第44話 冒険者は分断される

 ゴブリン――子どもくらいの背丈に緑の肌を持つ人型の魔物。

 一般的には初心者でも狩れる弱小の魔物でもある。どういうわけか、ゴブリンたちはミノタウロスの危機に颯爽さっそうと登場し、身の丈以上ある大きな盾を手にし、二人の攻撃を防いだ。


 突然の出来事に困惑する金翼の旅団。そしてこのゴブリンに続くかのように剣を持ったゴブリンナイトに杖を持ったゴブリンメイジ、弓を持ったゴブリンアーチャーも現れた。


「どうするクライド?」


「ゴブリンなんてザコ、すぐにやっつけろ! ただ数も多いみたいだから気を付けろよ」


 ゴブリンにも注意をするようみんなに発するクライド。

 突然の乱入者に戸惑う金翼の旅団であったが、戦闘は続行される。その後の戦闘はさっきまでとは打って変わって不利な状況へと変わっていく。


「ブモオオオ!」


「グルㇽアアアッ!」


 手負いのミノタウロスに弱小のゴブリンが数匹。敵はこれだけのはずなのに。クライドたちは苦戦していた。

 それというのも戦い方に原因があった。ミノタウロスはこれまでと同じように大振りの攻撃を繰り出し、クライドたちはそれに対抗する。それまではいいのだが、そこにゴブリンたちによる攻撃が追加される。


 元々、自分たちより背丈の大きいミノタウロス。自然と戦う際の目線も上へと移る。そのせいで下から繰り出されるゴブリンの攻撃に対応できなくなる。


「くそ……くそ……くそが!」


 何度も反撃に打って出ようとするクライドだが、ことごとくゴブリンによって失敗に終わる。予想もしていなかったことに徐々に苛立ちも増し、攻撃も荒々しくなる。


「なんでこいつら魔物同士で、手なんか組んでいるんだよ!」


 クライドは不満を言うように声を大にして発した。クライドの不満ももっともであった。


 本来、魔物というのは人間のように連携しながら戦うような生物ではない。それに同じ種族であるならばまだしも、違う種族同士の魔物が協力し合うなどということはこれまでのクライドたちの冒険の中では出会ったことのない例でもあった。


 それは他の三人も感じていたことであった。このままでは負ける恐れもある。クライドたちの脳裏には最悪の未来が映し出されていた。


(しかたないわね……)


