第42話 冒険者は魔境の森に挑む

 ノーザンレードを出発し、馬車に揺られること丸一日。

 金翼の旅団の一行は、ようやく魔境の森へと辿り着いた。


 旅の疲れを癒しつつ周囲の警戒を行う四人。しばらくすると、リディアは訝しげな表情をしながら入口付近を凝視していた。


「おい、リディア。そんな顔してなにかあったのか?」


「ええ。ちょっと気になったことがあってね。……この森に大規模な結界が張られているみたいなのよ」


「え……結界ですか?」


 リリィは小首をかしげながらリディアが放った言葉を繰り返した。


隠蔽いんぺいされていて私もついさっき気づいたんだけど、間違いないわ」


「その結界は、俺たちの侵入を阻むたぐいの結界なのか?」


 じっと結界が張られている魔境の森を見ながらヴォルグはそう訊いてくた。

 その問いにリディアは首を左右に振りながら答える。


「いいえ。この結界の術式、私も文献でしか読んだことのない珍しい結界だけど、どうやらこの森に侵入した際に術者にそれを知らせる警報のようなものなのよ。それもこの森全体を覆うほどの巨大な結界魔法なんて見たことないわ」


「……それは例の竜人族にできることなのか?」


「残念だけどそれは分からないわ。そもそも竜人族についての情報なんて信憑性の欠けるウワサ程度のものが多いから正確な情報なんて私も知らないわ」


「リディアさんの言う通りですね。大昔の大戦以降から表舞台から姿を消した種族ですし、私自身、竜人族のことなんてほとんど知りません」


 リディアの言葉に付け加えるかのようにリリィは肩をすくめながら言う。

 このような大規模な結界を張ることができる者がこの森に潜んでいる。それは例の竜人族なのか、それとも別の者なのか、どちらにしても彼らにとって強敵になるような者がいることが判明し、3人の顔からは不安そうな表情が漏れ出ていた。


「なるほどね……。それじゃあさっそく行こうか」


 誰もが不安になる中、クライドこの状況でもけろっとした態度をとり、魔境の森へと足を運ぼうとしていた。


「おいクライド、少し待て。今の話聞いていたのか?」


「ああ、聞いていたよ。でもリディアが言ったように警報のようなものであってオレらに危害を加える類の者じゃねえんだろ。それならさっさと行こうぜ!」


 事の重大さに気付いた様子のないクライドに、たまらずリディアが声を上げる。


「本当に分かっているの! この先には竜人族の他にヤバい奴らがいるかもしれないってことなのよ!」


「そんなの大丈夫だろ。これまで化物みたいな奴と戦ってきたオレらだぞ。みんなで力を合わせればなんとかなるって」


 親指を立てながら屈託のない笑顔を見せながらそう言うクライドに、3人は「またいつものか」とため息をつく。


 クライドはどんな強敵だろうと力を合わせれば勝てるなどと言いながらこれまで幾度となく3人を振り回してきた前科がある。それに対して3人は今回のように半ば強引に引っ張られていた。


