第43話 冒険者は予期せぬ魔物と出会う

 ミノタウロス――それは、筋骨隆々な大男のような身体に手には大きな剣を持っている牛頭の魔物。

 本来、この魔物は主に洞窟やダンジョン内に生息している魔物。そのため魔境の森のように草原や森林地帯では見かけない魔物である。

 それは、金翼の旅団のパーティがこれまで冒険してきた数々の経験や知識が物語っている。


「こいつはミノタウロスか……」


「ウソ!? こいつって普通、洞窟やダンジョンとかにいる魔物でしょう!?」


「わ、私もそう記憶しています……」


 予期せぬ出来事に一瞬困惑するが、すぐに戦闘へと切り替え、臨戦態勢を取る。


「ミノタウロスがなんでこんなところにいるのか分からねえが、こいつもさっさと倒してしまおうぜ」


「おう!」


 まずミノタウロスに向かって飛び出していったのは、クライドとヴォルグの前衛組だった。自分の得物を握りしめ、走り出す。


「はああああっ!」


 ミノタウロスの近くまで距離を詰めたクライドはその勢いで高く飛び上がる。さっきまでは自分より体の大きいミノタウロスであったが、飛んだことでその身長差は一気にクライドの方が高くなった。

 身長差で勝ったクライドは、自身の体重を乗せたままミノタウロスに向かって袈裟切りを繰り出す。


 ギイイイイン。

 しかしその攻撃は、ミノタウロスの大剣によって防がれてしまう。いったん態勢を整えようと、距離を取ろうとするが、ミノタウロスの追撃がクライドを襲う。


 大剣を軽々と天高く振り上げたミノタウロスはクライドを狙い定め、振り下ろす。攻撃を防ぐため咄嗟に剣の峰部分を相手に向け、ミノタウロスの大剣に挑む。


「くうぅっ!?」


 あまりの剣の重さにクライドの口からうめき声が漏れ出す。ミノタウロスの持つ強大な腕力と見た目からして重そうな大剣が合算され、クライドを苦しめる。

 このままでは、こちらが力負けしそうだと感じたそのとき、


「《魔氷連弾》ッ!」


「《パワード》ッ」


 クライドの後方から数十発にも及ぶ氷塊が飛来し、ミノタウロスを襲う。注意が氷塊へと移り、大剣に込められた力も弱まる。これを好機と見たクライドは魔法によって強化された体を振るい、押し負けていた現状を自らの剣をもって押しのけた。

 ミノタウロスの身体は仰け反り、大勢が崩れていたのでそれを見逃さず、横に一閃を放つ。


「ブモオオオッ!?」


 ミノタウロスから断末魔のような叫び声とともに、胸部からは血飛沫が舞う。大勢が保てなくなったミノタウロスはそのまま地面へと横たわった。


「よしっ!」


 綺麗に攻撃が決まり、嬉しくなったクライドはガッツポーズをとる。


「よし……じゃないわよ。いつも言っているけど勝手に飛び出していかないでよね。おかげでフォローが大変なんだから」


「リディアさんの言う通りですよー」


「助かったよリディアにリリィ」


 クライドは後方に構えていたリディアとリリィに向かって礼をする。先ほどの攻撃魔法と強化魔法はリディアとリリィから放たれたもの。


 彼女たちの役割は前衛2人の支援が主な役割。リディアによる遠距離からの攻撃魔法やリリィによる強化や治癒系統の魔法を繰り出すことによってこれまで前衛をサポートしてきた。


 だからこそ、クライドとヴォルグは目の前の敵にのみ集中することができ、思いっきり力を発揮することができる。

 これこそがいつもの金翼の旅団の攻撃パターンである。


「ヴォルグの方もさっきフォローしてきたから向こうは気にしないでさっさとやっつけなさい!」


「おう!」


 リディアたちに大きく返事をした後、再度ミノタウロスに目を向ける。傷口を抑え、少しよろけるも、まだまだ戦えそうな雰囲気であったミノタウロスは、ふと横で戦っていたもう一体のミノタウロスに視線を移す。


