第26話  交渉と出陣

 襲撃者に対抗するため、テコでも動きそうにないフィリアを動かすにはどうすればいいか紫音は頭を悩ませていた。


 過ごした時間はほんの少しだが、紫音から見たフィリアの人柄や性格、これまでの言動を元に考えた結果、ある方法に行き着いた。


(この方法で行くか……)


「フィリア、お前と交渉がしたい」


「交渉……? へえ、おもしろいじゃない。私が獣人たちを助けに行く代わりに紫音はいったいなにを対価に出してくれるのかしら? 言っておくけど、並大抵のものじゃ私は動かないわよ」


 案の定、紫音の提案に興味を示すフィリア。この展開を予想していた紫音は軽く笑みを浮かべながら話を続ける。


「対価は……この俺だよ」


「……紫音、あなた大丈夫? 私が……それで動くとでも思ったの?」


 小馬鹿にするような態度を見せるフィリアだが、紫音は見逃さなかった。フィリアの口元から笑みがこぼれていたことを。


(……やっぱりな)


 間髪入れずに紫音は交渉を続ける。


「もしお前が獣人族たちを助けてくれるなら俺は、お前が創る国の手助けをしてやる。お前、俺が欲しいんだろ」


「な、なにを根拠に……」


「根拠ならあるさ。まずはお前が俺に対して随分と献身的な態度を見せていることだよ」


「あ、あら……それはあなたが私に言ったんでしょう。私を殺さない代わりにこの世界のことについて教えてくれって……。だから私はあなたの言うとおりにしているのよ」


 フィリアを殺すなどという言葉はこれまでのことを振り返っても紫音は口にはしていない。どうやら誤解が生じているようなのでそれを解くと同時に追求するために話を続ける。


「俺はこの世界のことについて教えてくれと言ったんだ。それなのにお前は、家に招き入れたり、魔法を教えてくれたりと、随分と世話を焼いていたよな。別にこっちからお願いしたわけでもないのに……」


「と、当然じゃない…。仮にも私は紫音に負けたのよ。敗者が勝者の言うことを聞くのは当たり前でしょう」


「そうか? お前は誇り高き竜人族のそれもお姫様なんだろ。その上、プライドの高いお前が人間である俺の言うことを素直に聞く必要ないだろ」


 フィリアとの過ごしてきた時間は少ないが、プライドが高く、他種族それも特に人間を見下しているのは誰の目からも明らかだった。


「た、たしかにそうだけど……紫音だけは別よ。戦っても敵う相手じゃないことは紫音が一番わかっているでしょう!」


 フィリアの言うことには一理あるが、1つ間違っているところがある。


「いや、敵う敵わないは別として俺に対する対抗手段はいくらでもあるだろ。お前だってとっくの昔に気付いているだろ」


「な、なんのことかしら……?」


 紫音の問いかけにあくまでもしらを切るフィリア。


「例えばだ。竜化したお前の背中に乗せて飛んでいるときに上空から俺を落としてしまえばそれで終わりだ。戦闘以外での俺はただの非力な人間なんだからフィリアだって思い当たる節があるはずだ」


 フィリアを倒した紫音だが、決して彼が強いわけではない。現に固い鱗に覆われたドラゴンの身体に対して拳一つでその巨体を吹き飛ばすことができるが、ただの岩に対しては魔法で強化しなくては罅一つ入れることもできない。

 それはフィリアも実際に見ていたため知らないわけがない。


「それに、魔境の森から遠く離れた場所に俺を放り投げてしまうだけでもいい。それだけで追いかける手段がない俺を簡単に遠ざけることができるだろ」


「うぅ……」


 まさにぐうの音も出ないフィリアはバツが悪そうに目を泳がせている。この姿を見るや否や紫音は畳みかけるように次の根拠を続ける。


「お前が夢で見たっていう天啓の話を聞いて確信したよ。その天啓の中で出てきた協力者の正体を俺だと思っているんだろ?」


「さ、さあ……? なんのことかしら?」


「ウソつけ。お前、その話していたときチラチラと、しつこくこっちを見ていただろ。バレバレだったぞ!」


 痛いところを突かれたのか、フィリアは冷や汗をかきながら紫音と目を合わせないように顔を下に向けてしまっている。


(……ご、誤算だったわ。まさか私の思惑に気付いていたなんて。紫音に取り入るためにいろいろと世話をしてやったのに全部裏目に出てしまったわ)


