第103話 グリゼルの過去

 グリゼルから異世界の勇者の話について聞き終えた後、紫音が満足した表情を浮かべていると、


伯父おじ様。私も聞きたいことがあるんだけど、ちょっといいかしら?」


 おもむろに手を挙げたフィリアはそう言いながらグリゼルに質問していた。


 グリゼルが身内だと判明してからというものフィリアのグリゼルに対する振る舞いがすっかり変わっていた。

 呼び方はもちろんのこと、態度もケンカ腰ではなく、すっかりしおらしくなっていた。


「私、お父様からは伯父様の存在を一切聞かされていなかったのですが、伯父様はどうして国を出たんですか?」


「ん、そうだな……嬢ちゃんが言ってくれたら俺も答えてやろうかな」


「私……ですか? そうですね……私の場合は、王族としてのマナーや王政の勉強とか、いろいろと覚えなくちゃいけないことばかりでだんだんとめんどうになって出ていっちゃいました」


「ハハハ、なるほどな。嬢ちゃんはそれが嫌で国を出たんだな」


「でしたら伯父様は……なぜ?」


 フィリアの質問に遠い顔をしながらグリゼルは静かに答える。


「俺の場合は、単純に王になんかなりたくなかったんだよ。そんなもんになっちまったら外の世界になんか出られないだろう」


「……伯父様は外の世界に行きたかったんですか?」


「ああ。……でもな、なにも最初からそう思っていたわけじゃねえんだよ。きっかけはそうだな……次の王を決める選定式のときだったかな」


「……? フィリア、選定式って?」


「王位継承権を持っている者同士が行う次の王を決める戦いのことよ。内容までは知らないけど、武力と知力、そして統率力の3つの能力を総合して最も高い者が次の王になるらしいわ」


 個々の戦闘能力が高い竜人族をまとめ上げるには、それだけの力が備わっている必要があるということが今の話で理解できる。


「その選定式が行われ、最終的に残ったのは俺と弟のカイゼルだった。そして、選定式の最後は一対一の決闘となり、勝者が王の座を勝ち取ることができる。当時は俺も、王になることを目標としていた。それに、カイゼルとは、兄弟でありながらライバルの関係でもあったからこの決闘は負けられない勝負だった」


 そこでいったん話を止め、当時のことを思い出しているかのように物思いにふけりながら話を再開する。


「戦いは拮抗し、どちらが勝つか分からない状況だった。……だが、そんなときでも俺はその決闘を心の底から楽しんでいた。……でもな、ふと思ったんだよ。王になっちまったら、そのまま満足しちまってこれ以上強くなることはできないってね。そう思ったら戦いに集中できなくなって気付いてたら負けていたよ」


 これは種族としての性なのか、グリゼルやフィリアを見ていると、竜人族と言う種族は『強さ』というものに異常なまでに固執している。

 上位種としての誇りなのか、驚異的な力を生まれながらにして持っていたためさらなる強さを追い求めているせいなのか、理由は皆目見当がつかないが、紫音からしてみれば、どこか危なっかしく見える。


「カイゼルには、手を抜いちまっていたことが見抜かれてな、それはもうこっぴどく叱られたもんだ。それで俺も自分の気持ちを伝えてみたんだよ。『外の世界に行きたい』ってな。そしたらカイゼルの野郎、頭が固いもんだから駄目だって言われたよ」


 実の弟から否定されるが、グリゼルは諦めきれなかったらしく、「……でもな」と付け足しながら続ける。


「俺の中ではもう決まっていたんだよ。誰かに否定されたからって『はい、そうですか』ってお利口に諦めることなんかできなかった。……だからその晩、国を出てやったんだよ」


「それってつまり、ケンカしたまま出ていったってことですか?」


「まあ、そうだな。確かに仲違いしたまま国を出ることになったが、俺は後悔なんかしてねえぜ。なんだかんだで外の世界は面白かったし、こうして姪っ子にも会えたんだからな」


