第32話 背けていた真実
――奇襲とばかりに敵の男に飛び蹴りを喰らわせ、そのまま男は四、五メートル先まで吹っ飛ばされていった。
フィリアが置かれている状況から真っ向から相手にしている場合じゃないと思ったために不意打ちしてしまったが我ながら卑怯だなと紫音は自嘲気味に笑って見せる。
しかしこれで残る敵は一人。紫音はフィリアを助けるべく次の行動へ移ろうとするが、
「止まりなさい。動くとこいつ殺すわよ」
それはローゼリッテの制止の言葉によって
顔だけを紫音の方へと向けられた状態で脅され、紫音はそれに従うしかなかった。
紫音の予想どおり、この鎖と結界のようなものが彼女の仕業だとすれば、フィリアの命は彼女が握っているのも同然であるため不用意に動くことができずにいる。
「……うへえ。早く終わらせて寝たかったのに、こいつもしかしてアンタのお仲間?」
ローゼリッテは心底嫌そうな顔を浮かべながらフィリアに訊いていた。
しかし、口までしっかりと鎖で閉じられているため答えることができず、必死に何かを伝えるようにじたばたしている。
「ああ、そういえばこれじゃあ喋れないわね。少しだけ口元の鎖だけ緩めてあげるけど妙なことはしないでね」
宣言通り口元に縛り付けられていた鎖がなんとか話ができるほどに解放される。それを確認したフィリアはキッと紫音を睨み付けながら、
「紫音! あなた一体なにをしているの!? 私一人で十分だって言ったのに無視してんじゃないわよ!」
怒気を孕んだ言葉の数々を紫音に投げかけてきた。
自分にも非はあるとはいえ、フィリアの窮地を救った自分に対してのこの態度。紫音は負けじと反論する。
「なにをしているのはこっちのセリフだ! 楽勝だって言っていたのになんだよこの状況は。俺が来なきゃお前今頃どうなっていたと思っているんだよ!」
「そ、そんなの紫音が来なくても私一人でなんとかしていたわよ」
「全然そんな風には見えないぞ。素直に言えよ、助けてくださいって」
「ハアッ!? 別にあなたの手なんか……必要……ない…………助けてください」
プライドを最後には捨てたフィリアは紫音に向かって助けを求める。
「分かったよ。まだ仮とはいえ、俺はお前の創る国の住民になるんだから情けない王様を助けてやるよ」
「こ、こいつ……後で覚えておきなさいよね」
「あの……勝手に話を進めないでくれないかしら」
ここで今まで傍観を決めていたローゼリッテの口が開く。
「勝手に盛り上がっているところ悪いけど、アタシの意思でこいつを絞め殺すこともできるんだからそのままおとなしくしていることをお
ローゼリッテの言葉にハッと我にかえる。
さきほどのフィリアとの会話で助けたい気持ちが一層強まったが根本的な対抗策は何一つとして見つかっていない。現状としてフィリアの拘束を解放する方法を思いつくまではこうしてローゼリッテと睨み合うしかできないでいる。
(おとなしくしているようだけどどうしようかしら? 見たところ丸腰の人間のようだしこのまま不意を突いて殺してしまおうかしら。……ん?)
ローゼリッテの視線が紫音から離れ、別の方角に目をやっていたため気になった紫音は目線の方へと同じように顔を動かすとそこには、
「て、てめえ……ふざけたことしやがって。絶対にぶっ殺してやる……」
さきほど紫音の飛び蹴りを喰らっていた異種族狩りのリーダーの男が怒りに満ちた目を紫音に向けながら歩いていた。
「な、なんで……」
紫音は男の復活に体が震えていた。
あの攻撃はおそらくフィリアやジンガ相手にやれば気絶まで追い込むことができると思っていたため予想外の出来事に紫音は混乱していた。いや、紫音にとっては予想外の出来事ではなかっただろう。
自分の持つ能力のすべてを紫音が把握しているわけもなく、常にいくつもの仮説を考え、検証することで少しずつ能力について知ることができた。
しかし紫音はいつの間にか忘れていた。フィリアやジンガとの戦いでは圧勝し、ディアナの魔法攻撃にも無傷でいたため自分がこの世界では無敵だと思い込んでいたため頭の片隅に置いていたある仮説を無意識に逸らしていた。
「覚悟しろよガキが……」
刀身が
「……くっ!? 《力の根源たる魔をその身に纏え――フィジカル・ブースト》!」
身体の震えが止まらない中、フィリアを守るためにも戦闘へと頭を切り替えた紫音は再び身体強化の魔法を自分にかけ戦いに備えていた。
男は一心不乱に走り、紫音との距離を徐々に詰める。警戒する紫音は次の攻撃を仕掛けるために指先を男に向け、詠唱を行う。
「《火の魔弾よ敵を》――っ!?」
その途中で男は一気に距離を切り詰め、振り上げた曲刀をそのまま紫音に向かって振り下げた。
しかし地を足で蹴り、横へと体をねじらせることで回避する。魔法をかけていたおかげか咄嗟の状況でも対処できたことに紫音自身、驚いていた。
驚くのも束の間、男は攻撃を
紫音はこれに対抗するために手のひらを男に向け再び詠唱を行う。
「《火の魔弾よ敵を穿て――ファイア・ボール》」
詠唱後、火球が現れ、そのまま男の方へと発射させた。
避けられないと思った男は腕で顔を覆い、ガードするような姿勢をとる。
ボオォンッ。
小さな爆発音が紫音の耳に届く。ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかないと考えた紫音は、強化された拳を手前に引き、一気に男のみぞおちに向けて放つ。
