第24話 来訪者
「た……助けて……」
二人の獣人族のうち白髪の少女のほうから消え入りそうな声で助けを求める声が聞こえた。
「おい! 大丈夫かっ!?」
紫音はすぐさま二人の傍まで駆け寄り、容態を確認する。
二人とも体のあちこちに切り傷や裂傷、火傷、なにか強い衝撃を受けたかのような打撲痕が見られる。
紫音はこの2人に既視感を覚えていた。
かつて紫音が両親からの虐待により受けた数々の暴行の経験からこの二人の体に見られる傷や痕には見覚えがあった。
そしてもう一つ。この二人の見た目、黒い髪に白い髪、犬耳と尻尾が生えているところから前の世界で飼っていた二匹の野良犬のことを連想させてしまう。
そのせいか、この獣人族の二人のことをこのまま黙って見過ごすことはできなかった。
「ディアナっ! こいつらに治癒魔法をかけてくれ! あとフィリアは水を持ってきてくれ!」
二人の体を治すためと、ここまで必死になって走ったせいか呼吸が荒く、ひどく唇が乾いていた。二人に水分を補給させるためにもディアナたちの助けを借りようと呼びかける。
「王様の私を無視して勝手にディアナに指示なんかしないでよね。……おまけに私にも命令するなんていい度胸ね……まったく」
「まあいいじゃろう。緊急事態じゃからな、ここは目を瞑ってやれ」
フィリアは文句を言いながらも水を抱え、ディアナとともに紫音のもとに駆け寄る。
「ずいぶんとひどい怪我じゃが、私にかかればもう安心じゃ。《ヒール》」
すぐさまディアナの治療が始まった。
《ヒール》は治癒魔法の中でも初級の魔法であり、普通なら少し大きな擦り傷や切り傷を治せる程度のものだが、ディアナが使用すれば、その効果は大幅に変わってくる。
その証拠に二人のあちこちにあった傷跡がみるみるうちに塞がっている。
ディアナが治療している間に紫音は二人に水を飲ませる。看病しながら紫音は二人のことについてジンガに問いかける。
「もしかして、この2人ってジンガの知り合いか?」
この子たちの容姿を見れば、ジンガと同族なのは一目瞭然。
もしかしたらジンガと関係があり、ジンガに助けを求めるためにここまで来たのではないかという想像をしながら訊いてみた。
「いや、知らんな」
「え、でも……」
「同じ種族だからといっても全員と知り合いというわけでもない。それに、獣人族は群れで生活している。各々で群れを、そして村を作り暮らしている。それも世界各地に我々の種族は点在している。……こいつらの顔に見覚えはないし、おそらく俺が住んでいたところとは違う群れの連中だろ」
どうやら獣人族は一か所に固まって暮らしているのではなく、人間たちと同じように世界中のあちこちで生活しているようだ。
「となると、こいつらはどこの群れの子どもなんだ?」
「この子たちが飛び出してきた方向から考えると、おそらく魔境の森から東方向に抜けた先にある集落の子どもかもしれないわね」
紫音の質問に二人の様子を見ていたフィリアが答えてくれた。
「こいつらもお前んとこの仲間なのか?」
「違うわよ。私が治めることにした場所はこの魔境の森であって、獣人族の集落は魔境の森の領域外にあるから残念だけど仲間とは言えないわね」
フィリアなりにしっかりと国の定義を決めているようだ。
「はあ……はあ……」
「あ……あの……」
「大丈夫か?」
治癒魔法と看病のおかげで2人の獣人族の子どもは話せるほどまでに回復していた。
「あ、あの……ボクたちを助けてください! この森に魔境の主がいるはずなんですが、ボクたちの集落を襲ってきた奴らをやっつけてください!」
「まずは落ち着けよ。なにがあったのか最初から教えてくれないか」
紫音は興奮したように話す獣人族の少年を落ち着かせながら詳細を聞き出す。
「あ、あの……わたしたちはこの森の近くにある集落に住んでいるリースと言います。こっちは弟のレインです」
リースと名乗る少女が自己紹介をすると同時にレインはリースの隣でペコリと紫音たちに向けて小さくお辞儀をした。
レインは、黒髪で活発そうな顔立ち。見た目は紫音より年齢が下の割には発達した筋肉が付いている。犬のような黒い耳と尻尾が頭とお尻から生やしている。
一方リースは、一見するととても可愛らしい少女だ。肩まで伸ばした雪のように白い髪。シルクのようにきめ細やかな白い肌。大きくパッチリとした藍色に輝く瞳に白い耳と尻尾を生やしている。
「みんなが寝静まった頃に突然、人間どもが集落を襲いに来たんです。戦える者たちは戦いに行ったんですが、ボクたちみたいな戦えない子どもやお年寄りは逃げるようにって言われて……でも、うぅ……お父さんや……お母さんを残して……うぅ…………行きたくないって言ったら…………『魔境の主に助けを求めてきて』って言われたから……う、うえぇぇん!」
話していくうちに涙を我慢するような話し方に変わり、最後の方には脇目も振らず大粒の涙を零していた。それに呼応するかのようにリースも泣き出してしまった。
「ほらほら泣くな。ゆっくりでいいから話してごらん」
紫音は二人をあやすように頭を撫でながら優し気な口調で言う。すると二人は鼻水をすすり、目に溜まった涙をごしごしと手で目をこすりながら無理やり涙を止めようとする。
「それでもう少し詳しく聞きたいんだけど、お前たちの他にも逃げていった人がいるみたいだけどそいつらは今、どこにいるんだ?」
「た、たぶんみんな、村長が言っていた隠れ家にいると思う……」
「隠れ家?」
「……うん。前に人間たちが襲ってきたときはそこに避難するようにって集落で決めていたからそこにいるかも……で、でも……人間たちの追手がきたらもしかしたら……」
リースは悪い想像でもしたのか、せっかく振り払った涙も再び流し始め、今にも赤子のように泣き始めそうな雰囲気を醸し出していた。
それに続いてレインもリース同様に泣き出しそうな顔に変化している。
「お、おい……お前ら」
また泣き出したら面倒なことになると思った紫音は二人を慰めるために呼びかけようとすると、
「お願いします! 早くわたしたちを……みんなを……助けてください!!」
「お願いします!」
二人は大粒の涙を零し、地に額を押し付けながら藁をも掴む思いで哀願した。その時、獣の遠吠えに似た泣き声が魔境の森にこだました。
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