第6章 両国激突編

第107話 開戦の狼煙

 日が昇り始めようとしている夜明け時。

 エルヴバルムに通じる森の外には騎士団と冒険者たちの姿で溢れ返っていた。


「朝早い中、こうして集まってくれたことに感謝する! ……ではこれより、我がエーデルバルムに仇なすエルフどもを捕縛しに行く。皆の者、この戦い必ず勝つぞ!」


 ランドルフの宣言に、騎士団と冒険者の集団は、「オォー」という掛け声を上げていた。

 数にして総勢5千余り。この大軍が今まさにエルヴバルムへ襲い掛かろうとしていた。


「進軍開始―!」


 ランドルフを先頭にエルヴバルムの侵攻が始まった。


 ――出発から約一時間後。

 まだ結界にも辿り着いていないというの騎士団や冒険者の顔から疲弊の色が見られる。


 しかし、そうなるのも無理はない。ここへ来るまで彼らは、エルヴバルムが仕掛けた数多くの妨害にあっていた。

 そのうちの一つとして騎士団と冒険者たちは、


「ぎゃああああああぁっ!」


「うわああああああぁっ!」


「まただ! また地面が爆発したぞ!」


「どうなってんだよ、この森は!」


 魔導地雷と呼ばれるエルヴバルムが設置した罠の餌食になっていた。

 先ほどの悲鳴は、爆発系の魔法を施した魔導地雷が発動した際に聞こえてきたものだった。


 この罠のせいでエーデルバルムの進行を妨げるだけでなく、戦う前から負傷者を出してしまった。


「皆の者! 恐れるでない! こんなもので怯んでいる場合ではないぞ!」


「しかし、隊長。中には負傷者が出ておりまして早急に治療が必要なものもおります」


「くっ! だが、それでは予定していた時間に間に合わなくなってしまう。ただでさえ、時間を喰っているというのに……」


 徐々に戦力が削がれているこの状況で人命と任務のどちらを優先するか、現在ランドルフはその二択の選択を迫られていた。


「し、仕方ない……。今は人命第一だ。ヒーラーの者は急ぎ負傷者の治療に努めてくれ。終わり次第、再び進軍を開始する」


 エーデルバルムは一時、負傷者の手当てに時間を取ることなり、進行は中断となった。

 人命を優先したランドルフだったが、この選択はやはり間違いではなかったのか、やはり任務を優先すべきではなかったのか、などと先ほど指示したばかりだというのに少しばかり後悔していた。


