第108話 それぞれの前哨戦
エルヴバルムとエーデルバルムとの戦いが開戦してから早一時間。
森の至るところで戦闘の音が鳴り響いていた。
「いいか! 何人たりとも奴らを国に入れさせるな! ここで奴らを討ち倒せ!」
「オオオォォ!」
ソルドレッドの指示に従い、エルフの戦士たちは次々とエーデルバルムの戦力を削っていく。
「ハアアッ!」
「ぐあああっ!」
「この……エルフがっ!」
「くっ!」
息つく暇も与えず、戦いはますます活性化していく。
一方、騎士団たちに指示を送っていたランドルフは、苦戦を強いられていた。
いくら戦況を変えるため動いてもエルフたちは地の利を活かしてことごとく躱していく。
ガサッ。
「っ!?」
「死ねー!」
なにか物音が聞こえたと思った次の瞬間、樹の上からエルフが飛び出してきて、ランドルフを仕留めようと、奇襲を仕掛けてきた。
「団長っ!」
しかし、あと一歩というところで仲間の騎士に助けられ、奇襲は失敗に終わってしまった。
「くそっ!」
エルフは失敗しても舌打ちをするだけで、それ以上追撃する様子を見せず、森の奥へと消えていく。
「またか……」
先ほどのような奇襲が何度も続いており、ランドルフの精神は疲弊していた。
エルフたちは森の中を縦横無尽に動けるためランドルフはエルフからの奇襲に対応しきれずにいた。
「団長どうしますか? 一度陣形を下げて奴らを森の外をおびき出しますか?」
「馬鹿者! それでは奴らの思う壺ではないか! 向こうの狙いは我々の排除、もしくはここから追い出すことなんだぞ!」
「も、申し訳ありません!」
「……まあよい。それにしても、先ほどからエルフが詠唱しているあの魔法はなんなんだ? 見たことのないものばかりだが……」
「そ、それについては私たちも……分かりません。魔導部隊の連中も未知の魔法だといっており、皆目見当がつきません」
「エルフの魔法に精通しているあいつらにも分からぬのか?」
ランドルフは、道の魔法に戦場がかき乱されているこの状況に奥歯を噛み締めていた。
精霊魔法と呼ばれているエルフだけが扱える魔法は、どうやらエーデルバルム側は把握していないようだ。
過去に交流があった時代でもこの情報だけは外部に漏らしていなかったみたいだ。しかしその結果、エルヴバルムは大きく戦況を動かすことに成功していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「精霊魔法を使用する際は必ず命中させろ! 無駄撃ちは絶対に許さん!」
精霊魔法によって優位に立つことができ、ソルドレッドは少しばかり安心していた。
(しかし、これでもいつまでもつか。向こうにニーズヘッグがいる以上、まだまだ油断できないな)
ソルドレッドは紫音から提供された情報の中でエーデルバルムの戦力の中にニーズヘッグが参戦していると聞いてこの戦いに勝てるか不安でいた。
ニーズヘッグは亜人専門の異種族狩りの組織。様々な亜人種を熟知しており、依頼を受ければ必ず達成させるほどの実力を持っている強者ばかり。
それなのに、この戦場の中にまだその姿を見せていない。
その不気味さに冷や汗をかきながらソルドレッドは戦況を見渡していた。
そんな中、ソルドレッドを狙う影が二つ。音もなく、近づいていた。
二人の冒険者は、アイコンタクトを取りながらソルドレッドを始末する機会を窺っていた。
「あれが、エルフの指揮官だな。あれさえ仕留めちまえばエルフどもも総崩れするはずだ」
「それじゃあ一気に行くぞ。しくじるんじゃねえぞ」
「そっちこそ」
ソルドレッドをただの指揮官だと思っている冒険者の二人は、毒物を含ませたナイフを片手に奇襲する準備を整えていた。
「……っ! 今だ!」
二人は同時にその場から跳躍し、ソルドレッド目掛けてナイフを振り下ろした。
「『スピリット・プロテクション』!」
ソルドレッドを守るように突如、盾が出現する。
パリンッ。
「なっ!?」
二人は、目の前に起きている光景に自分の目を疑った。
ナイフが盾に衝突した瞬間、ナイフの刃が盾の強度に耐えきれず、砕け散ってしまったのだ。