 しかし、不思議とクライドがそう言ったときには必ずと言っていいほど勝ち進んできた。そのため内心、そういうクライドにうんざりしている反面、頼もしくも感じていた。

 だからこそクライドとともに冒険していける。それは今回とて例外ではなかった。


「しかたないわね。クライドがそういう時は絶対に動かないものね」


「そうだな。お前は昔からそうだったな」


「こういう時のクライドさんには本当に困ったものです」


 三者三様、非難にも似た言葉の数々がクライドを襲い、思わずたじろいでしまう。


「なんなんだよお前ら! 文句があるならはっきり言えよな!」


 苦し紛れに反論を試みるが、三人は全く相手にせず、クライドの横を通り過ぎながら魔境の森へと踏み入った。


「お前ら待てよ! 俺より先に行くんじゃねえよ!」


 慌ててクライドは三人の後を追うように魔境の森へと駆け入る。


 金翼の旅団の一行が魔境の森に侵入すると、頭の中に無機質な女性の声が流れ込んできた。


『許可なく我がナワバリに踏み入る者よ。今すぐ引き返すのであれば、手出しはしないが、これより先に進む場合は命がないと思え。』


 脅迫にも似たその言葉に金翼の旅団の面々は一様に固まる。


「驚いたな、今のはいったいなんだったんだ」


「おそらく、念話の一種ね。結界の他にもこんな術式も組み込んでいたなんて驚いたわ」


「正直言っても今回ばかりは俺も不安だが、お前はそれでも行くんだろ」


 クライドに視線を移しながらヴォルグは期待のような眼差しでそう言ってきた。それにクライドは、頷きながら同意を示す。


「もちろんだ! こんなもんでオレは怖気づいたりするもんか! オレにとっちゃこんな森、楽勝だぜ!」


 そう息巻くクライドであったが、この発言の愚かさに気付かされるのはもう少し先のことであった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 金翼の旅団が魔境の森に侵入してから約1時間。

 彼らは今…………、


「ブヒイイイイイイイイイッー!!」


 巨大な猪型の魔物――フレンジ・ボアとの戦闘を繰り出していた。


「なんだよこいつ。俺の知っているフレンジ・ボアじゃねえ! クッソかてえし、オレの剣が全然通じねえ……」


 魔物に苦戦しながらぼやくように呟く。

 今、彼らの目の前にいる魔物は大きさが異なるがよく知っている魔物だった。このフレンジ・ボアは単体であれば初級ランクでも倒せるはずの魔物なのにこの魔境の森の環境が原因なのか巨大化しており、強さも桁外れである。