 グリゼルの顔からは後悔の念などまるで感じず、むしろ晴れ晴れとした顔をしていた。

 それだけ外の世界に切望していたんだと、この顔を見ればすぐに分かるほどだった。


「……それで、俺も嬢ちゃんに聞きたいんだが、カイゼルの奴はちゃんと王様しているか?」


「ええ、それはもう。同族をちゃんとまとめ上げていますし、相変わらず鎖国にしたままの……つまらない国ですよ」


 と、フィリアは、心底がっかりした様子でため息交じりに祖国について話していた。

 その言葉にグリゼルはというと、ただ一言、「そうか」と相槌を打ちながら夜空を見上げていた。


 それから話す内容もなくなり、明日に備えてそろそろ眠りについた方がいいと考えた紫音は、その前に明日のことについてみんなに向かって話し始めた。


「みんな、明日について話しがあるんだが、いいか?」


「明日って……城に戻るんじゃないの?」


「まあ、フィリアの言う通りなんだが、俺が言いたいのは城に戻った後の俺たちの立場についてだ」


 そう話しの本題を切り出し、紫音はフリードリヒの方へ顔を向けた。


「エルヴバルムとの同盟がそもそもの俺たちの目的だ。そのためにも試練を受けることになって明日、国王に結果を伝えることになるけど……すぐに同盟が結べるわけじゃないんだよな?」


 確認するような言い方をしながらフリードリヒに答えを求める。

 すると、フリードリヒは、目を伏せ、紫音の顔を見ないまま質問に答える。


「それはそうだ。父上が君たちに試練を受けさせたのは君たちの実力を見たいだけだ。試練に関しては私の目から見ても合格だと自信をもって言えるが、だからと言ってそれで同盟を結ぶなど我々は一言も言っていない」


「な、なんですかそれ! そんなのひどいじゃないかよ!」


「そうですよ! お兄ちゃんもフィリア様も死ぬ思いで戦っていたのに!」


 まるで紫音たちの頑張りを否定されたかのような言葉にリースとレインは腹を立てながら声を上げた。


 しかし、フリードリヒの言い分も間違っていない。

 まだ建国してわずか数年という浅い歴史しかない国と同盟を結ぶなど本来ならありえない話。

 エルヴバルムとしては実力を見てから信頼に値する国かどうか確かめることは至極当然のことである。


「まあ、それはいいんだ。その件は試練を聞いたときから予想していたからな。……俺が本当に聞きたいのはその後のことだ」


「……どういう意味だ?」


「例の襲撃の件についてだよ。明日になったら、もう一日しか時間が残っていない。そしておそらくだが、襲撃当日になっても俺たちは部外者のままだ」


「……さっきから君はなにを言いたいんだね?」


 紫音の意図がまったく汲み取れず、フリードリヒは少々威圧的な言い方で答えを求めた。


「だから、人手がいるんなら俺たちも加勢するって言っているんだよ。部外者の俺たちが今回の戦いに出しゃばったら国としてはいろいろと面倒なことになるだろ。でも、同盟国ともなれば俺たちも堂々と加勢できる。……それに、個人的にもここはティナが生まれ育った国でもあるから力になりたいんだよ」


 紫音の言う通り、今回の戦いはエルヴバルムとエーデルバルムとの間で行われる戦争のようなもの。


 そして、現在の紫音たちは両国とはなんの関係もないただの部外者という立場に位置付けられている。

 そんなときに、堂々とエルヴバルム側につくには、同盟を結んだ方が紫音たちにとっては一番都合がいい。


 国から依頼されてという形での参戦もあるが、今後も関係を続けていきたいと考えている紫音たちにとっては同盟の一択しかなかった。


「……気持ちはありがたいが、君たちの加勢はいらない。戦力が減少したからといっても我々は国を守護する戦士だ。君のおかげで向こうの情報をいろいろと手に入れられたことに関しては感謝するが、少なくとも私個人としては君たちを戦いに巻き込むつもりはない」


 強い信念を持った言葉でバッサリと紫音の提案を却下されてしまった。

 これ以上、紫音がなにを言ったとしてもその意思を覆すことはできない。それほど揺るぎのない気迫が目に見えるようだった。


「……そういうことなら悪かった。もうなにも言わないが、俺たちはその気持ちでいるって言うことだけは忘れないでくれ」


「ああ、気持ちだけ受け取っておこう。……城に戻った後だが、君たちは引き続き客人として扱い、国の決定が出るまで滞在という形で国に留まってもらうが、それでいいかね?」


