリード。いったい何をするつもりだ!」


「先ほども言った通り、今から敵本陣に突っ込み、あのゴーレムを操っている術者を一人残らず倒しに行くだけです」


「まさか、一人で行くつもりか?」


「そのまさかです。……敵もまさか単身で乗り込むとは思ってもいないでしょうし、他にも伏兵がいるのではないかと、敵の判断を鈍らせることもできます。私はその間に術者を倒していくつもりです」


「だ、だが……なにもフリードが行かなくてもいいだろ。そのような自分から死にに行くようなマネさせられるか!」


 その言葉に眉毛をピクリと上げ、フリードリヒの顔が険しいものへと変わっていく。


「その言葉、そっくりそのままお返しします!」


「なにっ!?」


「父上こそなぜ戦場に? 確か父上は今回の戦いに参加しないって言っていましたよね……」


「まあ待て……。今回は一世一代の大きな戦いだ。その指揮を私がとらなくては全体の士気にかかわると思ってな……。なあに、私にもしものことがあっても城にクローディアや宰相たちを残してきたからその後のことは心配ない」


「そういう問題では……いや、いいです。とにかく父上は決して戦闘には参加せずに指示にだけ集中してください」


「おい! まだ話は――っ!」


 フリードリヒに詰め寄ろうとしたとき突然森の茂みから物音が聞こえてきた。

 ソルドレッドが警戒する中、その物音は徐々に大きくなり、何者かがソルドレッドたちの前に姿を現した。


「ハア……ハア……フリード兄様、やっと追いつきました……」


「ようやく来たか、クリス」


 そこには、息を切らしながら部隊を引き連れてきたクリスティーナの姿があった。


「強化魔法を掛けた途端、急にどこかへ行ってしまわれたものですから探しましたよ……。あれ? お父様、なぜここに?」


「……うっ」


 どうやら自分の子供達にはなにも話していなかったようでソルドレッドはバツが悪そうに冷や汗を流していた。


「クリス、今はそんなことよりもう一度私に精霊魔法をかけてくれ。さっき切れてしまったんでな」


「えっ? まあ、もう一、二回ほどあの魔法はかけられますが、一体なにをするつもりで?」


 その後、フリードリヒからソルドレッドに言ったことをそのまま話すと、クリスティーナは目を見開かせながら驚いていた。


「そ、そんな無謀なことをしなくとも他になにかいい方法があるはずです」


「御託はいい。早くするんだ」


「な、なぜそこまで無茶を……」


 クリスティーナの問いかけにフリードリヒは、奥歯を噛み締めながら言い放った。


「エーデルバルムは一度ならず二度もエルヴバルムに攻めてきたのだぞ。私にも王族としての意地がある。このまま奴らに舐められたままやられるわけにはいかないんだ」


 胸の内に秘めていた想いを告げられ、言い返す言葉も見つからないクリスティーナは覚悟を決めたかのように静かに首を縦に振った。


「分かりました……。私もこのまま奴らの好きにさせるつもりはありませんからフリード兄様の言う通りにします」


「ま、待て! クリス!」


「それと、お父様……。なぜここにいるのか何となく察しましたのでもうなにも言いませんが、このまま前線にいては格好の的になるので、もっと後方に下げってください」


「なっ!?」


 自分の娘にバッサリといわれてしまったソルドレッドがショックを受けている中、フリードリヒらは、それを無視して話を進めていく。


「フリード兄様、精霊魔法をかけるのはいいですが、効果時間は約十分ほどです。その間に終わらせて戻ってきてください」


「了解した……。それと父上にお願いしたいことが……」


「……なんだ?」


「敵陣に突入した後、おそらくすぐにゴーレムは機能しなくなると思います。その隙に今度はこちらから攻撃を仕掛けるよう全員に通達してください」


 手昨日攻撃の要であるゴーレムを無力化したとなれば、エーデルバルムに多大な被害を与えることとなる。敵が動揺している内にさらに追撃を与えれば今度はこちらが有利となる。

 そう考えたためフリードリヒは、そのような提案をソルドレッドに伝えた。


「いいだろう。すぐに動けるよう通達しておく」


「お願いします」


 後のことをソルドレッドに任せたフリードリヒは、ちらりとクリスティーナに目配せをする。

 すぐにその意図を理解したクリスティーナはフリードリヒに精霊魔法をかけた。


「『ハーベスト・リィンフォース』」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――エーデルバルムの敵本陣。

 ゴーレムたちの進撃により、エーデルバルムは勢いづいていた。


 かくいうランドルフもゴーレムの出現で勝敗も付いていないというのにもはや勝っている気持ちでいた。


「ガハハハッ。なかなかやるではないか魔導部隊の連中も。……もう少し進軍したら今度は全部隊を一斉突撃でもさせてみるかな」


 などと後ろで働いている魔導部隊の魔導士たちの姿を見ながらランドルフが意気揚々としていると、


「な、なんだ!? ありゃあ!」


 エルヴバルム側の見張りをしていた冒険者の一人が突然声を上げて驚いていた。


「ん? どうした、なにかあったのか?」


「……なにかこちらに向かって来ているんですよ。それもものすごい速度で」


「なに!? やつらの攻撃か? 正体は分かるか? それと、あとどれくらいでこちらに来るか分かるか?」


「土煙を巻き上げてきてるんでまったく分かりません。……こっちに来るまでまだ距離があるからまだまだかかるかと……いや、あと数分か? っ!? いや、もうすぐそこ――ぎゃああっ!」


