第27話 不吉な予感

 フィリアを見送り、気づけば数分が経過していた。

 未だにどうしようもない嫌な予感が頭にこびりついている紫音は、落ち着かない様子であったが、それとは別に一つ気になっていることがある。

 それは……、


(なにやってんだ、あいつら……)


 先ほどから様子のおかしいリースとレインのことであった。

 ほんの少し前まではお互い会話を交わしていたのに、今ではなぜか警戒心を剥き出しにしている。

 毛を逆立てさせ、鋭い犬歯を紫音にわざと見えるようにしながら威嚇するレインとその後ろにはレインの背中に隠れ、びくびくと体を震わせているリースの姿が見える。


 突然の態度の変化に対して紫音は動揺を隠せないでいた。

 訳も分からずしばらく呆然としていると、それを見かねたディアナが代わりに答えてくれた。


此奴こやつら紫音が人間だと今頃になって気づいて、警戒しておるんじゃよ」


「……なんだよそれ」


 事情を聞いて一瞬、呆れてしまいそうになったが、紫音を人間だと気づかないほど彼らは切羽詰まっていたんだと改めて理解した。

 しかし、このまま距離を置かれるのは紫音にとって気分のいいものではない。むしろ今後のことを考えると、友好的な関係を築きたいと思っている。

 この状況を打破するためすぐさま行動に移す。


「や、やあ……怖がらせているようで悪いけど俺はお前らの味方だ」


「信じられるか、この人間めっ! 姉ちゃんには手ぇ出させねえぞ!」


「本当だ。俺はお前らが知っているような人間じゃない! お前らのことを助けたいと本気で思っているんだ」


 どうやら集落の襲撃されたせいなのか、人間に対しての敵対心が異常に強い。

 紫音の必死の弁解も届かず、依然としてレインは警戒心を解かないまま威嚇を続けている。どう打破するかと考えを巡らせていると、


「…………あっ、レイン大丈夫だよ……」


「姉ちゃん……?」


 これまでレインの背中でびくびくと震えていたリースの口からそんな言葉が発せられた。


「……いつものやつか?」


「うん。……この人、ウソついていないよ。だから安心して」


「……そうか。……だったらお前の言うことを今だけは信じてやる」


 突如、二人による謎の会話によって紫音の言葉を信じてくれたようだが、紫音は釈然しゃくぜんとしないでいる。


「俺の言葉を信じてくれたのは嬉しいが、なんで急に?」


「姉ちゃんは人のウソが見破れるんだよ。だからお前の言うことにウソがなかったから信じたまでだ」


 ウソが見破れる。果たしてそのような荒唐無稽な能力があるのだろうかと、紫音が信じきれないでいると、


「ほう、お前もか」


 ジンガが意味深な発言を出しながら会話に入ってくる。


「ジンガは何か知っているのか?」


「ああ。俺がいた国じゃあ何人かそいつと同じことができる奴がいたな」


「本当にそんなことができるのかよ?」


 もしそのようなことが可能なら交渉ごとにおいて駆け引きで優位に立つことができる。


「ああ、オレたち獣人の中には並外れた聴覚を持つ奴が稀に生まれることがある。そいつらは音や声などに敏感でウソをついたときに発生するわずかな心臓の音の変化にも気付くことができるから嘘が見破れるんだよ」


「それでか……すごいなお前」


 紫音の言葉に対してリースは顔を朱に染め、恥ずかしそうな表情を浮かべる。


 ひとまず紫音とレインたちの問題は解決したが、紫音は未だ説明しようのない胸騒ぎに襲われていた。その原因は当然、フィリアのことだった。

 自分から行かせるような真似をした手前、おかしな話だがフィリアの姿が見えなくなってからというものフィリアの身を案じずにはいられなかった。

 このどうしようもない胸騒ぎを収める方法が一つだけある。


「やっぱり俺、フィリアのところに行くよ」


 そういった瞬間、ディアナとジンガが呆れた顔をしながら紫音のことを見ていた。


「お前さん、自分で行かせるように仕向けたくせに結局自分も行くのか?」


「そもそもそれはお嬢の望んでいないことだ。お嬢の言葉を忘れたのか!」


 案の定、言われるであろう言葉の数々が紫音を襲う。


「そ、それでもこの胸騒ぎを収めるためにも直接確かめたいんだ! フィリアの無事が確認できれば満足だからリースとレインの両方でもどっちかでもいいからお前らの集落に案内してくれ!」