「……はい、それでお願いします」


 その質問に答える前に、紫音はフィリアたちの方を向き、みんなの同意を得た後にそう答えた。


 フリードリヒとの話が終わった後、全員明日に備えて横になり、早々に眠りについた。


 そんな中、紫音は少し離れた場所へ移動し、そこで待っていたグリゼルと落ち合う。

 実は紫音が野営の準備をしているときに、グリゼルの方から二人っきりで話があると言われ、こうして全員が寝静まったところを見計らって落ち合うことになっていた


「それで、話ってなんですか?」


「俺は回りくどいのが苦手でな。……単刀直入に言わせてもらうが、お前さん……異世界人か?」


「っ!?」


 隠していた紫音の秘密があっさりとバレてしまい、紫音の体が一瞬で強張る。


「その反応……図星か」


 弁明の余地もないと悟り、紫音は一度大きく深呼吸して精神を落ち着かせる。

 そして落ち着いたところで紫音の口が開いた。


「確かに俺はこの世界の人間じゃない。……なら、どうしますか? 異世界人は亜人種からしてみれば大戦時に人間を勝利に導いた存在ですから殺しますか?」


「フン。馬鹿にするんじゃねえよ。別にお前は戦争に参加していたわけじゃねえだろ。同じ異世界人だから殺すとか筋違いも甚だしいんだよ」


「……はあ、そうか。安心したよ」


 紫音自身、少々虚勢を張っていたところもあり、本当に殺されてしまうのではないかとひやひやしていた。


「……でもなんで分かったんだ?」


「あんな馬鹿げた力やコメなんていう東方の国ぐらいしか食べられていない食材を知っていたからかな。……ああ、そうだ。後は俺たち竜人族を前にしても堂々としていたってのもあるな。普通なら命乞いするか、へり下るもんだぞ」


 どうやら普段の紫音の振る舞いだけであっさりと見抜かれてしまったようだ。

 紫音は、「まいったな」と言いながら頭を掻いていた。


「それについては今後気を付けるんだな。……それと最後にもう一つだけいいか?」


「……?」


「さっきの襲撃の話だが、もし向こうからなんの申し出もなかったら本当に出ないつもりなのか? お前さん、本当はまだ諦めていないんだろう?」


「まあ、無理強いはしたくないんで『出るな』と言われれば本当に参加しませんよ」


 と口にするが、少ししてから口角を上にあげ、ニヤリと笑いながら話を続ける。


「……でも、このまま引き下がるつもりはありませんから。気長にチャンスを待つとしますよ」


「フッ、やっぱりお前面白いな。お前に付くって決めたのはどうやら間違いじゃなかったようだな」


「……あのな、お前お前って仮にも契約を結ぶ間柄なんだからもう少し呼び方をだな……」


「だったら、ご主人様とかマスターとでも呼べばいいのか?」


 いろいろと提案してくるが、どれも紫音からしてみれば困るものばかりだった。


「俺は別にそういう主従関係を求めているんじゃなくて、こっちとしては対等な立場を求めているんだよ」


「なんだ、そうなのか?」


「そう。契約といってもそれは表面上のことだけで俺としてはあくまでも対等な立場でいたいんだよ。……まあ、俺の言うことも聞かずに勝手に『ご主人様』だとか、『マスター』だとか言っている奴もいるけどな……」


「なるほどな。それがお前にとってのこだわりってやつか。とはいっても俺たちは契約を結ぶ間だ。お前が主で俺が従者。その事実は変わんねえからな……よし。これからは『マスター』って呼ばせてもらうわ」


「またこのパターンかよ……」


 これでマスター呼びがアディに続いてまた一人増えてしまったことになる。

 頭に手を当て、紫音は大きくため息をついていた。


「本当に嫌なら命令すればいいのに……契約していれば簡単にできるだろ」


「そんなことで使いたくないだけだ。……もういいや。ちょうどいいからこのまま契約して早く寝よう」


「では、これからはあなたの剣となり、盾となり、あなたにお仕えします。よろしくお願いしますね……マスター」


「そういう堅苦しいのはいいから。呼び方までは許すけどこれからはもっと対等な立場で接してくれ。……ああ、それから次の襲撃に参加することになったらグリゼルにも出てもらうからな。期待しているぞ」


「任せてください、マスター」


 その後、グリゼルとの主従契約を結んだところで今日の終わりも近づき、紫音とグリゼルも明日に備えて眠りについた。


 エーデルバルムからの襲撃まで後……一日に差し迫っていた。

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