第39話 建国宣言

 襲撃の一件から紫音の周囲には目まぐるしい変化が訪れていた。


 まず獣人族たちとの話し合いにより、これまで集落に住んでいた獣人族たちは皆、これからフィリアが創る国に属することとなった。

 元々、約70名の規模の集落だったため、これまでは数える程度しかいなかったフィリアたちの勢力が獣人族の加入により、一気にその規模が増加していった。


 これはフィリアたちにとってはもちろんのこと、紫音にとっても朗報であった。

 まだ国と呼べるほどの数ではないが、これをいしずえとして亜人種を増やしていくことによっていずれはこの世界においての大国と呼べるほどの国にしていこうと紫音は考えた。


 一週間の中でこの一件が紫音たちにとって大きな変化だったが、その他にも紫音の周りには小さな変化も訪れていた。

 この一週間、紫音が療養に専念していた時に様々な人が紫音の元に顔を出していた。

 リースかレイン辺りから漏れ出したのか、紫音が襲撃者を撃退に一役買ったなどという話が集落に住んでいた獣人たちの耳に入り、連日、紫音の部屋にはお礼をしに来る獣人たちが押し寄せてきた。


 そしてリースとレインにも変化が訪れる。

 襲撃の事件を境にレインとリースの紫音に対する印象が変わったのか、妙に紫音に懐いていた。

 レインに至っては、フィリアを助けるために命を懸けて戦っている姿に憧れでも抱いたのか、紫音のことを『兄貴』と呼ぶようになった。リースもレインに感化されたのか、レインがそう呼ぶようになった辺りから紫音のことを『お兄ちゃん』と呼ぶようになる始末。


 一人っ子である紫音にとっては、弟や妹という存在に少し憧れていたせいもあり、二人に兄呼ばわりされるのは悪い気はしなかったので、そのまま紫音の呼び名は定着することとなった。


 その他にも夜な夜なローゼリッテが紫音の部屋に忍び込み、許可も取らずに吸血行為に勤しんでいることや時折、ジンガが紫音の部屋に度々様子を見に来ては、紫音の姿を見るや否や何も言わずに去ることが多々あった。


 ジンガの謎の行動に紫音は、『フィリアを助けてくれたお礼を言いたいが照れくさくて言えなかった』、もしくは、『フィリアを危険な目に遭わせた元凶である紫音に報復するためにその機会を窺っている』のではないかと推測する。などと推測していたが、今のところ実害はないので、傷が完治した際にでも訊いてみようと、心にとめておくことにした。


 そんな毎日が続いて二週間ほどで傷も治り、自由に動き回ることができるようになった。

 ディアナの治癒魔法や傷によく効く薬草のおかげでもあるが、その他にもフィリアからもらった竜人族の自己治癒能力や驚異的な生命力が紫音に受け継がれたことも完治に至った要因ではないかと紫音はそう考えていた。