 もう一体の方はヴォルグの攻撃により、生傷が増え、疲弊している様子であった。息を切らしていたミノタウロスはクライドと戦闘しているミノタウロスの視線に気づき、アイコンタクトをするかのように交わしていた。


 両者頷くと、森の方へと後退し、姿を消す。


「なんだあいつら。逃げるつもりか?」


「いや、あのミノタウロスどもその前になにか合図のようなものを交わしているようだったぞ」


「おいおい、冗談キツイぜ。魔物が人間みたいなことするわけねえだろ」


「しかしだな……」


 クライドとヴォルグがそのような言い合いをしていると、周りの木々が揺れ出した。

 すぐさまクライドたちは周囲を警戒するが、彼たち自身、一体何が起きているのか皆目見当がつかなかった。


 右の木々が大きな音を立てて揺れ出したと思いきや今度は反対方向の木々が揺れ出す。ときどき黒い影のようなものが木々の中を隠れながら移動している様子が窺える。

 残念ながらその正体までは、移動速度が速すぎて目視するのが難しかった。


 クライドたちが、周囲の木々が揺れ出すのに意識が集中していると、ガサッと彼らの死角の方角からを音が鳴り、それと同時に黒い影が飛び出す。

 その黒い影は、リリィに向かって襲い掛かろうとしていた。


「キャアアッ!」


「なっ!?」


 咄嗟のことで驚きながらもいち早く反応したクライドはリリィの元へ回り込み、黒い影に向かって剣を振るう。


 剣同士がぶつかり合う音が鳴り響き、その黒い影は攻撃が終わると同時に再び森の中へと消えていった。


「ありがとうございます、クライドさん」


「今のって……まさか……」


「なにかわかったのね」


 一瞬の攻撃であったが、クライドはその黒い影の正体に気付いた。


「さっきまで戦っていたミノタウロスだ。あいつら木々がつたって移動しながら攻撃しているぞ」


「なに!? あいつらそんなことができるのか?」


 ミノタウロスは基本的に攻撃に特化している魔物であるためそれ以外の能力はそれほど高くない。むしろ機敏さにおいては遅いくらいである。そのためミノタウロスの攻撃方法は力に任せた思い一撃による攻撃が多く、あんなに機敏に動けるはずがない。


「それが本当なら、こんな森で囲まれた場所でそんなことされたら対応できないわよ」


 リディアのその懸念は現実のものとなる。

 その後すぐに、ミノタウロスたちの反撃が始まる。先ほどと同じように木々を移動し、相手の死角を見つけるとその方向に飛び出し、攻撃する。


 一見単純な攻撃にも見えるが、ミノタウロスの反撃はそれだけではない。一度攻撃をすると、すぐさま森の中へと移動する。2撃目は決して繰り出さず、それを繰り返すためおかげでクライドたちはミノタウロスを捉えることができずにいる。


 毎回、自分たちが予想していない方角からの攻撃をしてくるため常に周囲の警戒をしていないとミノタウロスの攻撃に対抗することができないでいる。そのため集中力を常に研ぎ澄ましていないといけないため体力的には問題ないが、徐々に精神面において疲弊してきている。