「――うっ!?」
男の口から呻き声が漏れた。
男の装備は俊敏性を重視しているためか革製のレザーアーマーを装着している。ある程度の衝撃には耐えられるだろうが、身体強化魔法と紫音の並外れた能力があればこれで決まる。
と紫音が勝利を確信した刹那。
「なんだこの攻撃は。……舐めてんじゃねえよ!」
まったく効いた様子を見せない男はまるで獲物を狙う獣のような目で紫音を睨み、先ほどのお返しと言わんばかりに拳を振るう。
すっかり油断しきった紫音は反応が遅れ、避けることも防ぐことも不可能だと判断し、甘んじて男の攻撃を受けることに決める。
(だ、大丈夫だ。さっきのはなにかの間違いに決まっている。それにこの攻撃ならジンガと同じものを食らったことがあるから大丈夫……のはず)
一瞬、自分の力に疑念を抱いてしまい思考が乱れる。しかし、フィリアの命がかかっているため考えることを後回しに、今はこの攻撃を耐えた次の行動について考えることにする。
男の拳がすぐそこまで迫り、紫音は反射的に目を瞑り、痛みに備える。痛みがあまりないから意味もない気がするが、と思っていたが、
「ぐはあっ!」
紫音は自分の右頬から尋常ではない痛みが走ったことを感じ取る。
それは前の世界でよく両親から受けていた暴力の記憶を呼び起こされるような痛みだった。この世界で久しく感じ取れなかった痛みだったため余計に痛く感じた。
殴られた衝撃により紫音は数メートル後方をへと飛ばされ、砂ぼこりを舞いながら地面に倒れる。
「な、なんで……まさか……」
さらなる混乱に陥る紫音。しかし紫音にはある可能性が頭の中によぎる。だが、それを認めてしまえば紫音は絶対にこの男には勝つことはできない。
この世界にきてほんの一日ほど、魔法も剣の扱いも戦い方も素人に毛の生えた程度であり、紫音の持つ未知の能力のおかげでここまで来ることができた。
しかしこのままでは目の前にいる男を倒すことは敵わず、逆に返り討ちに遭ってしまう。
この危機的状況のせいで冷や汗が額から流れ、だんだんと息苦しくなってきていた。
「このガキがなんの力も持ってないくせに粋がりやがって。オイ、テメエら! いつまで寝ていやがる! とっとと獣人どもを運ぶ準備でもしてろ」
男の叱咤を受け、今までフィリアに倒されていた連中が次々と目を覚まし、むくりと身を起こす。
ただでさえ敵一人に手こずっているのにこれ以上敵を増やされては自分一人では手に負えない。何より仲間の救出に向かっているリースとレインにまで危害が及ぶ危険性がある。自分から巻き込んでしまった以上、紫音には彼らの身の安全を守る義務がある。
そう考えた紫音は、自分の身体に鞭を打ち、頬から走る痛みに耐えながら立ち上がろうと奮闘する。
「
「なんですかリーダー、こっちはドラゴンのせいでひどい目に遭ったんすよ」
「そうですよ。……くっそまだ痛えよ」
「腑抜けたこと言ってねえで仕事しろ! 分け前減らすぞ。吸血鬼、テメエもだ。早くそのドラゴン何とかしろ!」
ローゼリッテに対してそのようなことを発しているが、彼女自身、フィリアに手を焼いており、要望に応えられずにいる。
男の意識が紫音から離れたため体制を整える機会だと判断した紫音は震える体を気合で支えるようにして立ち上がる。
それに気づいた男は見下すような視線を紫音に向け。
「ほう、まだやるのか。根性だけは認めてやるがそれだけじゃこの世界、生きてはいけねえぜ」
「リーダーそいつなんすか」
「なんだそのガキ。こいつも売り飛ばしますか?」
「いいや。こいつはここで始末するよ。女ならまだしも人間の男なんてはした金にしかならねえよ。それにこいつ魔法も腕っぷしも大したことねえからな、売っても仕方ねえから……こいつはここで殺す」
仲間にそう言うと、男は曲刀を振り上げ、
「じゃあな。……死ね」
曲刀が紫音に向け襲い掛かる。
このままやられるわけにはいかない紫音は手のひらを男に向け詠唱を始める。
「《我を守りし魔の盾よ――シールド》」
初級の防御魔法を唱え、紫音の目の前に光の盾が現れる。フィリアから教えてもらった魔法はこれがすべて。この攻撃に耐えることができたらひとまず撤退し、ジンガたちに応援を呼ぼうと決意する紫音。
しかし……。
パリンッ。
ガラスが硬質な音を立てて割れるような音が聞こえた。そしてそれと同時に体を引き裂くような衝撃が襲った。
目の前が一瞬真っ暗となり、気づけば紫音の体は地面の上に仰向けで倒れていた。
強烈な痛みに襲われ、指1本も動かすことができなかった。自分の体から濡れた感触があり、視線を横に移すと、赤い水のようなものが点々と落ちていた。おそらくこれは自分が流した血だろう。ここで紫音はようやく自分が斬られたのだと理解した。
どうやら魔法障壁はまるで役に立たなかったらしい。これで紫音はようやく確信した。自分の持つ未知の能力についての重大な欠点が。いや、これほどまでに馬鹿げた力がすべての者に通用するはずがないと常々紫音は考えていたはずなのにすっかりそれが抜け落ちていた。
そう、この能力は……、
(この能力は…………
こんな大事なことを今の今まで見ないふりしていたなんて馬鹿な男だと自分の愚かさに思わず笑みがこぼれた。
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