 紫音の予想通り、これまでのフィリアの行動は、異世界から来た紫音が天啓に出ていた協力者だということに気付き、なんとしてでも手に入れたいがために起こした行動だった。

 その行動も本人に気付かれてしまっては無意味となってしまう。しかし、フィリアはこの状況を逆に好機と感じ取る。


(これまで頑なに私のものになろうとしていなかったのに今は自分を交渉材料としている。どうしてここまで獣人たちを助けようとしたいのかは疑問だけどこのチャンス逃す手はないわね)


 考えをまとめたフィリアは立ち上がると同時に顔を上げ、両手を腰に当てながら紫音に向けて大声で発した。


「しょ、しょうがないわね! そこまで言うんならあなたの交渉に乗ってあげるわ! あなたがどうしてもって言うんだから心の広い私が紫音の望みを聞いてあげるわ。感謝しなさい!!」


 プライドのせいだろうか、紫音に痛いところを突かれたことがなかったかのようにようにふるまっていた。

 そして、まるで紫音の方が泣き寝入りをしてそれに同情するかのような言い草だった。


 フィリアのこの発言に紫音は僅かながらの違和感を覚えるも交渉が成立したようなので一先ず気にしないことにした。


「それじゃあさっそく行こう。早く行かないと間に合わなくなる」


 フィリアの気が変わらないうちに獣人たちの元へと先導する紫音。


「必要ないわ。私一人で行く」


「一人で行くって大丈夫なのか?」


「心配いらないわ。いつものように私一人で撃退すればいいだけのことよ。どうせすぐ終わるし楽勝よ」


「あ、あぁ……分かった」


「さて、そうと決まれば……ちょっとあなたたち! あなたたちの集落はどこにあるのかしら…………わ、私はあなたたちが呼ぶところの魔境の主よ!! ……いや、嘘じゃないから信じなさい……ああもう!! 早く教えなさい!」


 一人で行くと堂々と宣言し、颯爽と歩むその後ろ姿に頼もしさを感じていた。しかしすぐさまリースたちにただの子どもだと思われていたようで魔境の主だと信じてもらえていない様子だった。彼らの態度に逆上しているフィリアの姿を見ていると、頼もしさがすっかりと薄れてしまった。


「まったく失礼するわ! この私を誰だと思っているのかしら」


「……やっぱり一人で行くのか?」


「心配性ね……。あなたから持ち掛けた話なんだからそんなに弱気な顔を見せないでよね」


「わ、悪い……」


 フィリアが行けば、すぐに解決する。それは紫音が一番よくわかっているがなぜだか拭い切れない不安が紫音の背中にのしかかっていた。


「いい! 紫音たちは全員、ここで待機すること。手助けはいらないわ」


「大丈夫ですかお嬢!? 一人で行くなんてオレは心配です」


「平気よ。いつものように侵入者に襲い掛かり、撃退する。それだけのことよ」


「わ、分かりました……。それではお気をつけてお嬢」


 初めのうちは共に行くことを望んでいたジンガだったが、フィリアに止められてしまい、しぶしぶ見送ることにした。


「ディアナもいいわね」


「儂は別に構わんが、この森の外は儂の領域外じゃ。儂の加護がない分、十分用心するんじゃぞ」


「ええわかってるわ。それでは行ってくるわね」


 そう言い残し、竜化したフィリアは翼を横に大きく広げ、バサッと翼を動かしながら飛び立ってしまった。

 あっという間に遠くに行ってしまったフィリアの姿を見送りながら紫音はある不安を抱えていた。


 フィリアが獣人族の集落に向かうことが決まってから紫音は嫌な予感を感じていた。

 それが何なのか紫音にはまったく理解できなかったが、ただ一つだけフィリアを一人で行かせてはいけない。

 そんな予言じみた言葉が紫音の頭をよぎった。

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