第9話 異種族狩り
「そう、異種族狩りよ。この世界では、亜人種が人間たちに虐げられ、奴隷として売られるなんてことがよくあるのよ」
「ど、奴隷!?」
前の世界では聞き馴染みのない言葉を訊いた紫音は驚愕の顔を見せる。
「でも話を聞いていると、お前ら亜人って人間よりも強そうだしそんな簡単に捕まるとは思えないんだが……」
「そうね。普通ならそうなんだけど人間どもは数だけは多いからね。この世界の半分は人族が占めているそうよ」
「それに………」と、人差し指で一を表しながら紫音に向けてもう一つ補足するかのように続ける。
「奴らは亜人種が大人数いた場合は決して相手をせず、少人数でいるところを狙って襲ってくるわ」
「なんだよ、それ。ずいぶんとせこい連中だな」
見方によっては合理的な方法だが、紫音個人としてはこの世界の人間のやり方に少々嫌悪感を抱いていた。
「あら、意外と意見が合うようね。そうよ、奴らは複数のパーティを組んで強力な装備や魔道具を駆使して確実に異種族狩りを完遂するのよ。……人数が同じか、それ以上なら私達は人間なんかには決して負けないわ」
声を高らかに宣言しているフィリアを尻目に紫音は別のことに疑問を持っていた。
「なあ、今の話の中に魔道具って言葉が出てきたが……もしかしてこの世界の奴らは魔法が使えるのか?」
「今さらね。魔法適性の有無で使えない種族はいるけど大体の種族は使えるわよ」
「なるほど」
魔法という存在は前の世界では空想の産物であったがこの世界では実在する。そんな夢のような事実を突きつけられ、次第に紫音の目は輝き始めていた。
「さっそくで悪いけど、なにか魔法見せてくれないか?」
「……見せてくれないかってあなたもう見たじゃない」
「……は?」
まったく見に覚えのないことを言われ、思わず気の抜けた返しをする。
「ほら、私が竜化していたとき炎を吹いたでしょ。あれも魔法の一種なのよ」
「……え、あれがそうなのか? 呪文を唱えていた素振りなんか全然見えなかったが」
「あぁ、そういうことね。確かに魔法には詠唱が必要だけど、私が見せたのは詠唱が必要ない……いわゆる無詠唱の魔法なのよ。」
そこで、一呼吸を入れつつ魔法の説明に入る。
「私が炎を吹く前に大きく息を吸ったでしょ。あれは空気中にあるマナを取り込み、体内にある火のマナに与えることで炎を吹くことができるのよ」
「……そのマナっていうのはなんだ?」
「マナとは魔法を発動させるために必要なエネルギーみたいなものよ。今この場所にも目に見えないだけでいたるところにあって魔法を使う際になくてはならない存在よ」
前の世界で例えるなら酸素みたいなものかなと、紫音はマナの存在についてこの世界では重要なものだと認識した。
「……とりあえず、大まかなところだけど、これがこの世界のことについてよ。……それであなた、これからどうするつもり?」
「……えっ? どうするって?」
「これからどうやって生きていくのかって訊いているのよ。あなた異世界から来たって言っていたけど元の世界に帰るつもりなの?」
……元の世界。
戻る方法はもちろん分からないし、たとえ戻れたとしてもあんな生活はもう二度と送りたくない。そんな気持ちを抱えながらフィリアの問いかけに答える。
「いいや、帰らない。この能力についてまだまだ調べたいこともあるし、魔法があるなら俺も使ってみたいとも思う。今の俺にはこの世界でやりたいことがたくさんあるからできればこの世界で生きていきたいんだ。……それに、元の世界に戻っても死にたくなるような日々を送るだけの生活になるだけだからな……」
「そう。それならあなた、行く宛はないのよね?」
「ん? ああ、そういえばそうだったな」
フィリアの言葉に今さらながら気付かされる。
この世界で生きていくならば、どこか拠点となるような場所を探す必要がある。寝るだけならば野宿という考えもあるが、知識が乏しい状況である今のままでは大変危険である。どうしたものかと、紫音が悩んでいる中、フィリアの次の言葉が紫音を救った。
「それなら、私の家に来なさい」
「……えっ? いいのか?」
「えぇ、もちろんよ。この森は私のナワバリよ。誰にも文句なんか言わせないわ……。それにこの世界のことについてまだ教えていないこともあるし、なにより私自身、あなたのことを気に入ったからよ」
まるで紫音にとって救いの神にでもなったかのような言葉を並べているようだが、内心では不敵な笑みを浮かべていた。
(この子の能力は使えるわ。もしも、他の種族にもあんな馬鹿げた力が出せるなら私の計画の手助けになるはず。絶対に手放してなるものですか)
そんな悪巧みを胸の内に秘めているとは露知らず、紫音はフィリアの誘いに喜んで受ける。
「これからよろしくな、フィリア」
「えぇ、こちらこそよろしくね、紫音」
ここで二人は固い握手を交わす。
そしてフィリアは自分の住処に案内するために再び竜化し、背中に乗るようにと紫音に指示する。
「大丈夫なのか? 俺が乗っても」
「問題ないわよ。そもそも人間を背中に乗せるなんてめったにないんだから光栄に思いなさい」
そこまで言われた紫音は、不安を抱えながらフィリアの背中に乗る。その背中は意外に固く、お日様のような暖かさを感じた。
紫音が背中に乗ったのを確かめると同時に羽をバサッと横に広げ、勢いよく飛び立つ。
――これから紫音が住む住処を目指して。
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