「今度は俺がやる。ハアアアアアアッ!」


 そう宣言したヴォルグは、猪型の魔物の元へと走り、一気に跳躍する。そのまま巨大な斧を魔物へと力の限り振り下ろした。

 ギイイイイン。


「ブヒイイイイイ!?」


 金属同士がぶつかり合ったような音が鳴り響き、魔物はその衝撃でよろけ出す。


「よし! やるじゃねえか!」


「……っ!?」


 そのまま斧で真っ二つにしようとしていたヴォルグは、まったく体にまで斧が通らなかったことに驚きを隠せずにいた。


「俺だって負けてらんねえぜ! 喰らえ! 《金剛剣》ッ!」


 自慢の愛剣を握りしめ、魔物の元で力を込めた袈裟切りを放つ。


「ブヒィッ!?」


 放たれた斬撃で魔物は吹っ飛ばされ、樹の幹に衝突した。クライドの斬撃により、硬い身体が傷付けられ、血飛沫ちしぶきが舞う。


「後は私に任せて! 《ライトニング》」


 詠唱後、リディアの杖から白い雷がほとばしる。その雷撃は雷鳴をとどろかせながら魔物に直撃する。


「ブヒイイッ!?」


 雷系統の魔法を喰らった魔物は黒焦げの姿となり、倒されてしまった。

 絶命したことを確認した金翼の旅団は安心したのか、その場にへたり込んだ。


「ようやく倒せたな……。これで何体目だよ」


「俺は三十を超えたあたりから数えるのをやめたぞ」


「私もよ……」


 もはや話すのも億劫になってしまいそうになる一同。そんな状況でリリィはなんとか気丈に振る舞いながらみんなに声をかける。


「はあはあ……大丈夫……ですか……みなさん。さっきの戦闘でケガをした人はすぐ言ってください。治癒魔法をかけますので……」


「リリィ、少しは魔力を温存させなさいよ。この森に入ってから魔物との戦闘の連続。みんなに防御や回復系統の魔法をかけ続けて疲れているでしょう」


「でも私は、攻撃には参加していないのでこれくらいはさせてください」


「そんな気遣い無用よ。こいつらなんてちょっとやそっとのケガをしたって全然平気なんだから」


「オイ!? それは少しひどくねえか!」


「ひどい言われようだな……」


 いつものリディアの辛辣な発言にイラっとしながらもクライドは重い腰を上げ、猪型の魔物へと歩いていく。

 討伐した魔物の素材を集めようと手持ちのナイフを手にし、解体を始める。


「……オッ!? 見ろよ! けっこうでかい魔石見つけたぞ」


 解体を続けていると、魔物の内部から片手では収まりきらないほど大きな魔石をみんなに見えるように取り出した。


「なかなか上質な魔石ね。換金すれば通常の倍以上の値段になりそうね。さすがは魔境の森に生息する魔物といったところかしら」


 リディアは感心しながら魔石を観察していた。


「これと……あと今まで取った素材を売れば、結構な額になるだろうな」


「確かにそうだが、少し休まないか? 俺は正直無理そうだ」


 今までの魔物から採取した素材の各種を眺めながらそう呟くクライドに対してヴォルグはみんなに提案するかのように言ってきた。


「賛成ね。リリィも限界そうだし、休憩にしましょう」


「うぅ、すいません」


「……それもそうだな」


 周囲の警戒を怠らず、金翼の旅団の一行はそれぞれ休憩を取り始める。

 リリィの用意した回復薬を飲み干し、体の内部から少しでも疲労しきった体をいたわる。休憩を始めてからしばらくの間、静寂が続いた。


 それもそのはず、彼らはこの森に侵入してからというもの魔物との戦闘の連続で休憩をとる時間すら与えられていなかった。

 当然、連戦による体力や魔力の消耗で彼らの体は悲鳴を上げていた。


 しかし、さすがはいくつもの死線を潜り抜けてきただけあって、これまでの戦闘で付いた傷はほとんどない。

 苦戦はするものの連携して戦ってきたおかげで無傷での勝利を多く勝ち取っていた。


「よし……そろそろ行くか」


 時間にして10分ほどの時が流れたところでクライドは重い腰を上げる。

 クライドのその言葉を皮切りに他の3人も立ち上がり、魔境の森の奥へと歩いて行った。


 それからも魔物との戦闘が続くが、特に苦戦することもなく善戦するが、目当ての竜人族には未だ会えずにいた。


「しかし、ここにいる魔物、少し強いくらいだけでオレたちでも余裕で倒せる奴ばかりだよな。本当にここ魔境の森かよ……正直言って拍子抜けだぜ」


 クライドを苦しめるほどの強敵にまったく出会えていないことにため息を漏らしていた。


「油断しないの。これまでこの森に入って生きて戻ってきた人がいないと言われているのよ。絶対に何かあるのよ」


「本当にそうか? このまま竜人族に出会わないでいるとこの森、制覇しそうな勢いだぜ」


「まあ、確かにそうなのよね……」


 彼らにとってあまりにも苦戦していないせいか、リディアもクライドに同意せざるを得なかった。


「……っ!? みなさんまた前方から何か来ます」


 少し心に余裕を持っていると、周囲の探索をしていたリリィは3人に聞こえるように声を上げた。

 その言葉を聞くと、瞬時に戦闘態勢を取り、魔物との戦闘に備える。


 ガザガザ。

 草木をかき分ける音が前方から複数聞こえる。一同は手に持った武器を握りしめ、ごくりと生唾を飲み込む。

 前方から聞こえる音は、走りながら向かっているせいか、次第にその間隔が早くなる。


「《ライトニング》」


 こちらとの距離が近づくのを感じたリディアは奇襲とばかりに敵に向かって魔法を放つ。

 しかし魔法が外れたのか、放たれた方向からは何も聞こえなかった。その代わりに、彼らの斜め左右から2つの影が飛び出し、襲い掛かる。


「くっ!」


「フンッ!」


 クライドとヴォルグ、前衛の2人がその襲い掛かる影からの攻撃に立ち向かおうと、双方の武器を振るう。

 刃物同士がぶつかる音とともにその影はいったん彼らと距離を取る。


「おい、なんだよあれ……」


 攻撃をやめてくれたおかげで状況を把握することに専念した一同であったが、影の正体を知って皆驚愕を露わにする。


 なぜならその正体は、


「な、なんでこんなところにミノタウロスがいるんだよーっ!」


 本来であれば、ここにいるはずのないミノタウロスという魔物であったからだった。


「「ブモオオオオオオオオオオオオオッ!!」」


 二体のミノタウロスから発せられたその雄叫びは、森中へと響き渡る。

 こいつは強いと、瞬時に感じ取ったクライドは、構えていた剣をもう一度強く握りしめた。

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