第102話 異世界の勇者
グリゼルの正体。
そして、フィリアとの関係が明らかとなり、一同言葉が出せず、驚愕していた。
そんな中、ただ一人紫音だけはフィリアの方に顔を向けながら口を開いた。
「フィリア……お前……」
動揺の顔を見せる紫音にフィリアは少し申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめんなさい、紫音。……私」
「本当にお姫様だったんだな……」
「…………は?」
あまりにも見当違いな反応にフィリアは思わず間の抜けた声を出してしまった。
「そ、それは……いったいどういう意味かしら?」
少しばかりフィリアを侮辱するような発言に怒気を孕ませた声色で聞き返した。紫音は、そんなフィリアの気持ちなど気付かないまま質問に答える。
「だって、普段のフィリアの姿を見ているとな……」
「だからどういう意味よ。言ってみなさい」
「えーと、お姫さまっていう割にガサツなところがあるし、かなりのめんどくさがり屋。仕事は平気で放り出したり乱暴で言葉遣いが時々荒くなったりする」
「……し、紫音?」
「あっ! あと……」
「も、もういいわ! はいはい分かりました。どうせ私はお姫様っぽくないわよ!」
紫音の言葉がかなり効いたのか、自分で言わせておきながら激しく後悔していた。
そんな二人の掛け合いを見ていたグリゼルは、腹を抱えながら声を出して笑っていた。
「やっぱりオモシロいな、お前ら。特に人間、お前を見ていると、ガキの頃に聞いた異世界の勇者のことを思い出すぜ」
「……異世界の……勇者?」
聞いたことのない単語の並びに思わずその言葉を口にしていた。
「グリゼル、その異世界の勇者っていうのは……いったい?」
「なんだ知らないのか? ……まあ教えてやってもいいが……お前ら、そろそろ野営の準備をしなくてもいいのか?」
そう言われ、紫音は一目散に空を見上げる。
いつの間にか空に昇っていた太陽が沈みかけており、夕暮れ時となっていた。どうやら城を出てから試練が終わるまでそれほどの時間が経過していたようだ。
「えー、こんなところ野営しなくても城に戻ればいいじゃない。竜化すればひとっ飛びなんだから早く戻りましょう」
「お前は単純にベッドの上で寝たいだけだろ」
軽いツッコミをフィリアに入れながら紫音はこの後どうするか、考えていた。
個人的には、試練の結果を報告するために早く帰還したい。
しかし、フィリアはああ言っているが、グリゼルとの戦闘でフィリアの体力は限界のはず。とても竜化して飛べるほどの体力は残っていないだろう。
もちろん、紫音もこれ以上、動けないほど疲労が溜まっていた。
いろいろと考えた結果、紫音はどちらにするか決断する。
「フィリアには悪いが、ここはグリゼルの言う通り野営にしよう。俺たち二人、さっきの戦いで体力的に限界だろ」
「うっ! ……はあ、わかったわよ」
「ディアナたちもいいか?」
「別に儂らはかまわんよ。別行動する意味もないからの」
ディアナが賛成の意を示すと、続けてリースとレインも同じように紫音の提案に賛同した。
「……それで、フリードリヒ王子たちはどうしますか?」
「心配するな。元々、私たちも野営するつもりでいた」
フリードリヒがそう言うと、メイドのユリファはずっと背負っていたバックを地面に下ろし、中身を紫音たちに見せる。
準備のいいことに中には、食べ物や野営に必要な道具が一式揃っていた。
「この森は夜になると危険性が増すからな。緑樹竜様が提案しなかったら私たちがしていたよ」
「そんなに危険なんですか?」
紫音の質問に王子に代わってユリファが答えた。
「はい。夜になると、この森に棲む魔物たちの凶暴性が増し、下手に動こうものならあっという間に魔物たちの餌食になってしまいます」
「あ、あの……魔物なんていましたか? ここに来るまで全然気づかなかったんですけど」
「リースの言う通りだな。まったく魔物なんかに遭わなかったし、安全にここまで来れたしな」
その言葉にユリファは静かに首を横に振りながら話を続ける。
「ここに棲む魔物たちは狡猾です。森に入ってきたものに対して決して手を出すことはありません。しかし、森を出ようとした瞬間、奴らは襲い掛かってきます」
ユリファは脅すような言葉を使いながら魔物たちの説明に入る。
要約すると、この森はあまりにも広大で入るのは簡単だが、抜け出すのは難しいとのこと。しかもそのことを魔物が理解しているということが恐ろしい点である。
ここにいる魔物たちは団結して侵入者を追い詰めている。
魔物たちが襲い掛かれば侵入者もそう簡単に抜け出すことはできない。最悪の場合、迷子になってしまい、一生脱出できない危険性もある。