 そして紫音が完治したころを見計らったかのように本日はフィリアによる建国宣言が行われる日となっていた。

 すでに魔境の森の中心地にある広場では、元集落に住んでいた獣人族たちは集まっており、皆フィリアの登場を待っていた。


「こうして改めてみると、結構いっぱいいるんだな。こんな大勢の前でこれから建国宣言するみたいだけど緊張とかしていないよな?」


 などと言いながら紫音は隣にいるフィリアを茶化してみた。しかしフィリアは紫音の発言に緊張するような顔を見せず、逆に鼻を鳴らしながら言った。


「あら、馬鹿にしないでもらえる。私はこれの何千、何億倍もの大観衆の前に出た経験があるのよ。緊張なんてするわけないでしょう。」


 さすがは竜人国ではお姫様をやっていただけあって物怖じしていない。

 しばし、今日集まってくれた獣人たちの集団を眺めていたフィリアはおもむろにため息をついていた。


「……それにしても、この私が創る国の国民の数が百人にも満たないなんて先行き不安ね」


「……お前それ、みんなの前では絶対に言うなよ」


 これから国民となる数に不満を申しているフィリアに忠告しながら紫音はある不安を抱いていた。

 それはフィリアの態度だ。紫音も最初に会ったときから感じていたことだが、尊大な口調に自分以外の者をひどく見下している節がある。

 王族として育っていたせいだろうが、このままでは他の者たちに反感を買う恐れがある。


 しかしこれをフィリアに意見しても耳を傾けてはくれないだろう。王族として甘やかされた生活に彼女の持つ強い自尊心が邪魔するからだ。


 こういうタイプは実際に痛い目に遭わなければ考えを改めないのでそれまでは好きにやらせ、追々おいおい、直していけばいいかと紫音はそう胸中で考えていた。

 紫音がそんなことを考えている間に建国宣言の時間が今まさに始まろうとしていた。


「さて、そろそろ時間ね。それじゃあ行ってくるわ」


 言いながらフィリアはみんなの前で建国宣言を行うため今日のために作られた簡易的な壇上に向かって歩き出す。


「それはいいけど、フィリア。お前、話す内容はちゃんと考えているのか? 下手なことを言ってみんなを怒らせたりなんかしないよな」


 これからフィリアが話す内容を事前に把握していなかった紫音はこれが原因で建国初日にみんなの反感を買わないかハラハラしていた。


「大丈夫よ。私だって馬鹿じゃないのよ。紫音は少し心配しすぎなのよ」


「……まあ、それだったらいいけど」


 紫音が安心した矢先、フィリアはあることを思い出し、紫音に向かって言った。


「…………あっ! そうだわ。紫音に少し訊きたいことがあるんだけど」


「このタイミングになんだよ? 緊張をほぐす方法なら知っているぞ」


「違うわよ! そんなことじゃないわよ」


「じゃあなんだよ?」


 こんな大事な場面で一体どうしたんだろうと少し心配になりながらもフィリアの口が開くのを待っていた。


「国の名前何にしようかしら? まだ決めていなかったのよね」


「…………はあ?」


 真剣な表情そんなことを紫音に訊いてきた。

 あまりの発言に紫音は思わず間の抜けた声を出してしまった。


「フィリア……お前まだ決めていなかったのかよ」


 頭を抱えながらため息を吐き、そう言った。


「ええ、そうよ」


「お前、亜人の国を創ることを決めてからの間、一体何していたんだよ。それくらいてっきり考えていたとばかり……」


「私、そういう決め事みたいなの直前にならないとやる気が起きないのよね。だから代わりに紫音が決めて」


 そのような重要なことを丸投げしてくるフィリアに紫音は呆れてものも言えなくなってしまった。

 フィリアの態度からして本当に何も考えていなかったのだろう。せっかくの建国の日だというのに名無しの国では格好がつかないのでしょうがなく考えることにする。


「分かったよ……。ただしこれからはもっと立場をわきまえて決めることは早急に決めろよ。じゃないと、誰もお前に付いてこなくなるからな」


「わ、分かっているわよ。今回で最後にするからお願い……ね」


 紫音の忠告が効いたのか、フィリアは反省した顔色をしながら頭を下げながらお願いしていた。

 そんなフィリアの様子を眺めながら国の名前について考え……考え………考え、思いついた。


「……それじゃあこういうのはどうだ」


 そう言いながら思いついた名前を伝えると、それを聞いたフィリアは笑みを浮かべていた。


「いいわね、それ採用。特に名前の響きと由来が気に入ったわ。ありがとうね」


 新しい国の名前に満足したフィリアは紫音にお礼を言いながらその足で壇上へと向かった。

 そしていよいよ建国宣言の時間となり、壇上へと立ったフィリアはここに集まってくれた国民の顔を眺めながら話し始める。


「これから私の国に属することとなる皆さんに聞いてほしいことがある」


 そう前置きをしながら話を続ける。


「私はこれまで竜人国で他国とは干渉せず、これまで祖国で生活していた。そんな鎖国的な毎日が嫌になって私は国を飛び出した」


 フィリアの生い立ちについての話を他の者たちは黙って聞いていた。


「国を飛び出した私は信じられないものを見てきた。亜人たちは人間たちに虐げられ、奴隷として扱われていた。大昔の大戦で人間側が勝利を収め、亜人種たちの立場が低くなっていることは私自身理解していた。しかしこれはどういうことだろうか。なぜ大昔の大戦に敗れた亜人たちがこのような非道な目に遭わなければいけないのだろうか。我々は、人間と同じように言語を用いり、幸福を願う生を持った存在だ」