このナイフはアダマンタイト製の最高峰の強度を誇る武器のはずなのに、まさかこのような結末になるとは、誰が想像できるだろうか。
「我が王に
「覚悟―!」
「ぐわああああっ!」
「ぎゃあああぁぁっ!」
襲い掛かってきた刺客たちを返り討ちにするエルフの戦士たち。
それだというのにソルドレッドはなぜか浮かない顔をしていた。
「お前たち、精霊魔法の無駄撃ちをするなと、あれほど言っただろうが」
「し、しかし……あの場合はああでもしないと陛下の身に危険が……」
「……お前たちの気持ちはありがたいが、それは自分のためにとっておきなさい。自分の身を守れないくらい私は愚かではないのでな」
「し、失礼しました」
「……だが、先ほどは助かった。感謝する。ああいった手合いが他にも潜んでいるかもしれないから警戒は怠るなよ」
「はいっ!」
(まさか我々の目を掻い潜り、私を討とうとする輩が現れるとはな……)
敵もなかなか侮れない。
そう思った瞬間、樹々が騒ぎ出すほどの大きな地震が発生した。
「な、なんだ!」
突如発生した地震に足をすくわれていると、ソルドレッドの目に信じられない者が飛び込んできた。
「あ、あれは!?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くっ! 指揮官の始末は失敗に終わったか……こうなれば例の作戦を実行に移すしか……」
ソルドレッドに刺客を仕向けていたランドルフは、作戦が失敗に終わったと知り、次の作戦に移ることを決意する。
「おいっ! 例の作戦はどうなっている! 魔導部隊はいったいなにをしている!」
「そ、それが……もう少し時間がかかるとの連絡が先ほど……」
「ふざけるな! このままでは我々が負けるかもしれない状況なんだぞ! 急がせろ!」
エーデルバルムが立案した作戦がまだ実行に移せず、ランドルフの憤りは募るばかりだった。
「団長、失礼します」
すると、タイミングのいいことにランドルフの前に魔導部隊の隊員の一人が姿を現した。
「おぉっ! 準備ができたのか?」
「はい。あとは団長の合図一つで実行に移すことができます」
「よし、すぐに全員に念話を送れ。騎士団と冒険者たちを避難させる」
ランドルフは、魔導士を通してエーデルバルム側の人間に念話を送る。
『全部隊に告ぐ! これより我々は次の作戦に移行する。先行している者も含め、全員巻き添えを喰らいたくなければ今すぐ後退するように!』
この指令を聞いた騎士団と冒険者たちはいっせいに森の外の方向へと駆けだした。
「……ん?」
「ど、どうしたんだ……」
念話が送られていたことなど当然知る由もないエルフたちは、エーデルバルムの突然の行動に困惑していた。
しかしそのすぐあと、この行動の理由を全員が知ることとなる。
「……っ!?」
「なっ!? じ、地震か!」
エーデルバルムが後退してすぐ、大きな地震が発生した。立っていることができないほどの揺れにエルフたちは身を固め、必死に大勢を保ち続けていた。
「オ、オイ見ろ! なんだ、あれは!」
エルフの一人がエーデルバルムの陣営がいる方向に指を差しながら叫んでいた。
ゴゴゴッ。
大きな音とともに、巨大なゴーレムがエルフたちを見下ろすように登場した。それは周囲の大樹よりもさらに大きく、同じようなゴーレムが次々と出現していく。
数にして総勢十体。
ただのゴーレムだというのにこれほどの巨体となると、エルフを圧倒させるほどの威圧感を醸し出していた。
当のエルフたちは、突如出現したゴーレムに絶望している様子だった。
「ハハハハハハッ! どうだ見たか! これがエーデルバルムの力だ。さあ、魔導部隊よ……エルフどもを蹂躙しろっ!」
魔導部隊の魔導士たちはランドルフの命令の下、召喚したゴーレムたちを一斉に動かし始めた。
ギギギッ。
鈍い音を鳴らしながら腕を振り上げたゴーレムたちは、エルヴバルム側に向けて巨大な拳を振り下ろした。
ドオオオオン。
樹々を薙ぎ倒しながらゴーレムたちの拳が次々とエルフの戦士たちに襲い掛かってくる。
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