 見張りの報告を最後まで聞き取れないままそれは突然やってきた。


「な、なんだ!?」


 まるで突風でも吹き荒れたかのような風圧がランドルフたちを突如襲ってきた。

 ランドルフは咄嗟に剣を地面に突き立てその場にしがみついていたが、他のものはその風圧に負け、次々と宙へと舞っていく。


「うわああああぁぁっ!」


「ぐわああああっ!」


 騎士団や冒険者たちが悲鳴を上げ、エーデルバルムに大混乱を引き起こしたその突風はやがて止み、後に残ったのは地面に転がる騎士団や冒険者たちの姿だった。


「い、いったいなにが……はっ!? 奴らは無事か?」


 なんとか持ちこたえたランドルフは真っ先に魔導部隊の安否を確認する。するとそこには、


「……っ!」


 剣で切り裂かれ、意識を失っている魔導師の姿と血で濡れた剣を下げているフリードリヒの姿があった。


「な、何者だ! 貴様っ!」


「これ以上、お前らの好きにはさせん」


 一言、そう言い放ったフリードリヒは、ランドルフには目もくれず、魔導士たちに斬りかかろうと剣を構える。


「っ!? 敵の奇襲だ! お前らなにをしている! すぐに魔導士たちを死守しろ!」


 地面に転がっていた者たちに叩き起こし、迎撃に当たるよう指示する。


(くそ……まさかこのタイミングで奇襲をかけてくるとは。しかし敵は単騎だ。なんとかなるか? いいや、もしかすると伏兵が潜んでいる可能性が……)


 敵のど真ん中にたった一人で乗り込むはずがないと考え、他の者たちに別の指示を送る。


「半分はあのエルフの排除にあたれ。もう半分は、周囲の警戒だ。仲間が潜んでいるかもしれないんだ油断するなよ」


「はいっ!」


 これで対処できる。そう考えていたが、数分後、その判断が甘かったことを知ることとなる。


「な、なんだ……あいつは……」


 敵は一人、こちらは多勢だというのにエーデルバルムが押し負けていた。

 向かってくる敵にフリードリヒは、華麗な剣捌きや精霊魔法を駆使して次々と敵の戦力を削っていく。


 攻撃は凄まじく、まるで風と戦っているかのように素早く、こちらの攻撃を躱している。はっきり言ってエーデルバルムには手に負えずにいた。


「誰でもいい! 早く奴を捕縛しろ!」


 予想外の展開にみな動揺するもののフリードリヒを捕縛するため周囲の警戒にあたっていたものも加勢に加わる。


(軽い……。なんだこの動きは? まるで自分の体ではないみたいだ)


 エーデルバルムとの戦闘中だというのにフリードリヒは別のことに意識がいっていた。

 今までの自分とは比べ物にならないくらいの動きにフリードリヒは驚いていた。


(これは単純にクリスの精霊魔法で強化されただけではない。もっと他に……っ!? そういえばこの感覚、昨日もあったような……)


 そこで、フリードリヒは昨日、紫音と別れ、森を脱出した時のことを思い出していた。


(確かそのときもいつもよりスピードが出ていたような気が……しかし、突然なぜだ? ……まさか)


 フリードリヒには、その原因に思い当たる節があった。それは紫音と仮契約を結んだこと。

 紫音たちと別れる前に契約したことを思い出し、それと同時に先日の交渉の場で紫音が言っていたことも思い出していた。


(シオンと契約したものはなんの制約もなく強化されると言っていたが、もしやそのおかげで?)


 大勢の敵に対して一騎当千の力で倒しているのは紫音と契約をしているせいではないかと、そう直感していた。


(だが、これならいける。どんな大軍が来たとしても!)


 フリードリヒはこの力を受け入れ、敵陣で暴れまわっていく。


「ハアアアアアアッ!」


 フリードリヒの猛攻はとどまることを知らず、次々と敵を薙ぎ倒していった。

 ……そして、


「ハア……ハア……」


 気付けば、百人以上の敵を戦闘不能にし、魔導部隊は全滅してしまった。


「なっ……あ、あぁ……」


 ランドルフは、この状況をただただ静観するばかりでフリードリヒに立ち向かう気力が出ずにいた。


 ゴゴゴゴゴ。


 術者が倒されてしまい、制御を失ったゴーレムたちはその体を保つことができず、そのまま形を崩していき、ただの木偶に戻ってしまった。


「ま、まずい……」


 崩れ行くゴーレムたちを目の当たりにし、ようやく事の深刻さを理解したが、時すでに遅し。


「ウオオオオオオオオッ!」


 今まで反撃のチャンスを窺っていたエルヴバルムがついに動き出した。


 突如、ゴーレムたちを失ったショックで動揺していたエーデルバルム側はこの怒涛の展開に対応できずにいる。

 エルフたちの反撃に手も足も出せず、戦況は徐々にエルヴバルム側に有利なものへと変わっていく。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――エーデルバルム側の本陣よりもさらに後方。

 そこには、エーデルバルムとエルヴバルムの戦いを眺めている集団がいた。


「っと、そろそろ出番のようですね」


「やっとですかー。まったく待ちくたびれましたよ」


「もういいのですか? もう少し向こうの好きにさせればいいものを」


 キールはため息をつきながらルーファスに言う。


「いいえ。このままでは本格的にエーデルバルムが負けそうなので、そろそろ仕事をしなくては」


 ルーファスはニコリと笑みを見せながら再度戦場に目を向ける。


「あのゴーレムのおかげで大分敵の戦力も失ったようですし、エルヴバルムの力も大体分かりました」


 冷静に分析しながらルーファスは後ろにいる部下たちの顔を一瞥し、話しを続ける。


「さあ、仕事の時間ですよ……みなさん」


 ルーファスの言葉を合図に、全員が戦闘態勢に入った。

 今まで静観していたニーズヘッグがついに戦場に参戦する。

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