第3章 招かざる侵入者編

第40話 2年後

「あれから、もう二年か……」

 二年前にこの世界に降り立った男――天羽紫音は、『魔境の森』と呼ばれており、今は亜人国家である『アルカディア』を一望できる場所でそんなことを呟いていた。


 フィリアによる建国宣言より二年の月日が流れ、この国もずいぶんと様変わりした。

 この二年で住民の数は全体で数百人にも及び、それに伴い、居住スペースの確保のため必要な分の木々を伐採し、建造物が増加していった。


 この二年で人口が増加したのには大きく分けて二つの理由がある。


 一つ目は、各地で勃発している人間と亜人との争いにより、住処を失ったものや、とある理由で故郷から追い出された者などと、いわゆる訳ありの者たちを引き入れたためである。

 そして二つ目は、奴隷商人から買い取った元奴隷の者たちである。


 これらのおかげで人口は二年前と比較して何倍にも増えていったが、それに伴って、当然生活していくためのお金や奴隷を買い取るためのお金も必要となる。

 この資金は一体どうやってまかなっているのか、これも二つの方法によって資金を増やしていた。


 実はこの二年の中で紫音と見た目は人間そのものに見えるフィリアはここから一番近い街で冒険者ギルドに登録し、冒険者となっていた。

 冒険者が受ける依頼には、魔物の討伐依頼や魔物が潜むダンジョンの探索などが多くあった。紫音にとっては楽に儲けることができるため、ある意味天職でもあった。


 もちろん、こうして冒険者として街に出たことには資金を稼ぐための他に理由がある。それは情報収集と密かに奴隷商人とのコネを持つためであった。


 この世界には、紫音やフィリアたちでも知らないことが多くある。そのためにもこうして街に出ては今の世界情勢や、亜人たちに関する情報を集める必要がある。「知らなかった」ではまた後悔することになる。

 紫音は二年前の事件のようなことをもう二度と起こさせないために情報関連には特に力を入れている。


 冒険者として依頼を受けてきた紫音とフィリアだが、それだけではすべての住民の生活を賄うことや奴隷を買い取るには到底無理な話だ。精々、どちらか一つなら可能である程度の資金は稼いでいる。


 両方を可能とするために紫音は、あることを思いついた。それは、フィリアがこれまで冒険者や異種族狩りの連中から奪ってきた装備品や魔道具の数々だった。その中には、一つ売れば、奴隷を何十人と買えるほどの高価な代物が眠っており、それが数えきれないほどあるため元の持ち主には申し訳ないが、売却することで資金を増やしていた。


 フィリアは最初、これまで収集してきたコレクションを売却するのがイヤだったのか、駄々をこねる始末。

 しかし、これも国の発展のための資金集めだと説明すると、しぶしぶ納得してくれ、泣きながらコレクションの数々の手放してくれた。


 結果として、そのおかげでアルカディアは国としてここまで発展していった。

 しかし発展していったと言っても今はまだ力を蓄えるとき。その証拠に人間たちの間ではアルカディアという国が建国したことすら知らない。

 紫音としてはこれからも国として勢力を拡大していき、世に出すときはもっと大々的にその名を知らしめようと考えていたためまだその存在を世間には隠していた。


 発展に伴って勢力を拡大していくこの二年で、多くの亜人種がアルカディアに属することとなった。初期の頃は獣人族が大半だったが、今では多種族の亜人が住んでいる。有名なドワーフ族やハーピー族から虫の身体をその身に宿している虫人族と呼ばれる亜人種までアルカディアの勢力の一部となった。

 新たな種族を手に入れたことによって様々な利点が生まれる。生産力の飛躍的な進歩を促し、防衛に対しても大幅な戦力向上へとつながる。


 人口の増加により、確かに国としては潤っていたが、そのせいで浮上する問題があった。その問題とは、種族間におけるいざこざや価値観の違いであった。

 亜人種の中でも種族間において仲が悪い者同士はやはりいる者であり、そのせいで暴力沙汰に発展するときもあった。

 その問題を少しでも解決するためにも紫音のテイマーとしての能力はとても役に立っていた。


 しかし、その説明をする前に二年を経て成長した紫音について語らなければならない。


 紫音はこの二年間、ディアナとジンガの指導の下、修行を積んでいき、目覚ましい成長を遂げていた。

 魔法に関しては、ディアナの教えによって扱える魔法の数は大幅に増え、工夫を施すことによって紫音だけの魔法戦法を編み出してきた。また、最初の頃は平均より下回っていた魔力容量も修行の成果により、ようやく人並みの魔力容量にまで届くことに成功した。


 その方法としては魔法を発動させ、魔力が空になるまでそれを続ける。ひたすらこれを繰り返すことによって、酷使された自分の体の限界を突破させるようにする。紫音自身、いまいち原理を理解していないのだが、そうすることでどうやら魔力容量が少しずつではあるが、増えていくとの話であり、その証拠に紫音の魔力容量も増加していた。


 この方法なら他の人でもやろうと思えばできそうではあるのだが、この方法にはある問題がある。それは、下手をすれば、魔力欠乏症という自信の魔力が枯渇し、生命活動が停止してしまうという病気に発症する恐れがあり、最悪の場合は死に至るというこうとだ。そういう危険もあるせいか、わざわざ命を懸けてまでする必要がないとのことで誰もやらないらしい。

 その点はディアナのサポートによりなんとか死なずに成し遂げることができた。


 次にジンガによる武器と肉弾戦の修行を経て紫音も随分と成長した。元々、基礎能力は高い方だったためひたすら模擬戦を行う日々だった。ジンガが人に教えることが下手であり、体に教え込ませる方が性に合っているとのことで毎日のように実戦経験を積んできた。