「これじゃあ埒が明かねえな。どうする?」


「せめてこいつらの足を止めることができればいいのだが」


「バインドで止める手もありますが、ああも機敏に動かれては狙いも定まりません」


 現状を打破する方法を模索するもなにも見つからずにいた。このままではいつか敵の策に溺れてしまい、こちらの戦況が不利になってしまう。


「もうメンドくさいわね! 森の中だからあんまり使いたくなかったけどあいつらの動きを止めるにはこうするしかないわ!」


 この状況に苛立ちを覚えたリディアは声を荒げながら前へと出る。魔法を放つため杖を木々の方へ向ける。


「《ヘル・インフェルノ》」


 空中に大きな魔法陣が浮かび上がり、そこから黒炎を纏った炎球が放たれた。黒炎は木々を燃やし尽くし、その黒炎は隣接する木にも燃え移る。

 移動する足場をなくしたミノタウロスは大きな音が立てながら黒炎が舞う中に落ちていく。


「やりすぎだリディア」


「はわわ……これって火事にとかなりませんよね」


「大丈夫よ。少し加減したからそれほど燃え移らないはずよ」


「お前ってたまに無茶するよな」


「あなたにだけは言われたくないわね」


 結果的にはこれでもうあの移動方法を防ぐことができたので一同はほっと安堵を漏らす。


 クライドたちは木の上から落ちたミノタウロスに向かって武器を構える。

 身体をよろけさせながらも立ち上がるミノタウロス。その身体には黒炎が纏わりつくが平気そうな顔をしながら、こちらも武器を構え、臨戦態勢を取る。


 もう一体の行方はまだ分からないが、このまま目の前のミノタウロスと戦っていればおのずと出てくるはずと考えたクライドたちは、周囲の警戒しながらも攻撃に打って出る。


「オラアアアッ!」


「フンッ!」


 それぞれの得物を振るい、ミノタウロスに攻撃を与える2人。さすがのミノタウロスも2対1では対応しきれない様子でダメージが蓄積されていく。


「そろそろトドメと行こうかしら。……行くわよ《ライト――》ッ!?」


 なにかを感じ取ったリディアは途中で詠唱を止め、周囲を見渡す。

 すると、リディアの後方から一体のミノタウロスが大剣を振り回しながら飛び出してきた。おそらく2体のうちのもう一体のほうだろうか、仲間のピンチに駆けつけたかのように表れたミノタウロスはリディアたちに攻撃を仕掛けてきた。


「くそっ! 危ないリディア、リリィ!」


「くっ!」


 クライドとヴォルグは目の前のミノタウロスとの戦いで精一杯でもう一体のミノタウロスの方に行く余裕がなかった。


「こいつらの狙いはこれか」


 リディアはこの状況を見てある考えに至った。

 どういうわけかこのミノタウロスたちは、金翼の旅団の分断を狙っていたようだ。近接戦闘に長けたクライドたちが前へ出すぎているせいで現在、クライドとリディアたちとの距離はかなり開いていた。


 もしここで後方から奇襲されてしまうと、クライドたちがリディアの元へ戻るまで時間がかかってしまう。それだけの時間があれば近接戦闘が苦手そうなリディアとリリィなら仕留めることができると考えたのだろう。

 魔物にしては頭が回りすぎていると思うリディアであったが、まだまだ詰めが甘い。


「リディアさん、下がってください。《ホーリー・シールド》」


 ミノタウロスの攻撃はリリィの防御魔法によって簡単にはじかれてしまった。

 確かに彼女たちは近接戦闘がそれほど得意というわけでもないが、それを補うほどのものが彼女たちにはあった。


「ありがとう、リリィ」


「気にしないでください」


「リディア! そっちは大丈夫そうか?」


「ええ。大丈夫よ」


 リディアたちの安否を確認したクライドは改めて目の前のミノタウロスに攻撃する。

 その後も分断されながらもクライドとヴォルグ、リディアとリリィはそれぞれミノタウロスとの戦闘を繰り出していた。


 明らかにこれまで戦ってきたミノタウロスとは格が違い、苦戦するも勝てない相手ではなかった。2対1という状況もその理由の1つだが、それ以外にもこれまでの数々の戦闘経験のおかげで魔物との戦いに慣れていたためでもある。


 戦況もいよいよ佳境を迎える。ミノタウロスの攻撃に防ぎながら反撃してきたおかげで2体のミノタウロスは肩で息をしており、体力的にかなり疲弊している様子である。


 そろそろ終わらせるか、と考えたクライドたちはトドメをさそうと最後の攻撃に入ろうとする。


「これで終わりだ《金剛剣》!」


「《ライトニング》!」


 二人の攻撃がそれぞれのミノタウロスに直撃しそうになるとき森の茂みから小さな影が飛び出す。


「なに!?」


「そ、そんな……」


 そして二人のトドメの一撃はその影によって防がれる。


「ミノタウロスの次はゴブリンかよ」


 小さな影の正体はゴブリンだった。

 そしてこのゴブリンの登場により、のちにクライドたちを苦しめる展開となる。

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