 現状のままではマズいと感じたリディアはみんなに向かって指示する。


「クライドたちいったん私のもとまで戻って来て!」


「えっ?」


「なに……?」


「早く戻ってきなさい!」


 すぐに行動に移さない二人に向かって声を上げ、再度指示する。クライドたちは敵の攻撃をあしらいながらリディアたちのもとへ戻る。


「リディアさん……いったいなにを?」


「リリィにお願いしたいことがあるんだけど」


 そう前置きしながらリディアはリリィにも指示を送る。

 指示を送るうちにクライドたちが戻ってくる。四人が一ヵ所に集まったところでリリィが魔法の詠唱を開始する。


「《ホーリー・プロテクション》」


 四人の周りを包み込むかのように光の防御壁が展開される。そこにゴブリンメイジやアーチャーによる遠距離が放たれるも防御壁によって弾かれている。

 その光景を見たリディアはすぐさま次の攻撃に移る。


「《ライトニング・バースト》」


「「ブモオオオオオオオオオオッ!?」」


「「「「シャアアアアアアッ!?」」」」


 詠唱後、リディアから雷撃を纏った光線が放たれる。それはけたたましい音を鳴らし、前方の木々を一掃させる。

 敵の魔物たちはその魔法により発生した衝撃波で吹っ飛ばされた。


「よし、さっさと逃げるわよ」


「オイ! こいつらはいいのかよ!」


「バカね。このままじゃマズいからいったん逃げるのよ。戦略的撤退ってやつよ」


「でもよ……」


「いいから早く!」


 まるで子どもを叱りつける母親のように怒鳴るリディアを見て大人しく従うクライド。金翼の旅団はすぐさまこの場から撤退しようと腕を大きく振り走った。


「「ブモモォ!」」


「「「「ギシャアアア」」」」


 当然、それを許さないミノタウロスたちはクライドたちを追いかける。


「リリィ、お願い」


「はい! 《フラッシュ》!」


 リリィから目を覆いたくなるような眩しい光がミノタウロスたちを襲う。この魔法には、攻撃を与えるようなものではなかったが、これをまともに食らったミノタウロスは倒れこみ、悶え苦しんでいた。


 リリィのおかげでどうにか逃げ出すことに成功した金翼の旅団の一行。

 しかし今回の戦闘でさすがの彼らも疲れしまい、その場に座り込む。


「はあはあ……くっそなんだよあれ」


「今まで見たことのない魔物たちだったな」


 ヴォルグは誰もが感じていた違和感を口にした。


「ええ。あの魔物たち明らかに連携して戦っていたわね。……それも人間みたいに」


「あ、あんな芸当……魔物にできるのでしょうか?」


「できるわけねえだろ! 魔物なんてほとんどのヤツが知恵も持たない獣みたいなヤツらなんだぞ。できてたまるか!」


 クライドは認めたくない事実に思わず声を荒げてしまっていた。

 そんな中、リディアは冷静に分析しながらみんなに向かって発言して見せた。


「私が思うに誰かが知恵を与えているんじゃないかしら?」


「知恵って……もしかして竜人族がですか?」


 リリィの答えにリディアは首を振る。


「いいえ。魔物はクライドの言う通り獣みたいなヤツがほとんどよ。言語も持たないのに意思疎通なんてできないでしょう」


「それもそうだが。だったら一体誰が……」


「それは私にも分からないけど絶対に裏で手を引いている奴がいるはずよ。……それに一度この森を離れた方がいいと思うのよ」


 その言葉に他の3人は静まり返る。ここまで来て帰るのも気が引けるという気持ちもあるが、それと同じくらいここに生息している魔物に脅威を感じてもいた。


「そうだなもう十分だな。クライドも文句ないよな」


「ああ。さすがのオレも今回ばかりは諦めるよ」


 魔境の森の洗礼を受けたクライドに素直に撤退を受け入れる。


「町に帰ったら一度ギルドに報告してみませんか? この森にいる魔物の強さに戦い方、もしこの魔物たちが森の外を出たら大変なことになると思います」


「それは私も思ったわ。今はこの魔境の森内だけで収まっているけどこれが外にまで及んだら町や村が危ないわ」


「だったらすぐに戻った方がいいな。みんな死にもの狂いで逃げ切るぞ!」


 クライドの言葉に力強く頷く一同。固く決意を決めた金翼の旅団はすぐさまこの森を出るため立ち上がる。

 その刹那。


「な、なんだ!?」


 四人の足元にそれぞれ魔法陣が出現した。

 その魔法陣は神々しい光を放ちながら4人の体を包み込もうとしていた。


「こ、これは!?」


 この魔法陣の正体に気付いたリディアは3人に向かって叫んだ。


「マ、マズい!? みんなすぐに手を取って! これは転移の魔法陣よ!」


「まさかオレたちをまた分断させるつもりか!?」


「手をつないでいれば一緒に転移されるはず! だから――」


 言い終わる前にリディアが目の前から消えていった。驚愕する暇を与えてもらえず、次はリリィが消えていった。


「み、みなさ――」


「くそ……クライドォォッ!」


 手を必死に伸ばすヴォルグ。その手を取ろうとするが、それも叶わずヴォルグは消え、最後にクライドも魔法陣の効果でその場から消えていった。


 何者かの策略によって散り散りとなった金翼の旅団の一行。その後、四人は魔境の森の本当の恐ろしさをその身をもって知ることとなる。

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