そのためエルフ族が行う試練にはグリゼルの巣に侵入するだけでなく、魔物の目を掻い潜り、この森を無事に抜け出すことができるのか、その点も評価の対象となっている。
「今、ユリファの言った通りだ。そういうわけだから出発は明日にした方がいい。夜になれば、有利になるのは魔物たちの方だからな」
改めてこの森の危険性を痛感し、紫音たちはさっそく野営の準備に取り掛かった。
フリードリヒ王子の話によると、世界樹周辺は魔物たちが干渉できない区域のようで安全に野営できるらしい。
紫音たちは、テントを張り付け、夕食の準備に入る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから一時間後。
「なかなかうめえじゃねえか」
紫音が作った料理にグリゼルは「美味い」と言いながら搔き込んでいた。
今回、紫音が作ったのはただのシチューなのだが、どうもグリゼルだけでなく、フリードリヒたちにも絶賛されていた。
特に具材の評価が高かった。
どうやらどれもエルヴバルムで売られているものとは比べ物にならないほど美味しいらしい。
いつもこの食材を食べている紫音たちにとってはあまりピンと来なかったが、フリードリヒたちの反応で食材の輸入も視野に入れようと紫音は胸中で考えていた。
その後、一通り食べ終わり、落ち着いたところで紫音は先ほどの話を切り出す。
「それで、グリゼル。さっきの話の続きなんだが……」
「ああ、勇者の話か? というよりお前、本当に知らないのか? 有名な話だぞ」
「フィリアと出会う前は辺境の村に住んでいていたから世間知らずなんだよ」
自分が異世界人だということを伏せておきたい紫音は、ウソの話を並べて誤魔化した。
グリゼルは、疑いの目を紫音に向けていたが、特に追及することなく話を元に戻す。
「異世界の勇者っていうのは、大昔にあった大戦時に活躍した人間たちの英雄のことだ。当時、人間たちが俺たち亜人族に勝利した元凶ともいえる」
「えっ!?」
その話に紫音は思わず、フィリアの顔を見た。
フィリアと初めて出会ったときに同じような話を耳にしたが、そのときは勇者の話などまったくしていなかったからだ。
フィリアを問い詰めるような目を向けると、バツが悪そうな顔をしながらフィリアは謝りながら言った
「ご、ごめんなさい紫音。そういえば言い忘れていたわ」
「言い忘れていたじゃねえよ。異世界の勇者ってなんだよ。そんな重要なことなんで黙っていたんだよ。まさか俺以外にも異世界人がいたなんて……」
「おい、続けてもいいか?」
「あ、はい。どうぞ」
幸い先ほどの話は小声でしていたせいか、グリゼルに気付かれなかったようだ。
「当時、人間たちはアーティファクトの他に亜人族に対抗すべく異世界から戦士を召喚した」
「召喚って、そんな魔法があるのか?」
「こことは異なる時空にいる人間を召喚できるほどの大規模な魔法らしい。とにかくその召喚で100人の勇者が召喚された。異世界から召喚された人間は例外なく、強力な能力を持って召喚される。その能力とこの世界の戦い方を学ぶことで俺たちに対抗するだけの勇者へと成長した」
「……それで、その勇者は戦後どこに行ったんだ? 元の世界に戻されたのか?」
「いいや。その召喚魔法は元の世界には戻せないらしくな、生き残った勇者たちは、東方へと逃げていき、そこで新たな国を創ったそうだ」
逃げた。
グリゼルの口から出てきたその単語に紫音は眉をひそめる。
「逃げたってどういうことだよ。人間たちを守った勇者なんだろ。英雄扱いされなかったのか?」
「亜人をも凌駕する力に人間たちが恐れたんだよ。逆に勇者たちに人間の国を乗っ取られると思った各国の王たちが勇者の討伐命令を出したんだよ」
「それで……国を出て自分たちの国を創ったんだな。自分たちの身を守るために」
話を聞いていると、なんとも身勝手な話だ。
自分たちで勝手に呼んでおいて用済みとなると排除しようとする。
紫音は、当時の異世界人に同情するだけでなく、憤りも感じていた。
「でもまあ、結果的に言えばその選択は正解だったみたいだぜ。今やその国は繁栄し、豊かな国になっていたんだから」
「ひょっとしてグリゼルもその国に行ったことがあるのか?」
「よくわかったな。この服なんかその国で買ったんだぜ。他にも異世界人が創った国の商品なんかはこっちにも流通しているみたいでみんな知らずに買ってんだからお笑いだよな」
身に着けている浴衣を見せびらかしながら楽しそうに話していた。
グリゼルの話は実に興味深い話だった。
特に紫音以外にも異世界から来た人間がいたということは紫音にとって無視できない話でもあった。
いつか落ち着いたら自分もその国に行ってみよう。紫音はグリゼルの話を聞きながらそっと決意した。
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