第25話 ものぐさな魔境の主

 事情を聞き、改めて二人に助けを求められ、放っておけない気持ちになりながらも紫音は一度冷静になってこれまでの経緯について思い返していた。


 話を聞く限り、襲ってきた人間はおそらく異種族狩りを行っている連中。

 奴らに捕まっていなければ逃げていったリースたちの仲間はおそらく無事でいるだろう。しかし、問題は迎撃に出たという獣人族だ。

 敵の数や装備など情報をレインとリースから聞き出そうにも二人ともここまで来るのに必死になって逃げてきたところを見ると、おそらく詳細な情報を得ることは難しいだろう。

 これからのことを相談するために紫音は二人をディアナに任せてフィリアたちのもとへ駆け寄る。


「なあ、これからどうする?」


「どうするって、なにがよ?」


「だからあいつらの集落に助けに行くのか、行かないのかって話だよ」


「なにあなた、もしかしてあの子たちの話を聞いて同情でもしたのかしら?」


「……うっ!?」


 紫音自身、心のどこかでもそう思っていたためフィリアの言葉に反論することができなかった。


「その様子だと図星のようね。言っておくけど助けには行かないわよ」


「はあっ!? なんでだよ? あいつらの言っている『魔境の主』ってお前のことだろ!」


「確かにあいつらの話に出てきた『魔境の主』というのはお嬢のことで間違いないだろうが、我々にはあいつらを助けに行く理由がない。人間どもの襲撃は魔境の森の外で起こったもの。よそで起こった厄介事に首を突っ込む道理はない!」


 フィリアの代わりに説明するかのようにジンガが割り込んできた。

 言い方は悪いが、ジンガの言うことにも一理ある。自分たちの管轄で起こったことになら対処するだろうが、赤の他人も同然の奴らを助ける理由がフィリアたちにはない。むしろ自分たちのほうから進んで危険に向かうなどお人好しか馬鹿のやることだ。


「ジンガの言うとおりよ。……というより意外と紫音ってお人好しなのね。見ず知らずのあの子たちの集落を助けに行こうと考えるなんて……」


「そういうのじゃないよ。たしかにいつもの俺なら無償で誰かを助けるなんてマネ、絶対にしないけど……今回に限ってはあいつらの傷を見ていると、胸糞悪いことを思い出して放っておけなくなったんだよ」


 レインとリースが受けた傷と紫音が自分が両親からの虐待で受けた傷と酷似していたため同族意識が芽生えてしまっていた。そのせいでこのまま2人を見過ごすことが紫音にはできずにいた。


 そしてもう一つ。彼らが前の世界で一時期飼っていた二匹の野良犬によく似ていたせいでもある。この二匹には紫音自身、ずいぶんと助けられており、彼らを見ているとあの野良犬たちと重ねってしまい、放っておけなくなる。


「……まあ、深く詮索はしないけど私の考えは変わらないわ。助けに行きたければあなた一人で行きなさい」


「最初はそうも考えたけど、お前のほうが確実に襲撃者を撃退できると思うんだよ」


「あら、紫音は私よりも強いんだからそんなはずないでしょう」


 フィリアの言うこともごもっともだが、紫音にはある一つの不安要素があった。


「そうだけど……今回に限っては俺よりもフィリアのほうが成功する確率が高いと思う。今回の戦いはおそらく獣人族を守りながら戦うことになる。はっきり言ってこれまでケンカなんかしたことのない俺には誰かを守りながら戦うなんてことできない……」


 レインたちの話では、戦える獣人族は襲撃者との戦闘を繰り広げているという話だが、時間が経過している今、獣人族のほうが劣勢という可能性も想像できる。その場合、獣人族を守りつつ襲撃者とも戦わなければならない状況に陥ってしまう。


「へえ、感情を優先せずに意外と考えているのね。でも私だって守りながら戦うなんてやったことないから無理よ」


「それでも戦闘経験の多いお前が出たほうが成功する確率が高いと思うんだ。……それに、お前はいずれ亜人種たちの国を創るんだろ。このまま獣人族のあいつらを見捨ててもいいのかよ」