 そうして紫音は、多くの戦闘経験を積むことができ、ジンガとの実戦経験を繰り返すことでこれまで紫音が経験してこなかった「戦い方」について学ぶことができた。


 そして紫音は、二人による修行の合間に自分のことについても調査を続けていた。それは自分の能力やテイマーについてのことだった。

 その中でもまず紫音のテイマーとしての資質は他の人とはだいぶ違うようだった。例えば、紫音と主従契約を結んだ者は例外なく、基礎能力が何倍も向上する。これは紫音の最初のパートナーであるライムの全体的に能力が上がっているとフィリアが見抜いたため明らかになったものである。


 これにより、紫音はアルカディアの国民全員と契約することに決めた。

 種族問わず、契約できる数の制限もないため簡単に国民全員の戦力の強化につながる。フィリアやディアナといった紫音の見知った人たちからは契約してもらえたが、他の者たちに告げたときは反感を買った。それもそのはず、主従関係になると言えば聞こえはいいが、奴隷のように扱われるのではないかと亜人側は危惧していた。

 そうならないためにも紫音は契約を行う際に従者となるものにある命令をくだす。


《1.アルカディアに属しているものは決して同じ国民に対して危害を加えるような暴力行為、および     精神的な被害を与えてはならない》


《2.問題が生じた際は、必ず国王または国の政治に直接関わっているものに相談すること》


《3.仕事を行う際、決して虚偽の報告をしないこと》


《4.以上の命令に従うのであれば今後、緊急時以外での命令を決して下さないことを誓う》


 ひとまずこれらの命令を事前に開示することにより、奴隷のような不当な命令が下される心配がないと知った国民はみな納得し、契約を結んでくれた。

 こうして種族間における問題による被害を最小限に抑えることに成功し、結果として戦力の強化にも成功した。


 また、契約することにより利点はこれだけではない。契約した者との五感共有や念話魔法も可能となる。念話魔法に関しては他の方法でも会得できるが契約者との五感共有に関してはテイマーでなければ会得できず、これらのおかげで様々な面で役立っている。


 例えば五感共有を行えば、周辺の警護の際、視覚を共有することで紫音は、使い魔の視界に入っている光景を一緒に見ることができる。その他にも念話魔法を行うことで離れた場所でも双方との会話をすること可能であり、その都度つど指示を出したり、情報の共有をしたりすることもできる。

 戦いにおいて情報は強力な武器になると考えている紫音にとってはこの能力は非常に役立っている。


 このように、紫音もこの二年で大きく成長し、可能性の幅も大きく広がっていた。

 しかし、この二年で紫音の身に起きたことは良いことばかりではなかった。


 紫音の持つ未知の能力。これについて二年の間、様々な検証を経て分かったことだが、この能力は決して万能ではない。

 今のところ、この能力は人間以外の亜人や魔物などに対しては通用し、相手の攻撃も無力化することができるが、それもある条件下においては発動されないことが分かった。


 例えば、亜人や魔物でも武器による攻撃をする場合や操作系の魔法・能力による攻撃には紫音の能力は発動しない。

 紫音の推測としては、この能力は亜人や魔物たちのにのみ発動されるものであって、そのため武器のたぐいを通しての攻撃方法では発動されることがない。

 これと同じように、例えば炎や水を操る魔法による攻撃も亜人や魔物の攻撃ではなく、としてみなされるため無力化することができない


 これこそ紫音の持つ能力の弱点と呼べるものであるが、それ以外においては、ほぼ紫音は無敵のような存在となる。打撃系統の攻撃は全く効かず、魔法攻撃や防御系の魔法、捕縛や結界といった補助系統の魔法に対しても無力化することができる。

 しかし不思議なことに、すべての魔法を無力化できるわけではない。強化系の魔法や治癒系の魔法など自分にとってメリットのある魔法に対しては何故か無力化されない。


 そして反対に、こちらからの攻撃の類は亜人や魔物に対しては脅威となるようだ。打撃攻撃や魔法攻撃においては人間に対しては弱い攻撃となるが、それ以外に対しては強力な一撃へと変わる。また防御系や捕縛系統の魔法の場合だと初級程度の魔法でも強力な盾や相手を封じ込めるほどの威力となる。


 これらが紫音の二年間の修行による成果となるが、やはり人間と戦う場合は苦戦を強いるだろう。修行したといってもようやく人並みの力を手に入れた程度のものであった。しかも場合によっては亜人や魔物に対しても苦戦を強いる状況に出くわす恐れがある。


 しかし、これらを解決するために紫音はある秘策を考え、この二年で会得することに成功した。これにより、一騎当千の力を手に入れ、人間とも渡り合える戦闘方法を編み出した。しかし、この秘策についてはまたの機会に……。


 こうして、紫音がこの二年間の軌跡について思いにふけっていると、ディアナからの念話が脳内に届く。


『結界に反応あり! シオン、北東の森に複数の侵入者じゃ。……殲滅するか?』


 これで何度目だろうか。どこからか、この森にはドラゴンが生息していると噂されているせいでこういった侵入者が毎日のようにやってくる。


(まあ、自分から流した情報なんだけどな……)


 などとため息交じりにうんざりしながらも紫音はディアナに念話で指示をする。


『まずは、周辺を警護している者に敵の数や武器などを調査し、すみやかに情報を共有しろ。作戦の方はいつも通りで、念のためフィリアにも招集をかけておいてくれ。そして共有が終わり次第、敵の殲滅に移行しろ。……今回は俺も参加する!』


 不敵な笑みを浮かべた紫音は、真剣な面持ちをしたまま侵入者たちがいる方角へと、歩き出した。

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