第41話 冒険者は夢を見る

 ここは、魔境の森と呼ばれる場所から一番近くにある大きな街――ノーザンレード。 

 一番近くにあるといっても魔境の森からノーザンレードまで北方向へ歩いて三日ほどかかる距離。馬車などの乗り物を使えば一日ほどで着く場所に位置している。


 交易が盛んで人の往来が激しい町。この街にある冒険者ギルドには、酒場のように飲み食いのできる場所があり、そこでは仕事終わりの冒険者たちでにぎわっている。


 その中で一つのテーブルを囲み、達成した依頼で手に入れた報酬のお金で料理や酒を注文している男女のパーティがいた。


「今回の依頼はマジで大変だったよな」


「ええ、そうね。湿地帯に出現したオークキングの討伐なんて依頼、この町だと私たちぐらいにしかできない依頼ね」


「特に今回の功労者は、クライド君でしたね。やっぱりあの剣捌きには何度も圧倒されちゃいますよ」


「ふん。今回はトドメを譲ってやったが次は俺がもらうぞ」


「残念だったな。魔物にトドメをさす役目はこのオレだって決まっているんだよ」


「誰が決めたそんなこと!?」


「うるさいわよ。これから飲むっていうのに始めっから飛ばしすぎなのよ」


 そんな談笑をしている内に注文していた料理の数々がテーブルの上に並べられていった。そして先ほどクライドと呼ばれていた男が酒の入ったグラスを手に、ほかのパーティメンバーに向けて高らかに挨拶する。


「酒は持ったかみんな? それじゃあ、オークキングの討伐依頼の成功を祝してカンパーイッ!」


「「「カンパーイッ!」」」


 この言葉をきっかけにパーティの面々は酒を飲み、美味しそうな料理に手を伸ばし、宴会を楽しんでいた。


「ああっ!? 待ちなさいクライド! それは私が注文した料理なんだか勝手に食べないで!」


「いいじゃねえか。こんなにあるんだから1つくらいいいだろ!」


「そういう問題じゃないでしょう! だったら私だってこれ食べちゃうんだから」


「オイこら待て! そいつはオレが楽しみにしていたホーンラビットの丸焼きじゃねえか! 数量限定の料理なんだぞ」


 クライドが一番楽しみにしていたであろうということを確認したその女性は、見せつけるようにがぶりと丸焼きにかぶりつく。


「てめえ……よくもやっってくれたな……うぅ」


 悲しみに暮れるような目でホーン・ラビットの丸焼きを見つめている男はこのパーティ――『金翼きんよく旅団りょだん』のリーダー、クライド。


 金色の髪に女性に受けそうな整った顔立ちの優男。剣士である彼は、一言でいえば、お調子者でパーティ内のムードメーカー的な存在。一度戦闘となると、人が変わり、大群をなす魔物を前にしても持ち前の剣技で鮮やかに敵を切り刻むほどの実力を持つ。

 動きやすい防具を身に纏い、自慢の剣には数々の付与魔法や豪華な装飾が施されている一級品の業物である。


「うるさわいね。自業自得じゃない」


 小さいことで泣いているクライドを見て、呆れたような表情を見せているこの女性の名はリディア。肩まで伸ばした赤い髪。つり目がちな瞳に眼鏡をかけており、真面目そうな雰囲気を醸し出している。大きなとんがり帽子、体が隠れるほどのローブを着ており、傍らには大きな宝玉が埋め込まれた杖が立てかけている。


 魔法使いであり、パーティ内では後方で遠距離の魔法攻撃を繰り出し、仲間の手助けを行っている。また暴走しがちなクライドを諫めるのも彼女の仕事の1つであり、いわゆるパーティにおいてのまとめ役のような存在。

