第105話 迫りゆく決戦の時

 紫音たちがフェリスティー大森林で足止めを喰らっている頃、エーデルバルムでは来るべき襲撃に備えて動き始めていた。

 エーデルバルムに属する騎士や依頼を受けた冒険者たちが王城に隣接している騎士団の軍事基地へと集結していた。


 この軍事基地には、騎士たちが訓練するための訓練場や寝泊まりをするための宿舎があるが、今回彼らが集まる場所は施設内にある講義室だった。

 普段は、騎士たちの教養を身に付かせるために使われている場所だが、本日は騎士と冒険者が合同で明日の作戦の概要についての説明を受けるために開放されていた。


 明日の襲撃に参加する者たちが全員招集してしまうと、入りきらないため今回集められたのは騎士団の中でも各部隊の隊長と副隊長。冒険者からは各パーティのリーダーを務めるものが招集されていた。


 集まった騎士や冒険者たちが席につき、責任者が来るのを待っていると、大きな音を立てながら講義室の扉が開かれる。

 一同の視線がそこに集中していると、中から大柄な騎士がジャラジャラと甲冑がこすれ合う甲高い音を鳴らしながら姿を現す。


「やあ、諸君! よくぞ集まってくれたね。今回の作戦に参加してくれたことに国王様に代わって感謝いたしますぞ。ガッハッハ」


 なんとも威勢がいいこの男は、エーデルバルム騎士団の団長ランドルフ。今回彼は、国王よりエルヴバルム襲撃の総指揮官という大命を受けていた。


「さて、前置きはこのくらいにしてさっそく作戦の概要を伝えるとしようか。ああ、質問は最後にまとめて受け付けるから余計な横やりは入れないでくれ。そうしないと、どこまで話したか、すぐに忘れてしまうからな」


 そう言うと、なにが面白いのかランドルフはまたもや大きな声で笑い声を上げていた。

 存分に笑った後、すぐに真剣な顔つきへと切り替わり、本題へと移る。


 いよいよ、ランドルフの口から明日の作戦の内容が次々と皆の耳へと伝わっていく。

 話を聞いているとすぐに分かるが、作戦の内容はいたってシンプルなものだった。


 エルヴバルム周辺にかけられている結界をエーデルバルムが誇る魔導舞台により、結界を破壊した後、事前に編成された部隊が分散して動き、エルヴバルムを包囲したところで一斉に攻め入るというもの。


 作戦が伝えられた後は、決行する時間や冒険者に対しての報酬など細かい説明について話していた。

 それも伝え終えると、次は当日の部隊編成についての話し合いへと移る。


「部隊の人員を決める際は、基本的に一部隊5名だが、今回は万全を期するためにもその倍の10名ほどの部隊を編成してくれ」


 ランドルフの言葉を受け、冒険者たちは各々好きなように部隊を作っていく。

 隣同士で、または前から交流があるパーティ同士でなど結成方法は様々だが、特に揉めることなく着々と部隊が編成されていく。


 そして、そんな光景を後ろの方から眺めている者たちがいた。

 ニーズヘッグのルーファスとトリニティの三人だった。


「キヒ、こいつらバカだよな。悪事に加担しているっていうのになんにも知らないで……」


「おそらく、この中で知っているのは我々くらいでしょうね。どうやら向こうの騎士団長ですら知らないようですし」


 ダインとキールの話に小さく笑いながらルーファスも加わる。


「フフ、知らないのも当然です。これから我々がしようとしている異種族狩りは法的に見れば罪に問われる行いですから。このことを知っているのは上層部の人間だけでしょうね」


 ルーファスの言葉に同意するようにキリカは静かに頷く。


 それから、ルーファスとトリニティがバカな騎士団と冒険者の連中を嘲笑っていると、気づけば外も日が沈みかけており、すっかり夕暮れ時になっていた。

 その頃になると、長かった作戦会議も終わりを見せていた。


 最後に明日の集合場所と時間について再度通達し、解散となった。


 続々と騎士団と冒険者たちが退出していると、ランドルフが大きな足音を立てながら近づいてくる。


「やあ、君たちが前回の作戦に参加していた……ニーズヘッグの方々だな。今回も君たちの力を借りられて大いに助かっているよ。何分、相手が相手だ。その道に精通している者がいてくれるだけで我が国としても心強いからな」


