第118話 退く者と闘う者

 敵の侵入を許してしまった紫音は、この状況を打開するためにディアナに向けて声を上げた。


「ディアナ、出番だ! その女の足止めできるか?」


「……いいじゃろう。此奴こやつとともに別の場所に移動すればよいのじゃろう」


「ああ、頼む」


「儂に任せろ」


 そう言ってディアナはキリカに向かって魔力弾を数発放つ。


「――っ!」


 キンッ。キンッ。

 しかし、キリカの鮮やかな剣技によって魔力弾をことごとく斬り捨てられていく。


「……魔法を斬るとは面白いことをする女じゃのう。……なら、これならどうじゃ?」


 キリカの常人離れした力を見て、ディアナは攻撃の手段を変えることにした。


「ん! ――っ!?」


 またもやディアナの攻撃を刀で向かい打とうとしていたキリカだったが、前方から見えない衝撃波のようなものが飛んできてグリゼルの背中から吹っ飛ばされてしまった。


「さすがのお前さんも重力は斬れんじゃろう」


 ディアナは重力魔法を使い、キリカを紫音たちのもとから離れさせることに成功した。

 さすがのキリカも見えない重力を斬ることはできなかったようだ。


「このまま儂に付き合ってもらうぞ」


 森の方へ飛ばされたキリカを追うようにディアナも足止めをするためにグリゼルの背中から降り去っていった。


「俺はここに残るからフィリアとグリゼルはこのまま後退して国王たちを安全な場所まで運んでくれ」


「ちょ、ちょっと待ちなさい! この後は私たちと一緒に後退して紫音は安全な場所で指示を出すはずだったわよね」


「そのはずだが……状況が変わった」


「ほう、マスター。敵の大将に挑むつもりかい?」


「当初の予定じゃあその必要もなかったんだが……」


 一旦そこで言葉を止め、負傷しているソルドレッドを見ながら話を続けた。


「他の誰かが奴を止めてくれると思っていたからハッキリ言って想定外だ。……だから、俺が行くことにした」


「なら、私は止めないけど……こいつらを送った後は私たちも参戦してもいいのかしら?」


「いや、お前らはなにかがあったときのために後方で待機していてくれ。それじゃあ行ってくるよ」


「あ、あの!? シ、シオン……さん……」


 これから戦いに行こうとする紫音を呼び止めるようにメルティナが声を掛けてきた。


「言っておくけど、今回ばかりは付いていくはナシな。さっきの攻撃はよかったけど、そう何度も不意打ちに引っかかる奴じゃないし、ティナは家族と一緒に下がってろ」


「あ、ご、ごめんなさい……。私も付いていきたいと思えるほど勇気がなくて……その……き、気を付けてください……」


 思っていた答えとは違い、面を喰らった紫音だった。

 少しばかり気恥ずかしそうな顔をしながらメルティナに笑顔を見せて返す。


「フィリア、ティナたちのことは頼んだぞ」


「分かっているわよ」


 改めてフィリアに言い聞かせながら今度はグリゼルの方へ顔を向けながら言った。


「グリゼル……お前の力……借りるぞ」


「……ん?」


 そう言いながら紫音は、フィリアの背中から飛び降り、空中で叫んだ。


「リンク・コネクト!」


 詠唱後、紫音の体はグリゼルの力を受け継ぎながら変化していく。


 手足が爬虫類のような翡翠色の鱗へと変化していき、獰猛な獣のような鋭い爪に生え変わる。頭部には反り返った2本の角。体の後ろからは1本の尻尾が伸びている。

 目は青々とした翡翠色の瞳となり、鋭い牙が口の中から覗いていた。顔には翡翠色の鱗模様がうっすらと浮かび上がっており、背中には一対の羽が生えていた。


「《竜人武装――Verバージョン.緑樹竜》」


 ドラゴンの羽を得た紫音は、そのまま羽をはばたかせながら地上へと降下していった。


「オイ! なんだありゃ? オレと戦ったときとはまた違う姿になっているじゃねえか!?」


「あれは伯父様の力を借りて変身した姿ですよ。伯父様と契約したおかげでなれた姿です……っと、そんなことより私たちも行きましょう」


「オウ、そうだな」


 紫音が地上に降下していく姿を見送りながらフィリアたちも任務を果たすため後方へと飛んでいく。


 空を飛びながら紫音は、フィリアたちが下がっていく光景を見つつ地上を目指す。

 少しして、ソルドレッドたちを救出した場所へ近づいていくと、そこにはルーファスの姿があった。


 まるで、紫音を待ち構えているかのようにその場に佇んでおり、紫音は警戒しつつ地上に着地する。


「おや、てっきりあのドラゴンが来ると思っていましたが……どうやら予想とは違っていたようですね」


 予想が違うと自分で言っておきながら驚いた様子も見せないルーファスは、紫音の姿を見ても冷静なままでいる。


「ドラゴンじゃなくて悪かったな」


「いいえ。そもそもドラゴンという存在自体、すでに絶滅した種ですから紛らわしい発言をした僕が悪いんです」


 ルーファスの言う通り、ドラゴンという種族は大昔に絶滅しまっていた。

 紫音もフィリアから聞いていたが、大昔には竜人族以外にも純粋なドラゴンは生息していたが、戦争の最中、そのすべてが死滅してしまい、今の時代にドラゴンと言うとその姿に変身できる竜人族を指す言葉になっている。