「はあっ!? なんでボクらがそんなことしなくちゃいけないんだよ……」


「えっ? だって、お前らの集落の場所分かんないから……」


「勝手なこと言うなよな!」


 どうあっても行く気満々な紫音の姿を見たディアナは溜息まじりに口を開いた。


「止めても無駄のようじゃから止めはせんが……」


「おいっ!? ディアナッ!」


 ジンガの威圧するような呼びかけにものともせずそのまま話を続ける。


「フィリアの身に何があっても決して戦おうとはせぬことじゃ」


「……なんでだよ?」


「お前さんの強さは十分に理解したつもりじゃが、それは今のところ私たちに対してということじゃ。お前さんの能力のおかげであの馬鹿げた強さを引き出していることは分かっておるが、そのすべてを理解しているわけではない。こんな不安定なまま戦場に出たとしても無駄死にする恐れがあるからな」


 ディアナの言うことは一理ある。

 このドラゴンをも圧倒するほどの強さがすべての者に対して通用するのか分からない状況で戦うなど愚か者のやることだ。


「わ、分かった……。努力してみる」


「…………紫音」


 紫音の自信なさげな態度に若干、不安そうな表情を浮かべるディアナ。


「大丈夫だよ。フィリアが無事なら戦う必要もないし……心配ならお前たちも一緒に行くか?」


 半ば強引な誘いだが、戦力の追加を見込んでディアナとジンガに声をかけてみる。


「いいや。森妖精は管理する森から離れることができんのじゃよ……じゃから、お前さんらだけで行っておくれ」


「オレはお嬢の言いつけ通り待機するまでだ。行くなら勝手に行け!」


 二人とも各々同行できない理由を持っていたため紫音はこれ以上誘うことをやめることにした。


「そうか……じゃあ俺は行ってくるよ。リース、レイン早く案内してくれ!」


「分かったよ! 勝手に話を進めやがって遅れるなよ」


 文句を言いながらも結局リースとレインの二人が道案内をしてくれることとなった。

 紫音は、二人の後を追うように駆け出す。


 時間にして数十分ほどの時が流れ、木の枝から枝へとアクロバティックな動きで移動するリースとレインに対して基本的にただの人間としての力しかない紫音は慣れない森の中を一心不乱に駆け抜け、二人の姿を見失わないように付いていくので精一杯だった。


 それからさらに移動したのち、レインたちが急に立ち止まり、「着いたぞ」と、緊張した声持ちで紫音に伝える。当の紫音はというと、疲弊した様子で荒い呼吸を上げ、大きく肩で息をしていた。


「……よくそんなので人の心配ができるな」


「うっ!?」


 そんな紫音の姿を見たレインの辛辣な言葉がぐさりと紫音の胸中をえぐる。


「い、いいか……はあ、俺の……能力は……特定の状況でしか……発揮しないみたいなんだよ。それ以外は……はあ、ただの人間なんだから……お前ら基準で話を進める……な」


 言葉の途切れ途切れで息切れをしながらもなんとか否定して見せる。


「もう、レイン。シ、シオンさん疲れているみたいだからそんなこと言っちゃだめよ。シオンさん、この茂みの向こうがわたしたちの集落になります」


 リースにフォローされながら微かなやさしさを感じた紫音は息を整え、そっと茂みの向こう側を覗き込む。

 そこには……、


「な、なんだよ……これ……」


 家屋は焼け落ち、辺りに炎が舞い上がり、リースたちに言われなければここがかつて彼らの住む集落とは到底思えないほどの悲惨な光景が広がっていた。

 そしてその火中の中には、唸り声を上げながら苦しんでいるフィリアの姿が見える。遠目ではよく見えないが、魔法か何かで拘束されているらしく、拘束を解こうと暴れまわっている。


 少し離れた場所には捕らえられた獣人族が数十人。おそらくこの集落の住人が鉄鎖で拘束され、一ヵ所に集められている。


 フィリアの周囲には、今回の主犯と思われる襲撃者の姿があった。数にして約十人。ほとんどが倒れており、その内二人だけが立っていたが、この状況ではどちらが勝者かは明らかであった。


 ただの紫音の勘違いであってほしかったが、恐れていたことが今紫音の目の前で起こっている。


「どうする……この状況……」


 ディアナからの忠告もあり、この先の判断に迷いが生じていた。

 それと同時に紫音は胸中でこの先の選択で自分の未来が変わるのではないかという人生の岐路に立たされているような感覚を覚えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る