 フィリアの言葉を聞き、下を向く者。目に涙を浮かべる者。同意をする者などと十人十色の反応を見せている。


「私は国を飛び出し、外の世界を見て初めて知った。この世界には我々亜人たちが安心して暮らせる場所はないのだろうか、そう考えるようになった。皆さんもそう思わないだろうか。あなたたちも今まで人里から離れ、平穏に暮らしていたというのに先日の異種族狩りに襲われてしまった。そのせいで深い傷を負ったものもいました。今のこの世界、我々に必要なものは安心して平穏に暮らせる場所なのです。決して人間たちに襲われず、怯えるような生活をせずにいられる場所を作る。そんな夢物語のような話ですが、私は本気でそのような国を創りたいと考えています」


 そこで観衆の中にざわつき出す者たちがいた。それはまるで感染のように蔓延していき、もはや演説どころではなさそうになってくる。


 フィリアが話した夢物語を聞くのが初めてだったのだろうか、一様に不安そうな顔を浮かべている。おそらく、族長側がこのことについて皆に伏せていたせいのようだが、騒ぎが起きてしまった今ではそんなこともうどうでもいいことだった。


 紫音はこの光景を見ながらフィリアがどうこの状況を収めるのか黙ってみていた。今後どうやってもいずれはバレるもの。ここに集まっている全員を納得させなければ亜人たちの国など決して創れやしない。酷だろうが、これはこれから国を治める王となる最初の仕事だと考えた紫音は手を出さずにじっとフィリアのことを見守っていた。


 ディアナも紫音と同じことを考えているのか、今にも騒ぎを鎮めようと動くジンガを無理やり押さえつけている。


「このようなことで狼狽うろたえるなお前たちっ!!!」


 突然、竜化したフィリアは壇上を踏みつぶし、獣人たちを見下ろしながら叱りつけるような声で怒鳴る。少々、乱暴だがこのおかげでざわついていた広場が一瞬で静まり返った。そして静かになった皆の様子を窺いながら竜化したまま改めて話を続けた。


「お前たちは私が言ったことを夢物語だと思うものも少なくないだろう。しかしそのような国がなければ、いずれすべての亜人種たちは人間の奴隷となってしまうだろう。そんな未来をお前たちは望むのか。……私は嫌だ。絶望のような未来にならないためにも私が考えるような国は必ず必要となる。お前たちはそう思わないのか?」


 フィリアの問いに観衆たちは何も答えを言えず、下を向き、立ち尽くしていた。

 彼らも夢物語だと思いつつも本心ではそのような国があって欲しいと願っていた。自分たちはまだしもこれから生きる未来ある子供たちにまでそのような目に遭ってほしくないというのが彼らの願いだった。


「下を向くな! 胸を張れ! 我々は本来、人間よりも能力的には勝る種族だ。今はまだお前たち獣人族たちが多いが、いずれは多種多様な種族の亜人たちが暮らす国となるだろう。種族の垣根を超え、私たちが手を取り合うことで人間たちも手を出せなくなる。そうすれば私たちの勝利だ! そうすれば幸せになれる生活、平穏に暮らせる毎日が待っている。不安に思う者もいるだろうがこの私に付いてきてくれ。一緒に夢物語を現実にしようではないか!」


 その激励にも似た言葉に下を向いていた者たちはフィリアに期待の眼差しを送り、目に光を灯しだしていた。

 やる気に満ちた者たちの顔を見ながらフィリアは満足そうに笑みを浮かべ、最後の言葉を述べようとする。


「私は誓おう! 必ずやこの国を人間たちが手を出せないような大国にして見せると。今ここに亜人国家――アルカディアの建国を宣言する!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」」」