 また数年前に王立の魔法学園を首席で卒業しているため扱える魔法の数はその辺にいるような魔法使いとは比べ物にならないほどの実力を持っている。


「それくらいのことで……まったく情けない男だな、クライドは……」


「はあ!? 何だとテメエ! ケンカ売ってんのか!」


「フン。今のお前だったら俺でも勝てそうだ」


 クライドを小馬鹿にしたような態度を示している大柄な男の名はヴォルグ。強面な顔に角刈りの髪。パーティ内でも飛び抜けて身長が高く、首から下まで硬い鎧を着こんでおり、その下には屈強な筋肉に覆われている。


 戦斧士である彼の横には、自分の身の丈ほどある巨大な戦斧。両方に鋭い刃に大の大人でも持つのに一苦労するほどの重さがある。それをヴォルグは、平気そうな顔でいつも携えている。

 パーティ内では、クライドとともに前衛に出ており、自分より倍以上の大きさのある相手にも果敢に挑み、巨大な戦斧で相手を一刀両断している。


 彼とクライドは、昔からの幼なじみでライバルのような存在であり、いつも何かと競い合っている。しかし仲が悪いというわけでなく、互いに実力を認めており、ライバルであり、よき友でもある。


「クライドさんにヴォルグさん。皆さんの迷惑になりますからこんなところでのケンカはやめましょう」


「なあに!? お前は引っ込んでいろ!」


「そうだな。これは俺たちの問題だ。部外者は黙っててくれ」


「……ふ、ふええ」


「ちょっと、なに女の子を泣かせているのよ!」


 二人に暴言を吐かれ、泣きべそをかきそうになっている女の子はリリィベル。パーティ内ではリリィという愛称で呼ばれており、マスコットのような扱いをされている。

 金色でストレートの長い髪。童顔で小動物を思わせるような可愛らしい顔。プリーストである彼女は白い神官の服を身に纏っており、膝の上には錫杖が置かれている。

 

 戦闘において攻撃する手段をほとんど持ち合わせていない彼女だが、味方を強化する魔法や高い治癒魔法も扱え、後衛において支援や回復する役割を持っている。彼女のおかげで何度も死線をくぐり抜けており、彼女無しでは達成しなかった依頼も多く存在する。


 四人というパーティとしては少ない数だが、全員がAランク冒険者という高い実力を誇っており、前衛二人に後衛二人と、バランスのよい編成。

 また数々の依頼を達成しており、高難易度の依頼でもたったの四人でこなしているため自他共に上級者パーティとして認められている。


 そんな上級者パーティである金翼の旅団が酒の席で言い合いをしていると、近くの席で飲んでいた中年の冒険者の会話が飛んできた。


「なあ、知っているか? 二年前にこの街を根城にしていた『蛇牢団』っていうパーティのこと」


 短髪の男の質問に、禿げ頭の男は笑いながら答える。


「知らないわけねえだろ! 蛇牢団って言えば、数々の高難易度の依頼を達成していたってことで有名で、この街じゃ知らない人はいねえってほどのAランクの冒険者で結成されていたパーティじゃねえか。……そういえば二年前に突然消えて行方不明になったってことでちょっとした騒ぎになったよな」


 今まさに男たちの話題になっていた『蛇牢団』というパーティ。

 二年前にリースとレインたちが住んでいた集落を襲い、異種族狩りを行っていた連中。しかしそれは、フィリアと紫音の手によって失敗に終わり、蛇牢団はローゼリッテを除いて一人残らずフィリアによって虐殺され、今はもうこの世にいない。


「そいつらなんだけど、実はあいつら裏では異種族狩りをやっていたらしいぜ」


「マジかよ。あいつらあんなことやっていたのかよ。怖いもの知らずだよな」


 この世界において亜人は基本的に人間と等しい存在。そのため異種族狩りのように亜人をさらい、奴隷商人などに売り飛ばすことなど本当なら許されない行為。亜人でもこのような行為は誘拐や人身売買と同じ扱いであり、重い罪に問われる。


 ギルドでは規則として罪を犯した場合は、冒険者としての資格を失い、二度とギルドの敷居をまたぐことができない。また多額の違約金を支払わなければならないため冒険者たちは犯罪行為などという馬鹿なことは絶対に起こさないように注意している。


