第101話 新たな仲間と衝撃の事実

「終わったな……」


 紫音は静かにリンク・コネクトを解き、ようやく肩の荷が下りたかのように地面に座り込んだ。

 フィリアも紫音と同じ気持ちなのか、安堵するかのような息をつきながら竜化を解いた。


「兄貴っ!」


「お兄ちゃん! フィリアさま! やりましたね!」


 茂みの中からリースとレインが飛び出て紫音たちのもとへ駆け寄る。

 よほど心配だったのか、二人は涙を流し、近くまで駆け寄ると、一斉に紫音の胸元に飛び掛かり号泣していた。

 紫音は二人の様子に困り果てながら二人の頭を撫で、宥めていた。


「まさか成人した竜人族を倒すとはな……。まったくシオンには驚かされてばかりじゃ。」


「ちょっと、ディアナ。私もがんばったんですけど」


 自分だけ除け者にされたような発言が気に喰わないのか、フィリアは頬を膨らませながら反論していた。


「シ、シオン……さん。本当によかった……です。もしかしたら死んじゃうかもしれないって……し、心配していました」


 ディアナに続けてメルティナも紫音たちのもとへ駆け寄り、無事の姿を見てほっと一安心していた。


「……あっ、フリードリヒ王子、ユリファさん。どうでしたか、俺たち?」


 最後にフリードリヒとユリファも合流するが、二人はなんとも言えないような微妙な顔をしていた。

 やがて、意を決したかのようにフリードリヒが紫音に問いかける。


「き、君はいったい何者なんだね? まさか緑樹竜を倒すなど予想もしていなかったよ。……それに、君のその馬鹿げた力にあの奇妙な姿。しかもそれだけに飽き足らず、精霊をも従わせるなどどれも人間にできる芸当ではない」


 一連の紫音の戦いを見ていたフリードリヒは、紫音に対して未知の恐怖に襲われていた。

 紫音は、ゆっくりと立ち上がり、フリードリヒのもとまで歩くと、その質問に答える。


「最初に言っておくけど俺は人間だ。ただ普通とは違ってバカげた能力を持っている特殊な魔物使いなだけだ」


「……っ?」


 紫音の返答にあまり納得していない顔をしているが、紫音自身、なぜこんな能力を持っているのか分からないためこれしか言うことができない。


「とにかく! 実力を見せたんだからこれで試練も合格でいいだろ?」


「残念だが、その決定権は私ではなく、父上にある。だからこの場ではなんとも……」


「えっ! そうなの? ……まあ、いいか。これだけ見せればたぶん大丈夫だろ」


 楽観的な考えを口にしていると、紫音はあることを思い出す。


「あ、そうだ! フリードリヒ王子」


「な、なんだね?」


「もし友好が結ばれるようなことになったときは、あの商品もぜひ我が国に流通してほしいんですけど」


「商品?」


「はい。昨日の晩餐会のときに出ていた米なんですけど……あ、米って言っても知りませんよね」


「いいや。コメは知っているが? 晩餐会の料理の中に出ていたものだろ?」


「あれ? 知っていたんですか?」


 意外にも紫音が欲しがっていたあの米と似たような食材は、この世界でもその名前で通っているようだ。


「あれは昔、東方の国から来た商人から買い取った食材だと聞いている。当時の国王がその食材を大変気に入り、自国でも生産するようになったようだが」


(東方の国? まさかそこには地球と同じ文化が存在しているのか?)