「そんなの別にいいわよ。どうせ期限が決められているわけでもないし……」


「……は?」


 フィリアの発言に紫音は思わず間の抜けた声を出してしまった。つい先程まで様々な亜人種たちが暮らす国を創ると、意気揚々と宣言していたはずなのに今はその片鱗すら見られない。


「確かに夢の中で天啓を受けて国を創ることは決心したけど、肝心の期限についてはなにも言われなかったのよ。……ほら私って千年は生きる竜人族だから期限が決められていないと、十年後、百年後までに達成すればいいかなって考えてしまうのよ」


「いや、んなこと知らねえよ。……あっ! だから国民の数がたったの三人なのか!? 道理で少なすぎると思っていたんだよ!」


 どうやらフィリアの先延ばしにしてしまう性格がすべての原因のようだ。

 住民の数が少なすぎることも亜人種が人間たちに襲われているっていうのに助けにも行かず、消極的な姿勢を見せているのはすべてフィリアの悪い性格のせいだと、紫音は呆れながらも理解した。


「お前な……そんなことで本当に亜人種たちの国を創る気があるのかよ?」


「もちろんあるわよ」


「だったら亜人種の獣人族を助けに行ってもいいだろ」


「それが人に物を頼むときの言い方かしら。それに私が助けに行ったとしても私に何の得もないじゃない! イヤよ私は……。そんな無償の施しなんて与えるつもりはないわよ」


 断固として助けに行こうという気持ちが起きないでいるフィリアだった。しかし、今の言葉の裏を返せば、フィリアに対してなにかメリットがあれば、助けに行くとも読み取れる。

 そう考えた紫音は、フィリアにある提案を告げる。


「それじゃあ獣人族を助ける見返りとして集落に住んでいる獣人族たち全員、お前の国に吸収すればいいだろ」


「……それって、どういうことよ?」


 紫音の思惑通り、フィリアが紫音の話に食いついてきた。


「言葉通り獣人族たち全員をお前の国の国民として引き入れるんだよ。そうすれば国民の数も増えるし、獣人族という戦力も増えるからいいことだらけだと思うぞ」


「……たしかにそうだけど、決め手に欠けるわね。獣人族の戦力なんて全員で掛かっても私には到底及ばないでしょう」


 頑な態度をとるフィリアだったが、こうなることを予見していた紫音は付け加えるように続けて言った。


「お前の言うとおりだが、国を守るなら数は多いに越したことはないぞ」


「どういう意味よ?」


 思惑通り、紫音の言葉に食いついてきたフィリアに畳み掛けるように発した。


「この先、魔境の森に侵入してきた冒険者たちを次々と倒していくと、いずれ大軍を率いて大規模な侵攻に出るはずだ。そうなったときお前一人で対処できるか?」


「なによ、その例え話。私の他にもジンガとディアナに紫音がいるから大丈夫よ」


「だから俺を勝手に数に入れるな。……まあ、お前が一人じゃないのはわかるが、もし敵が一箇所からではなく、四方八方から攻め込んできたときはどうするんだよ。お前らだけで応戦するのは難しいだろ。そういうときに備えてそろそろ戦力を増やすべきだと思うんだが……」


「そうよね。たしかにそういうこともあるかもしれないけど……でもね……」


 一応、紫音の意見に賛同している素振りを見せるが、どういうわけかまるで苦虫を噛み潰したような顔をして唸っている。


(この煮え切らない態度……まさかこいつ本当は国を創ることを面倒くさいと思っていないか)


 せっかく獣人族という強い種族を引き入れることができるかもしれないのに、この消極的な態度やこれまでのフィリアの言動を思い返して確信へと至った。


(やる気あんのか、こいつは……)


 一向に動こうともしないフィリアを見て、このままで本当に亜人種たちの国を創ることなんて果たしてできるのだろうかと、呆れた表情で紫音はそう思っていた。

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