 しかし、少ししてからこの選択はやはり失敗ではないかと思い知ることになる。

 進行が再開してからもエルヴバルムが仕掛けた罠に次々と嵌まっていき、負傷者の人数がどんどんと増えていく。


 せっかく治療したのにこれでは、途中で投げ出したくなる気分になる。ランドルフはそうした気分を抑え込みながら歩みを止めずにいた。


 それからさらに時間が流れ、途中で脱落者が出てしまうも、ようやく結界にまで辿り着くことができた。

 大幅に時間が遅れてしまったが、これまでの障害のことを思うと、まだ目的を達成していないにもかかわらずランドルフはすでに任務を完遂したかのような顔をしていた。


 そんなランドルフを素通りしてエーデルバルムの魔導部隊がさっそく結界を解除に取り掛かっていた。

 手慣れた様で結界の解除にあたっているが、ランドルフはその姿に若干の違和感を覚えていた。


「……しかしこいつら、随分とエルフの魔法に詳しいんだな。俺は魔法なんてものからっきしだが、こんなに手早くできるものなのか?」


 エルフが使う魔法と人間が使用している魔法とはまったく別物の術式が組み込まれている。

 しかもエルフは、外界との交流がほとんどない種族のためエルフの魔法を知るものはいないとされていた。


 それだというのに、エーデルバルムの魔導部隊はまるで最初から解除が仕方でも分かっているかのように動いていた。


「確か、エーデルバルムは大昔にエルヴバルムと交流していて国同士仲が良かったって聞くぜ。その時にでも教えてくれたんじゃねえか」


 ポツリと漏らしたランドルフの言葉に、傍にいた顔見知りの騎士がその質問に答えてくれた。


「おいおい、それは何百年も前の話だろ。普通、どこかで忘れ去られるものだろう」


「エルフの魔法なんて貴重な代物、忘れ去られるわけねえだろ。たぶんだが、後世に渡って脈々と受け継がれてきたんだろうな」


「うーむ、しかし今の話を聞く限り、少なくともエルフのほうはエーデルバルムに対して友好的のように聞こえるな。大事な魔法を他国に提供しているくらいだぞ」


 ここでランドルフは、自分で言っておきながら腑に落ちない点に気付く。


「……ん? だが待てよ。そうなると、なぜエルフどもはあんな事件を起こしたのだ。もしそれがきっかけで戦争にでもなってみろ。向こうの魔法を熟知している我々が有利に立てるはずだぞ。現に前回はそれで我々が勝利したんだ。わざわざエルフのほうから仕掛けるメリットはないはずだ……」


「……ランドルフ? 先ほどからなにをぶつぶつと言っている。ほら、そろそろ結界が解除されるようだぞ」


 どうやらランドルフが考えている間に随分と時間が経ったようだ。

 いよいよ作戦を決行するときになっていた。


 ランドルフは、先ほどの考えはいったん頭の片隅にでも置いといてすぐさま任務へと頭を切り替える。


「皆の者! もうじき結界は解かれる。結界が解除された瞬間、作戦通り各部隊分散し、各自エルフを捕らえに行け! いいか! エルフはみな生け捕りだ!」


 ランドルフの号令の下、騎士団や冒険者たちは事前に決めておいた部隊同士で集まりながら出撃する準備を整えていた。


 そしてさらに数分後。ついにその時はやってきた。


「団長! 結界の解除、もうじき完了いたします!」


「そうか。……では行くぞ!」


 エルヴバルムへ突入する段階に入り、辺りに緊迫した空気が漂う。

 魔導士たちは最後の作業を終えると、突如なにもない空間に小さな亀裂が走る。それは結界に綻びができたために起きた現象だった。

 その亀裂はどんどんと範囲を広げ、ついには全体にまで広がっていく。


 次の瞬間、ガラスが割れたようなけたたましい音が鳴りだした。

 その音を合図に、ランドルフは騎士団たちに向けて叫んだ。


「作戦……開始だー! 突入っ!」


 騎士団と冒険者たちはいっせいに結界内になだれ込み、エルヴバルムへの襲撃が始動した。

 ……しかし、


「全員、構え!」


「っ!?」


「撃てーっ!」


 突如、上空から魔力弾の雨が降り注ぎ、騎士団と冒険者たちの侵攻を阻止するかのように襲い掛かってきた。


「うわああああぁぁっ!」


「ギャアアアアアァァッ!」


 密集していたエーデルバルム側にとって、この攻撃は避けられるもので放った。

 結果として多くの騎士団や冒険者たちに被弾し、幸先が悪い幕開けとなってしまった。


「だ、だれだ!」


 先ほどの攻撃が飛んできた方向からして、ランドルフの目の前に並んでいる大樹の上から放たれたもの。

 ランドルフは上を見上げ、敵の位置を探ろうとしていた。


「あ、あ……あぁ……」


 今、ランドルフの目には信じられない光景が広がっていた。その光景にランドルフは、目を見開きながら絶句していた。

 ……なぜならそこには、


「な、なぜ……なぜここにエルフがいる!」


 今回の襲撃の目的であるエルフの姿があったからだ。


 しかも一人や二人などではない。何十、何百という数のエルフが大樹の太い枝の上に立ちながらエーデルバルムを見下ろしていた。


 こればかりはランドルフも想定外だった。

 たとえ、罠のせいで侵入者の存在に気付いたとしてもこれほど大勢で向かってくるはずがない。

 これではまるで、エーデルバルムが攻め込んでくることが事前に分かっていたように見える。


「はっ! ま、まさか……」


 この状況でようやくランドルフは、エルフたちに嵌められたことに気付いた。

 ランドルフは、全身の血の気が抜かれたかのように、顔を青ざめさせていた。


 そして、エルフの集団にいたソルドレッドは、エーデルバルムの国章が刻まれた騎士団の姿を見て怒りをあらわにしていた。


「敵はエーデルバルム! 奴らはもう我らの敵となった。エーデルバルムに鉄槌をくだし、我が同胞たちを取り戻せ!」


 恨み辛みがこもったその言葉とともにエルヴバルムの戦士たちが一斉にエーデルバルムの騎士団たちに襲い掛かる。


 エルヴバルムとエーデルバルムの戦いがついに始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る