 フィリアの放った建国宣言に皆は歓声を上げた。その歓声は広場中に聞こえ、森や大地を振るえ上げらせた。


 亜人国家――アルカディアの由来は紫音が元いた世界にある言葉だった。意味としては理想郷の代名詞として扱われている言葉であり、フィリアの語る夢物語にまさにぴったりと当てはまる言葉だった。

 ひとまず建国宣言を終えて一安心した紫音の元にディアナたちが集まって来た。


「無事に終わったようじゃな」


「うぅ……ご立派です、お嬢!」


 ディアナの隣でまるで娘の結婚式に来た父親のように号泣しているジンガを尻目にディアナが紫音に言ってくる。


「これから忙しくなるようじゃが、後悔はしておらぬよなシオン」


「当たり前だろ。俺としては夢物語だろうとなんだろうとフィリアのことを全力で支えていくつもりだ」


「それならばさっそく始めようではないか」


 何の脈絡もなくディアナの口からそのような言葉を飛び出してきた。


「……え? なにを……?」


「決まっておるじゃろうが。わし直々に魔法の稽古をつけてやろうと言っておるのじゃよ。フィリアの奴から聞いておるじゃろ」


「ああ、そういえば……」


 初めてフィリアに魔法について教わったときにそのようなことを言っていたなと今さらながら思い出した。


「最初に言っておくが魔法についてだけじゃ。戦い方については自分で考えることじゃな。何でもかんでも人から教わってばかりじゃとお前さんは何も成長せんじゃろ」


「……確かにそうだな」


 その言葉にディアナなりの優しさを感じながら頷いて見せる。


「……ああそれと、紫音の持つ能力が人間に対しては通用しないことはフィリアから聞いておる。最低限、人間と戦うことになっても自分の身を守れるようにしておくのじゃぞ」


「俺の方もそのつもりだ」


 そう紫音に目標を立てさせるディアナとジンガ。この様子だとどうやらディアナの他にもジンガからも稽古をつけさせてもらえるようだ。


「俺からは剣の扱い方と肉弾戦の戦い方について教えてやる。魔法使いっていうのは大抵、接近戦に弱いからな。だからこそお前には魔法の他にも覚えてもらう必要がある。……まったくお前がケガをさっさと直さねえからこんなに待ってしまったじゃねえか。何度も顔を出して治り具合を見に行ったというのに……」


「お前……まさか最近、よく俺の部屋に来ると思ったらそれが理由だったのか?」


 ジンガの今の言葉でようやく謎が解けた。

 どうやら紫音のケガが治ったと同時に稽古に入ろうと考えていたらしく、それで毎日のように紫音の部屋を覗いていたようだ。


「そうだよ。俺の稽古は厳しいから覚悟しておけよ小僧」


「……ああ、これからよろしくお願いします! ジンガにディアナ」


 言いながらこれから教えを乞いてもらう2人に頭を下げる。

 紫音のこの挨拶にディアナは笑みを浮かべ、ジンガはふんと鼻を鳴らしていた。


「それじゃあ早速始めようかのう。今は一分一秒が惜しい」


「おい待て! まずは俺からだろ! こいつの腐った性根を叩き出してやる!」


「性根が腐っておるのはお前さんの方じゃろう」


「なんだとこのアマッ!」


「お前らケンカするなよな! これから弟子となる俺が恥ずかしくなるだろう!」


 口喧嘩を始めようとする2人を追いかけながら紫音のこれからの生活が今始まろうとしていた。

 まだまだ紫音の持つ能力については謎が多いが、これから少しずつ解明していき、やがてはその全貌を解き明かしていく。

 そして紫音はこの日をもってあることを決める。もう二度とあのような悲劇が起きないよう油断や慢心、絶対に後悔しない道を歩んでいき、必ず強くなってみせると。


 こうして今日という日を境に亜人国家――『アルカディア』がこの世界に誕生した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る