 フリードリヒの口から出た東方の国の存在に気になりながらもエルヴバルムに米を運んできてくれた商人に感謝していた。


「私としては別に構わないが、なぜ君がコメの存在を? あれは東方の国ぐらいでしか食べられていないと聞いていたが?」


「えっ? そ、それは……」


 途端、紫音の口がどもり始める。

 ここで馬鹿正直に異世界人だと言っても冗談だと思われ、逆に信用を無くしてしまう恐れがある。

 かと言って、相手を納得させるほどの別の理由が思いつくわけもなく、途方に暮れていると、


「きゃああああっ!」


「っ!?」


 突如、後ろの方からリース悲鳴が聞こえてきた。


「兄貴、大変だ!」


 続けてレインも声を上げながらなにかを伝えようとしているので、紫音は声のする方へ顔を向けた。


「……おいおい、マジかよ」


 そこには、重い腰を上げるかのようにゆっくりと立ち上がろうとしているグリゼルの姿があった。

 リースたちは、少しでもグリゼルから離れようと紫音の方へ走って来ている。


 紫音自身、フリードリヒからの質問をうやむやにできて幸いかと思ったら喜んでいる場合ではないな、と胸中でそう感じていた。


「あれだけダメージを負っていてまだ立てるとか……ホント、バケモンだな」


「それ、私たちにとっては誉め言葉よ。……でも、ちょうどよかったわ。あいつには聞きたかったこともあったからね」


「っ?」


 フィリアの意味深な発言に首を傾げながらも紫音は念のため、いつでも戦えるように戦闘態勢に入る。


「シオン、無理はするでない。もし、奴にまだ戦う意思があるようなら今度は儂が相手じゃ」


「嬉しい限りだが、お前には他にやってほしいことがあるからあまり無理はするなよ」


「分かっておる」


「お、お兄ちゃん……わ、わたしもがんばります!」


「お、おおオレだって戦うぜ兄貴!」


 ディアナに感化されたのか、リースとレインも声を震わせながら一緒に戦うと宣言した。

 少し心配なところはあるが、グリゼルに再度立ち向かう戦力を確保し、一同は戦闘態勢に入る。


「待て待て……俺はもう戦意など持っていない。……降参だ」


「……はっ?」


 そんな今にも戦いが始まりそうな流れの中、グリゼルの言葉によって一気にその流れも止まってしまった。


「俺はそこの人間に用があるんだ」


「……ん? 俺か?」


「そうだ。……ずっと下を向いていると、首が痛くなるな……少し待て」


 瞬間、グリゼルの身体から眩い光が溢れ出し、徐々にその光は縮まっていく。

 光が消え、その中から一人の男性が現れる。


 まったく手入れが行き届いていないボサボサの緑色の髪にだらしない無精ヒゲ。中年男性の顔つきをしているが、精悍で整った顔立ちで男らしいカッコよさを持った大人の顔をしている。

 服はなぜか紺色の浴衣を着込んでおり、胸元から覗く胸筋や足元からかなり鍛え上げられた肉体に見える。


 ここまで見ると、筋肉質な人間の男性だと思われるが、二ヵ所ほど人間にはないものが見えていた。

 頭から二本の角が生えており、後ろにはゴツゴツとした長い尻尾が伸びていた。


「な、なあディアナ?」


「……なんじゃ?」


「なんか角と尻尾みたいなものが見えるんだが、あれって竜人族だよな?」


「なんじゃ、知らんかったのか? 成人している竜人族が人化するときは角と尻尾が生えているものなんじゃよ」


「えっ!? でも、フィリアは?」


「男性と女性じゃあ人間に変身したときの姿は違うものなのよ。男性は角と尻尾、女性は角だけよ。ちなみに私はまだ成人していないから角なんか生えていないわよ」


(そういうことはもっと早く言ってくれよな。危うく勘違いしそうになったじゃないか)