 しかし、世間での亜人種の地位は人間よりも低い。いくら基本的に等しい存在だと言われても一般的には亜人という生き物は人間とは下位に見られがちである。そのせいで、本来犯罪であるはずの異種族狩りや人身売買という行為は度々黙認されがちでもある。


 またこの手のことはバレなければ問題ないという認識がある。役人に金を与え、握りつぶすこともでき、要はおおやけにバレなければなにをしたって構いはしないのだが、常識的に言えば、許されない行為のため、そういうことは隠れながらやっている連中が多くいる。


「それで、こいつは情報屋から掴んだものなんだが、最後にあいつらが向かった場所っていうのが、魔境の森と呼ばれている場所の近くらしいぜ」


「あの化物級の魔物がうじゃうじゃいるあの森かよ」


「ああ、だからな。蛇牢団ももしかしたら魔境の森の奴らに喰われたんじゃねえかと俺は思うんだよ」


 魔境の森の噂は冒険者たちの間では有名であり、そこに踏み入ったものは誰も帰ってこないと言われている。そのためこの男は、そのような考えに至った。


「でもあいつらスゲエ強いんだろ? そんな奴らが簡単に喰われるかよ」


「でもここだけの話。あの森には、ドラゴンがいるらしいぜ」


 その言葉に禿げ頭の男は目を見開き、驚きを隠せないでいた。


「マジかよ!? もしかしてそれって竜人族のことか? あの大昔の大戦で大暴れしたっていう亜人種かよ!」


「そうそう。そいつのことだよ」


「でもなんでドラゴンがいるって分かんだよ? 誰も帰ってきたものはいないんだろ?」


 男のもっとも質問に自信満々な表情で答える。


「これも情報屋からのものなんだが、ある旅の商人が魔境の森の上空にドラゴンが飛んでいてそのまま森の中に消えていったっていうから間違いないと思うぜ」


「じゃあもしかして蛇牢団はそのドラゴンにやられたのか?」


「絶対にそうだろ! いくらあいつらでもさすがにドラゴン相手じゃ敵いやしねえよ」


 そのような会話が、金翼の旅団の耳に入り、先ほどまで言い合いをしていたのが今ではその話に聞き入っていた。

 そして男たちの会話を盗み聞いていたクライドは、呟くように言った。


「まさか蛇牢団がそんなことしていたなんてな……」


「ああ、そうだな。お前は特に心酔していたからな」


 二年前まで蛇牢団は、冒険者たちの間では、今のクライドたちと同じようにAランクパーティとして知られていた。


 当時、まだまだ冒険者としては未熟であり、Eランクだったクライドとしては、蛇牢団というパーティは彼の中で憧れや目標の対象としてみていたため今の話を聞いてショックが大きかった。


「でもあいつらって少しおかしかったわよね」


「……? どういう意味ですか?」


 リディアの発言に、リリィは小首をかしげながら訊いてくる。


「クライドの前だからあまり言いたくなかったんだけどあいつらって、いつも羽振りがよかったでしょう。いつもみんなに奢っていたり、高そうな武器や防具なんか身に着けていたでしょう。依頼だけじゃあ絶対に足りないわよ」


