第9話 妻

 レイが娘の友達だと分かり、レイと会う日は俺の家族の話も多くなっていった。


「最近学校でクラス替えしてから長澤さんと仲良くなったんです。優しくて話してて楽しいからいつも一緒にいるんです」


 家での娘の俺への態度を考えると意外だった。


「そうなんだ。うちでは俺に全然優しくないのに」


「まあまあ、反抗期なんじゃないですか?うちは反抗できる父はいないのでうらやましいです」


 そういうとレイは悲しそうに笑った。その表情が胸に刺さってなにも言えなくなってしまった。すると、レイは慌てたように話を変えた。


「長澤さんからお母さんの写真見せてもらったんですよ。うちのお母さんは美人だって自慢してましたよ。ほんとに美人な方で雪人さんにぴったりですね。」


「ありがとう」


 褒められたようで何か少し恥ずかしかった。そんな風に俺はレイと充実した日々を送っていた。


 そんなある日、レイから大事な話があると呼び出しを受けた。大雨が降っていたけど構わず向かった。レイの家に着くと彼女は暗い顏で俺を出迎えた。


「大事な話って何かな?」


 そう聞いてもレイはうつむいて何も話してくれなかった。外では雨の音がただただうるさかった。五分くらい経つとレイはやっと口を開いた。


「あの、言うか言わないか迷ってたんですけど、何も知らないでいる雪人さんがかわいそうで…。わたし見ちゃったんです。」


 その言い方はなんとなく怖かった。この先何かが変わりそうで…。


「雪人さんの奥さんが…別の男のと手をつないで歩いているのを見ちゃったんです!しかも、ホテルまで入っていきました…」


「まさか、見間違えじゃないのか?」


 レイは違うとばかりに首を振って、スマホを取り出した。


「あんな美人な人間違えるはずないです。信じてもらえないと思って、写真を何枚か撮ってきました」


 写真を見ると、本当に妻だった。きれいな服を着ておしゃれをして、チャラそうな男と手をつないで歩いている写真。道端でキスしている写真。ホテルに入っていく写真。確かに最近はほぼ毎日のように出かけると思っていたが…。ショックが大きすぎてなにも言えず固まってしまった。


「雪人さん!雪人さん!大丈夫ですか?」


 レイに揺さぶられて我に返った。


「ごめんごめん。大丈夫だよ。でもね、そんな気はしてたんだ。毎日のように出かけるしさ、お金も結構使ってるみたいだし、携帯も俺に見えないように必死で守っててさ…こんなことしてたんだ」


 今回は現実味がわかなくて涙は出てこなかった。すると、レイは俺の手を握って話しかけてきた。


「雪人さん!離婚しましょう!これは立派な裏切りですよ」


 離婚か…。考えたこともなかったなあ。


「レイ。せっかくの提案だけど離婚はしないよ」


 レイは驚きで目を見張っている。レイの手を優しく握り返して俺は話した。


「俺さ、プロポーズの時に何があっても奥さんのこと絶対幸せにするって言ったの。でもさ、浮気してるってことは俺幸せにできてなかったってことだよね。ここで逃げないで、ちゃんと幸せにしてあげたいと思うんだ」


「何でですか!?裏切られているのに何で行動しないんですか?怖いんですか?今の日常が壊れるのが。」


「それもあるけど、奥さんのことをまだ愛してるからだよ。どんなに俺のことをひどく扱っても少しは愛情があるんだ。」


 それを言った瞬間レイはうなだれた。そして、握っていた手を離した。


「ごめんなさい。何も知らないのに失礼なことを言ってしまって。」


「いいんだ。今日は帰るね。俺のことを心配してくれるのはわかるけど、冷静になろうよ。じゃあ、また今度ね。」


 レイはうつむいて座ったまま玄関で見送りもしてくれなかった。俺はまた一段と強くなった大雨の中歩きだした。


 うちへ帰り、いろいろ考えた。妻のこと、レイのこと。レイは俺のために色々考えたのに冷静になれなんて失礼なこと言ってしまった。それがどうしても心に引っかかってしまったので、ラインを送ることにした。


「今日はありがとう。色々言ってくれたのにごめんね。」


 そのメッセージは既読が付いただけで何も返事は帰ってこなかった。その後何週間っ経っても、レイからLINEは来なかった。

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