第62話 夢への第一歩

「し、仕事って、いったいなんの話ですか?」


 紫音が発した一言に戸惑いながら尋ねた。


「その仕事っていうのはお前の協力が不可欠でな……」


 続きを言おうとした紫音はハッと思い出したような顔を見せると、


「あ、そうだった。その前に俺たちの国について話さなきゃな」


「国ですか……?」


「そう。実は、俺たちの国は二年前にできたばかりでまだ世の中に知られていない国なんだよ。仕事の内容にも深く関係しているからティナには事前に知ってもらいたいんだ」


「ここってできたばかりの国なんですか? でも、外から見える限りここら辺は森ばかりですよね。……少し遠くにみたいですけど」


 メルティナは窓のほうへ体を移動させ、そこから見える景色を眺めながら言った。


「……え? なんでそんなことが分かるんだ? 窓からは森しか見えなくて居住区まで少し距離があるのに……」


「えっ!? そ、その……なんとなくそうなのではないかと思っただけです」


 バツが悪そうに目を泳がせながら言い訳じみたセリフを吐いていた。


「……まあいいか。とにかく国について知ってもらいたいから一度国の代表者にあってほしいんだよ」


「代表……? 国王様のことですか?」


「ああ、そいつこの家に住んでいるからすぐに呼び出すよ」


 そう言いながら紫音は、耳に手を当て念話通信でフィリアに声をかける。


『フィリア、今どこにいる? 例のエルフ族の姫様が目を覚ましたからすぐに来てくれ』


『…………』


 紫音の呼びかけに対して一向にフィリアからの返事がない。


『おい、聞こえないはずないだろ。……お前まさか……無視しているだろ』


『…………』


 図星なのか、反論の言葉も出ず無言のまま時間が流れていた。

 紫音は小さくため息をつきながらこうなった原因について考えてみた。少し思案したのち一つ心当たりが浮かんできた。


『フィリア……まさかとは思うけどこの前のことまだ怒っているのか?』


『…………っ!?』


 顔は見えないが今の反応で紫音は確信を得た。ティナを買い取ったあの日、紫音の身に起きた事故についてフィリアが大笑いしていたので腹を立てた紫音がちょっとした仕返しをしてやったことがあった。

 あれ以来、明らかにフィリアの機嫌が悪くなり、ここ数日、口すら聞いていなかった。


『あれはお前が悪いんだからな。まったく人の不幸を笑いやがって。むしろあれだけで許してやったんだからいつまでも拗ねてないで早く来い!』


『…………』


 声を上げながら命令するもフィリアからの応答はなかった。いい加減頭に来た紫音はその場から立ち上がり、ドアのほうへ足を反転させる。


「お、お兄ちゃん? いったいどうしたんですか?」


「フィリア連れてくる。あのバカいつまでも根に持ちやがって」


「なんじゃ。フィリアの奴、まだ拗ねておったのか。まだまだ子どもじゃのう」


「数百才の子どもがどこにいるんだよ! 無理やりにでも連れてくるからちょっと待っててくれ」


 紫音はそう吐き捨てながら部屋を出た。メルティナは今なにが起きているのかまったく分からず恐る恐る尋ねてみた。


「あ、あの……いったいなにがあったんですか? ずっと黙ったままかと思ったらいきなり怒って部屋から出ていったんですが……」


「そういえばはたから見ればそう映るんじゃったな。さっきまでシオンは念話で会話しておったんじゃよ」


「い、今のが……念話ですか」


 メルティナは知識としては知っていたが、実際に見るのが初めてだったため少し驚いた。


「ごめんなさい。今お兄ちゃんがフィリア様を連れてくるみたいなのでもう少しだけお待ちください」


 リースは謝罪の言葉を述べながらぺこぺこと頭を下げていた。まだ状況が整理できていなかったメルティナは、リースの言葉に対して「はあ……」という気のない返事をしながら紫音たちが戻ってくるのを待っていた。