「……確かにそうだったな」


 ヴォルグが昔を思い出しながら頷くと、リディアはもう一つ付け加えるように言った。


「それにあいつらが消える少し前、女の子を連れ歩いていたわよね。首輪もついていたし、絶対にあれ奴隷を買っていたんだわ」


「たしかにありましたね。その女の子が可哀そうだったんでよく覚えています」


「でしょう! 私、あの頃から悪いことに手を染めているんじゃないかと思っていたのよ!」


「リディア、その辺にしておけ。クライドに悪いだろ」


「え? ああ、ごめん」


 ヴォルグの言葉にハッと気づくリディア。無神経にもクライドの憧れの人たちのことの悪口を口走ってしまい、いたたまれなくなってしまった。


「いいって、べつに。確かに昔は憧れていたけど今のオレたちは蛇牢団よりも強いパーティになったんだ。もうあいつらのことなんて気にしてねえよ」


 無理やり作った笑顔を見せ、先ほどの悪口も気にしていない様子だった。


「しかし、蛇牢団よりも強いって言ってもそれを証明するものがないだろ」


 空気を変えるために話題を変えるヴォルグ。

 ヴォルグの放った一言にクライドはムッと顔をしかめながら反論する。


「いいや! そんなことねえだろ! オレらも蛇牢団と同じAランクだけどぜってぇーあいつらより多くの依頼をこなしているし、強力な魔物も何度も討伐してきただろ。それにこっちは人数が少ねえんだから絶対にオレらの方が上だろ!」


「フン。同じランクなのだから俺たちよりも上という証明にはならないだろ」


「なにおう!」


 ヴォルグの言うことは正しい。

 ギルド内において、冒険者にはランク付けが行われている。これは冒険者としての強さも表しており、下から順にF、E、D、C、B、A、Sランクとなっている。冒険者として登録したときにはFランクに設定されており、それから依頼の達成率や昇級試験を経て上のランクへと昇級できる。


 上のランクへ行けば行くほど受注できる依頼が増え、その難易度と報酬も当然上がっていく。その中でもBランクにまで上がれば冒険者として一人前と言われており、それから上にランクアップできる人が少ないためAランク以上の冒険者は羨望の目でしばしば見られることが多い


 ちなみに紫音とフィリアは現在Cランクという位置づけになっている。冒険者になりたての頃から魔物の討伐の依頼を中心に受け、最速でランクアップしたということでちょっとした有名人になっている。


 話を戻すが、両パーティともAランクであり、その内片方はもうすでにこの世にいないためどのパーティが強いかなどという比較ができない。もし比較するとなれば、高難易度の依頼を受注した数にその達成率を見ることができれば可能となるだろう。


 しかし今回の場合においてはどちらも似たような実績があるためその証明までにはいかない。そう思ったクライドはある提案をみんなに向かって言った。


「よし! だったらこういうのはどうだ? 魔境の森に入り、ドラゴンの首を持ってくる!」


「はあ……」


「あんた……バカでしょ」


「さすがにそれは……」


 クライドの提案に他の3人は呆れた様子を見せていた。どうやらこの提案に乗り気ではないようだ。


「どうしたんだよお前ら。これならオレたちの方が強いっていう証明になるし、なにより今よりもっと有名になれるだろう」


「別に有名にならなくてもいいでしょう。それにドラゴンなんてさすがに私たちの手に負えるものじゃないわ」


 そうリディアが説得するも意固地になったクライドは無理やりみんなを納得させようとする。


「オレたちなら大丈夫だろ。オークキングの他にも様々な強敵とも渡り合ったオレたちなら絶対にできる!」


「……で、本音はなんなんだ?」


 ヴォルグの質問に間髪入れずに答える。


「そろそろ2つ名とか、カッコいい呼び名が欲しい! 『竜殺し』や『ドラゴンスレイヤー』のクライドとかカッコいいだろう!」


「それが目的だろう……」


 クライドの本当の目的を聞き、皆一様に呆れた表情でため息をついた。


「別にいいだろ! もう決定っ! 装備や消耗品が整い次第、出発するぞ! ……ほら! カンパーイッ!」


「「「…………カンパーイ」」」


 クライドに強制されるようにグラスをみんなで打ち付ける。甲高い音が鳴り響き、先ほどまで祝賀会だったのが、今では魔境の森にいるドラゴンの討伐の決起会へと変わっていった。


 しかし、無理やり決定した内容だというのに、クライドをはじめ、他の3人に不安な顔は見えなかった。これまで培ってきた経験が物語り、誰もが自分たちならできるという自信に満ちた表情をしていた。

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