 胸中で愚痴をこぼしながらもグリゼルのおかげでまた一つ、竜人族について知ることができた。


「ほら、そんなことよりあいつ、こっちに来ているわよ」


 紫音たちが話をしている内にグリゼルは、一歩一歩ゆっくりと紫音たちのほうへ歩いて来ている。

 自分のほうから戦意がないと言われてもすぐに信じられるわけもなく、紫音たちは警戒を強め、グリゼルの動向を窺っていた。


 そして、グリゼルが紫音のもとまで行くと、手を紫音の頭の上に伸ばし、


「おいオマエ、いったいどんな手を使いやがった。すっかり引っかかっちまったぜ」


 首元に手をかけ、もう片方の手で紫音の頭をグリグリと回しながら話しかける。その姿は、戦意などまったくなく、ただじゃれているように見える。


「な、なにすんだよ……いきなり……」


「いいから早く教えろよな」


「ま、待て! お前に教える義理なんかないんだから断らせてもらう!」


「そいつは無理な相談だ。初対面だが、俺はオマエのことが気に入った。だからオマエのことが知りたいんだよ」


「気色悪いこと言うな!」


 段々と鬱陶うっとうしく感じ、無理やりグリゼルを引き離す。


「おっと……これでも結構力入れていたんだけどな……やっぱりオマエ、オモシロいな」


「俺は全然面白くない!」


「ブフッ!」


 隣でなにやら噴き出したような声が聞こえ、視線を移すと、必死に笑いを堪えようとしているフィリアの姿が見えた。


「おい、なに笑っているんだよ」


「だ、だって……フフ。よかったわね、気に入られて……」


「こっちは嬉しくねえ!」


「なんだ? 痴話ケンカか?」


「「そんなんじゃない!」」


 二人の息ピッタリな返しにグリゼルはお腹を抱えながら大笑いしていた。


「それにしても、やっぱりオマエ、オモシロいな。人間なのに竜人族に隷属しているわけでもなく、対等な存在でいるなんて普通じゃ考えられないことだぞ」


 その言葉に紫音は仕返しとでも言わんばかりに返答する。


「隷属というならフィリアの方かな?」


「なっ!?」


「実は俺、テイマーっていう職業なんだけど、その力でフィリアは俺の使い魔ってことになっているんだよね」


「ハハハ、こりゃあいいな。逆に人間に従属されているなんて竜人族の中ではたぶんオマエが初めてだぞ」


「うるさいわよ! 紫音と契約していると簡単に能力が強化されるから仕方なく契約したのよ」


 紫音の仕返しが効いたらしくフィリアは頬を膨らませ、悔しそうな顔を見せていた。


「そんな話聞いていると、余計にオマエのことが知りたくなってきたな。なにせずっとヒマでヒマで、こんなオモシロい人間に出くわしたらほうっておけるわけねえだろ」


「わ、分かったよ……」


 このまま拒否し続けても会話は平行線になるだけと考え、根負けした紫音は素直に話すことにした。

 自分のこと、これまでの経緯に、アルカディアのことなど話せる範囲でグリゼルに伝える。

 グリゼルは時折、相槌を打ちながら意外にも黙って紫音の話を聞いていた。


 紫音からの話を聞き終えると、グリゼルはまたもや笑い声を上げていた。


「なるほどな……。俺がヒマしている間にずいぶんとオモシロいことになってんじゃねえか」


 そう口にすると、グリゼルは少し黙り込んでなにかを考えるような仕草を取っていた。

 やがて考えが纏まったのか、紫音の両肩を掴みながら口を開く。


「決めた! 俺もオマエの国に入れてくれ」


「…………いま、なんて?」


「オマエに付いていくって言ってんだよ! そろそろこの生活も飽きてきたしちょうどいいからな」


「お、お待ちください! 緑樹竜様!」


「必要ならオマエと契約してもいいぜ。同じ竜人族の嬢ちゃんを見る限り別に害はなさそうだしな」


 フリードリヒの言葉を無視しながらグリゼルはどんどんと話を進めてくる。

 突如起きた予想外の出来事だが、紫音は静かに笑みを浮かべていた。


「ほ、本当に……いいのか?」


「ああ、別にいいぜ。お前らと一緒にいたほうがオモシロそうだしな」


(まさかこんなにあっさりと竜人族を手に入れられるとはな……いろいろと用意していたものが無駄になったな)


 紫音は、メルティナから竜人族の話を聞いてからというものぜひ手に入れたいと常々思っていた。

 そのため口説き落とすために様々な策を弄していたが、すべて杞憂に終わったようだ。


「じゃあ契約の件は後ほどで……とりあえず、これからよろしく」


 有効の証として握手をしようと、手を差し出すと、


「お、お待ちください! 緑樹竜様っ!」


 フリードリヒが二人の間に割って入ってくる。


「なんだ、オマエは?」


「わ、私は、エルヴバルムの第一王子フリードリヒ・エルフィンシュベルトと申します。緑樹竜様がいなくなっては試練そのものが無くなってしまいます。多くの成人を迎えるエルフのためにも緑樹竜様にはここにいてもらわなくてはならないのです」


 フリードリヒはそのような言葉を口にしながら懇願するもグリゼルはまったく興味がないかのように欠伸をしていた。


「第一王子とか言ったな。今の国王は誰だ?」


「ソ、ソルドレッド国王ですが……」


「ソルドレッドか……。それなら問題ない。俺が話を付けてやる」


「そ、それはいったい……どういう意味で……?」


「ちょっと、いいかしら?」


 なにやらグリゼルの中で勝手に話が終わってしまい、フリードリヒが困惑していると、今度はフィリアが話し掛ける。


「さっきの戦闘の中、あなた『カイゼル』って口にしたわよね?」


「ああ、言ったが。……それがどうした?」


「その名前、偶然にも私の父親と同じ名前なのよね……」


(……父親?)


 突如、出てきた気になる単語に紫音は首を傾げていた。

 そうしている間にも二人の会話は進んでいく。


「そりゃあ当然だろ。お前の戦い方やその目の色を見てすぐに分かったよ」


「えっ! じゃあまさか本当に……? だとしたらあなたはいったい……?」


 一人で納得したフィリアは改めてグリゼルの正体について問い詰める。

 その問いにグリゼルは腕を組みながら答える。


「俺はドラガイア王国――元王位継承権第一位のグリゼル・ドラガイア・サーゼクスト・ドラグーンだ。付け加えるならばそこにいる嬢ちゃんの父親、現国王のカイゼルは俺の弟だ」


「…………」


 誰もが状況を飲み込めずにいる中、そんなものはお構いなしに続けてグリゼルは言った。


「つまり、嬢ちゃんは俺の姪ってことだな」


 そんな分かり切っていることをグリゼルは笑顔で言ってのけていた。

 一同、どのような反応をしていればいいのか分からず、フィリアもしばらくの間、言葉を出せずにいた。

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