 ニーズヘッグを褒めちぎるような言い方をしながらランドルフは右手を差し出し、握手を求める。

 これに対してルーファスは、微笑みかけるように口角を上げながらランドルフと握手を交わす。


「あなたのような方にそう言われると、僕たちとしても嬉しい限りです。国王様の期待に応えられるよう精一杯、明日の作戦に望ませていただきます」


「いやあ、そこまでの意気込みとは……感激いたしますぞ! どうですか? 前祝いに一杯?」


 酒を飲むようなジェスチャーをしながらルーファスを誘うが、


「いえ、これから武器の手入れや明日の準備に備えてもう戻らせていただきます」


(まったく、誰が好き好んでこんな喧しい男に付き合わなければ……ん?)


 丁寧な言い回しでランドルフからの誘いをやんわりと断っていると、ふと何者かの視線を感じる。


「どうしまたか? ルーファス殿?」


 心配するランドルフを尻目にルーファスがその視線の主の居所を探索すると、意外にも近くにいることに気付いた。


(……ほう、これはなかなか……面白いことになりそうですね)


 ルーファスはランドルフを見ながら胸中でくすくすと笑みを浮かべていた。


「……? ル、ルーファス殿? 私の顔になにか付いていますか?」


(一体誰なんでしょうね。姿までは見えませんが、確実にこの男の甲冑の中にいるのは明白。……問題は誰がこれを仕組んだのか?)


 どうやら、紫音がランドルフの甲冑に仕込んだ分裂ライムの存在にルーファスは気付いたようだ。

 しかし、視線の正体がスライムだということまでは辿り着けていない様子。ルーファスは思案するため数秒ほど沈黙したのち、口を開く。


「いえ、なんでもありません。……僕たちも、もう解散してもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ、かまわないが……」


「では、僕たちはこれで」


「ニーズヘッグの方々、明日は何卒よろしくお願いしますぞ!」


 ランドルフは、声を上げてルーファスたちを見送った。


 それから、軍事基地を出たルーファスとトリニティ。

 なにやらルーファスの様子がおかしいと感じたトリニティは、帰路の途中でキールが意を決して話しかける。


「ルーファス様、いったいどうなさいましたか? 先ほどあの男との会話の際、様子がおかしく見えたのですが」


「フフ、どうやらこちらの情報を探る鼠が潜り込んでいるようです」


 その後ルーファスは、ランドルフに張り付いている鼠について、明日の襲撃が筒抜けになっていることをトリニティに話す。


「な、なんスかそれ? それってエルヴバルムの奴らがしわざっスか?」


「いいえ、それはないでしょう。向こうは、戦力が大幅に削られている状況。そんな状況下で情報収集のために潜入させる人員など残っているはずがありませんから」


「そ、その前になぜルーファス様はそのことをあの男に話さなかったのですか? みすみす見逃すなど……」


「……ありえない、とでも?」


 ルーファスの言葉にキールが同意するように頷く。


「それではつまらない……というのが理由ですかね」


「……つ、つまらない?」


「ええ、向こうにどのような隠し玉があったとしても戦力に大きな差があるわけですから。おそらくこのままいけばエーデルバルムの圧勝でしょうね」


 自信を持ってエーデルバルムの勝利宣言を口にしながら話を続ける。


「ですが、それでは面白くないでしょう。今回は僕も出るんですから鼠を見逃してもっと面白い方向に運ぶなら私としても好都合です」


 それだけの理由のために小さな障害を見逃す。

 ルーファスの行動に言葉にできない恐怖を感じたトリニティの三人は、背筋が凍るような感覚に襲われていた。


「……それに、僕の見たところどうやらエルヴバルムではない第三者が介入しているようです。どこのどいつか知りませんが、せいぜい僕を楽しませてくださいよ」


 ルーファスは、小さく笑い声を上げながら第三者の存在に歓喜していた。

 明日の楽しみがまた一つ増えたとでも言いたげな顔をしながらエーデルバルムの街並みにニーズヘッグは消えていく。


 幸か不幸か、今回が見逃したライムの存在にこの先、どう転ぶのか、どちらが最後に笑うことになるのか、今はまだ誰も知らない。

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