「そうなると、あのドラゴンは竜人族ということになりますね。僕も実物を見るのは初めてですよ。なにせ、国が鎖国して外界との交流がないうえ、強大すぎる力のせいでこれまで捕獲に成功した者がいなかったので……」


 世間話のような感覚で話していると、ふと紫音の顔をじっと眺め、「フフフ」と笑みを浮かべた。


「ああ、そういえばその羽に鱗模様、もしかして君も竜人族なんですか?」


 どうやら紫音の今の姿を見てルーファスは勘違いをしているようだ。

 そう勘違いするのも無理もないことだが、これは好都合だと考え、紫音はこのまま勘違いさせたままにすることにした。


「隠してもいずれバレることだ。『そうだ』とでも答えておこうか」


「そうだとすれば、なぜこの場に? 竜人族ともなれば僕が見逃すはずもないのにわざわざ捕まりに来てくれたんですか?」


「……いいや」


 紫音は、ルーファスの足元に視線を落とし、その視線を元に戻す動きを見せる。


「ここで厄介なお前を足止めするためだよ!」


「――っ!?」


 その言葉と同時に突如、ルーファスが立っている地中から一本の樹根が飛び出してきた。

 樹根はまるで槍のように一直線に伸び、ルーファスの腹部を穿つ。


「ガァッ!」


 腹部が貫けられ、ルーファスは苦痛の声を上げながら吐血した。


「悪いな……。早く終わらせるために不意打ちにさせてもらったんだが、文句は言うなよ」


「……ええ、文句など言いませんよ」


「なっ!?」


 背後から聞こえてきた声に紫音がパッと振り返ると、そこには両手に二本の氷の剣を振り下ろしているルーファスの姿が見えた。


「くそっ!」


 咄嗟に腰に携えていた剣を抜き、そのままの勢いで後ろに向かって剣を振るう。


 キイイィィィン。

 紫音とルーファス、それぞれの剣がぶつかり合う音が鳴り響いた。


「……チッ! 《ファイア・ボール》」


 互いに剣同士でぶつかり合いもなにかを悟った紫音は、ルーファスに向けて魔法を放った。


「フッ」


 小さく笑いながら飛んできた魔法を軽々と後ろに跳んで躱す。


(マズいな……。相手が人間だということを重々承知で挑んだはいいが、まさか竜人族の驚異的な腕力をもってしても力負けするとは……)


 ルーファスとの距離を話した紫音は、胸中で少しばかり焦りを見せていた。

 紫音の特異な能力は人間相手には通用しないのは紫音も承知だった。見た目からしてルーファスを人間だと仮定してそれを考慮したうえで竜人族の力さえあれば十分渡り合えると考えていたのだが、ルーファスの力はそれを上回っていた。


「驚きましたね……。竜人族について深く知りませんでしたが、魔法を使うとは……それも火属性の魔法を」


「……竜人族が魔法を使っちゃマズいか?」


「いいえ。なにも不満を述べているわけではありません。最初に植物で攻撃してきたのに今度は火球……随分と多才なんですね」


「こっちも聞きたいね。さっきお前、その植物の攻撃を喰らったはずなのにどうして生きているんだ? お前が血反吐を吐いた姿を間違いなく見ていたが……」


 ルーファスは得意げに笑みを浮かべながら紫音に種明かしをする。


「簡単な話です。あれは僕があなたに見せた幻術ですよ。どうですか? まるで本物みたいでしょう?」


「……本当にそうだな。おかげで騙されたよ」


 素直に感想を述べていたが、その裏で紫音はルーファスの幻術に動揺を隠せずにいた。


(国王から話は聞いていたが、まさか予備動作なしであれほどの幻覚を見せられるとは……。ハクのおかげで少しは幻術関連の知識はあるが、それでもなんの準備もなしに幻覚を見せられるはずないだろう)


 ルーファスの規格外の幻術の種が分からず、紫音は困惑していた。


「……ですが、よく幻覚からの不意打ちに対応できましたね。声を出してしまったとはいえ、咄嗟に対応できるはずもないのに……それなりの修羅場は潜ってきたということですね。……仮面のあなた、お名前は?」


 何の脈絡もなく名前を尋ねてきたルーファスに一瞬、裏があると勘繰るが、すぐにその思考を止め、質問に答えることにした。


「……アマハだ。こっちが名乗ったんだからそっちも教えて欲しいもんだな」


「これは失礼しました。……ルーファスと申します。異種族狩り専門の組織『ニーズヘッグ』で幹部を務めさせていただいております」


 わざとらしく丁寧な言い回しをしながら深々とお辞儀をしていた。


(幹部か……。どうりで強いわけだ)


「久しぶりに手ごたえのある相手と一戦交えることができて嬉しいです。さあ、もっと僕を楽しませてください」


「いつまでも楽しんでいられるかな……」


 少しの言葉を交え、紫音とルーファスの戦いが再び始まった。

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