 それから十分ほど時間が経った後、頬を膨らませながら不機嫌な顔をしたフィリアが紫音とともに入ってきた。


「客人の前でいつまで不機嫌な顔をしているんだよ!」


「いだっ!?」


 いつまでもむくれていたフィリアの脳天に紫音の鉄拳が落とされた。


「っ!?」


 紫音の行動にメルティナも言葉も出ないほど驚いていた。今紫音が手を上げたのはこの国の王様だというのにその動作にまったくの迷いがなかった。


 国王すら恐れない人間の紫音にメルティナは少しだけ恐怖を抱いた。そしてそれと同時にフィリアにも別の恐怖を感じていた。


(こ、この女の子、あの森妖精の人と同じもしくはそれ以上のを持っているなんて……こんな魔力量、お兄様たち以上かもしれないわ)


 そんなことを考えていたメルティナがふと前を見ると、いつのまにかフィリアが近くまで来ていた。


「その位置で止まれ。そこから先は絶対に行くなよ」


「分かっているわよ。話には聞いていたけどまさか話すだけでここまでメンドくさいなんて……」


 小言を漏らしながらティナと対峙したフィリアは、スカートの裾を少し持ち上げながら挨拶をする。


「初めまして。私はこの国、アルカディアの国王を務めている竜人族のフィリアと申します」


「竜人族ですか……」


 フィリアの正体を聞いてもメルティナはそれほど動じていなかった。竜人族の国は鎖国国家であり、まったくと言ってもいいほど人前には現れない種族だというのにメルティナの反応は思いのほか薄い。


 そのことに紫音は疑問を感じていた。


「お前らエルフ族って、竜人族が珍しくないのか? 全然驚いていなかったけど」


「ご、ごめんなさい。エルヴバルムにはドラゴンが昔からいるので、珍しくないんです」


「ド、ドラゴンがいるのか?」


「はい。私は見たことありませんが、エルヴバルムでは成人の儀を行う際にドラゴンのもとで試練を行うみたいで、成人したエルフ族はみんな会っているそうです」


「物好きなドラゴンもいるものね。まあその話はまた今度にして……確かアルカディアについて話すんだっけ?」


「俺たちの計画を進めるためにも、まずはティナに俺たちの国について知ってもらう必要があるからね。お前の口から話してくれ」


 紫音にそうお願いされたフィリアは、しぶしぶながらもメルティナに説明した。

 この国の成り立ちやこの国が掲げる夢、その他にもこの国のことについて細かく伝えていた。


 メルティナも最初は仕方なくといった表情で聞いていたが、話を聞いていくうちに興味を抱き始めていた。


「つまりこの国では、亜人種が多種多様に住んでいて種族の垣根なく共存共栄しているってことですか?」


 フィリアからの話を聞き終えたメルティナは確認するように尋ねる。


「ああ、そうだ。今はまだ亜人の種類も人口も少ないけど最終的には全種族が住む国にしたいと思っているんだ」


「そうね。今はまだ総人口は3千人くらいだけどいずれはこの何十倍、いえ何百倍は欲しいわね」


(こいつ……)


 本当は千人にも満たないというのに平気な顔でサバを読んでいた。しかも誤差の範囲を大きく超える数を悪びれる様子もなく言っていた。


 さすがの紫音もこの発言に呆れてものも言えなかった。メルティナに誤解されないように弁明しようと口を開こうとすると、


「……え? 。そんなにいるとは思えないんですが」


 またもやメルティナの口から妙な発言が飛び出してきた。


「な、なんでそんなことが分かるんだよ? まだこの国を見せていないのに」


「そ、それは……あの……なんとなくです」


 言い訳の言葉が出ず、なにも言えずにいるメルティナ。ここにいる全員、なにかを察したが口に出さずに話題を逸らすことで話を進めることにした。


「と、とにかく、さっきのフィリアの話を分かってもらえたかな?」


「は、はい。分かりましたけど……そ、それで仕事というのは?」


「簡単に言えばティナをそのエルヴバルムにまで送っていくからその代わりにお前の父親、国王に会わせてくれ。そしてできればその際に俺たちの味方になってほしいんだよ」


 二ッとティナに向けて笑みを浮かべながら仕事の内容について伝えた。


「それはアルカディアのために必要なことなんですか?」


「そうだ。俺たちの国はまだまだできたばかりで発展途上の国だ。後ろ盾も国力もほとんどない。だからこそ他の国と国交を開いて他国との友好を結んでおきたいんだ」


「で、でも、できたばかりの国とお父様が国交を開くなんてことしないと思うのですが……」


「一応、こっちでもいろいろと考えているからそこに関しては心配しなくても大丈夫だ。それに俺たちは亜人種との共存共栄だけでなく、亜人奴隷の解放も目標としている。そのためにも俺たちはエルフ族の力を借りたいとも思っている」


「奴隷の解放……」


「お前たちも被害者だろう。ティナのように奴隷となったエルフ族もどこかにいるはずだ。人間たちは平気で亜人奴隷をこき使っているが、俺たちはそいつら全員を討つつもりでいる。それにはまだまだ力をつける必要があるからエルフ族とも同盟のような形で友好を結びたいと思っているんだよ」


 ここまでの話を聞いたメルティナは、考えふけっていた。紫音たちの国と協力すれば奴隷となった同胞たちを取り戻すことができる。今まで見ているだけでなにもできなかったのにその可能性を見つけることができた。

 メルティナの目には一筋の希望を見えていた。


「まあ、いきなりこんなこと言われてすぐに決断できるわけもないし、少し考えてくれ」


「は、はい。分かりました。……あ、あの」


 紫音たちへの返事に猶予ができたのでホッとしたメルティナだったが、ある懸念が頭をよぎり、紫音に問いかけた。


「も、もしも紫音さんたちの申し出に断ったら国へはその……」


「その点は心配するな。断ったとしてもちゃんと送り届けるから」


 なかなか言い出せずにいたメルティナの顔を見て紫音は彼女の言葉を汲み取り答える。


「でもいいのですか? それだと紫音さんたちの目的が……」


「そんときは直談判でもなんでもしてとにかく王様に会うつもりだよ。……それじゃあ言いたいことも言ったし、ひとまず俺たちは退散するよ」


 メルティナにはまだ療養が必要なため安静させるためにもいったん部屋から出ようとする紫音たち。


「ティナを無事送り届けるまでは俺たちが面倒を見るからゆっくりと体を治しとけよ」


「は、はい、ありがとうございます」


「おっと、そうだ」


 紫音は懐から何かを取り出すと、メルティナに向けて投げた。それは放物線を描きながらベッドの上へと着地した。


「こ、これは……」


 それは、手乗りサイズの小さなスライムだった。


「そいつは俺が契約しているスライムが分裂したものだ。1人のときに何か用があったらそいつに要件を言ってくれ。すぐに駆けつけるから」


「あ、ありがとうございます」


「それじゃあまた後でな」


 メルティナにそう言い残し、紫音たちは部屋を出た。

 部屋を出てから少し離れた後、フィリアが口を開く。


「紫音いいの? あんな言い方じゃあ、断られたらそこで終わりじゃない。なんのコネもなく国王様に謁見なんてできるわけないのに」


「だからって無理強いするわけにもいかないだろ。時間もあるんだし、この国を見ていい返事をもらえることを期待するしかないな」


「まったく行き当たりばったりね」


 なんとも分が悪い賭けだとフィリアは胸中でそう思っていた。


「そういえば、あのエルフ何か隠しているみたいだったわね」


「確かにあれはわたしの力を使わなくてもバレバレでしたね」


「フィリアでも感づいているみたいだからなみんな気づいているだろう」


「なによその言い方!」


 紫音の発言にイラっとしたフィリアが頬を膨らませる中、ディアナはふと紫音に問いかける。


「シオンはあのエルフがなにを隠しているのか分かっているような顔じゃな。なにか心当たりでもあるのか?」


「まあ、なんとなくね。ディアナもそうだろ」


「そうじゃな。あの娘もいろいろと抱え込んでいるということは分かったの」


 ディアナは、メルティナが療養している部屋のほうを見ながらぽつりと呟くように言った。

 紫音もディアナと同じほうを見ながらメルティナの部屋から離れていった。

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