第3話 少女の部屋

 少女の部屋は二階の角部屋だった。通された部屋は少し狭くて、テレビと机と少しの小物ぐらいしかなかった。素っ気ない部屋だったが、部屋にはかすかに柑橘系の甘い香りがした。


「これで拭いてください」


と少女からタオルが渡された。


「少し待っててくださいね」


そう言うと少女は部屋を出ていった。タオルで濡れた服を拭いているとやっぱり部屋と同じ甘い香りがしてきた。心地よくて落ち着く香りだ。


 もっと嗅ぎたくてタオルに顔をうずめていると、部屋の外から少女が近づいてくる音がした。慌てて顔をタオルから離す。こんなところ見られたらただの変態だ。


「お待たせしました。お夕飯まだかなと思って軽食も用意しました。どうぞ食べてください」


 少女が持ってきてくれたのはサンドイッチと暖かそうな紅茶だった。残業の後何も食べてなかったのでありがたかった。


「ありがとう。何も食べてなかったんだ。いただきます。」


 サンドイッチはハムとレタスを挟んだだけのものだったが、最近食べたものの中で一番おいしかった。


食べ終わったあとは、お互いに喋らず、沈黙が続き気まずかった。どうしたらいいかわからず、俺から話しかけてみることにした。


「いつもあんなことしてるの?」


「え?」


「その…お金もらって遊びに行くみたいな?」


緊張していたためか俺はまた余計な質問をしてしまったようだ。少女は俯いて黙ってしまった。


また気まずい雰囲気になってしまった。余計なこと言わないように俺は黙るしか無かった。しかし少女はうつむいたまま話しかけてきた。


「あなたは今幸せなんですか?」


 それを聞いた瞬間、胸が締め付けられるような気がした。素直にうんとは言えなかった。


「俺さ、妻がいるんだ。高校の時から付き合ってた。とても優しくて幸せにしたくなるような素敵な女性だったんだ。だから、頑張って勉強して、良い大学に入って、しっかりとした大きい会社に就職したんだ。内定が決まった時、妻に報告したら自分のことのように大喜びしてくれて、今までの努力が報われた気がしたんだ。そして、その日のうちにプロポーズした。その後も、ずっと幸せな生活を送っていたんだよ。でも今の俺は…」


 少女は俺が話し始めると顏を上げ、俺の目を見て真剣に話を聞いてくれた。その後は俺の今の状況を話した。娘を産んでから妻がおかしくなったこと、今や家庭内では妻と娘対俺になっていること、残業で遅くなっても家に帰ったら家事をしなければならないことなどを話した。話しているうちに目頭が熱くなってきた。泣くのをこらえたいのに話すのをやめられなかった。


「今の俺って幸せなのかな?俺何か間違っていたのかな…」


 もう少女の顏は見えなくなっていた。ひざにぽたぽたと涙が落ちるのがわかった。いい年した大人が泣くなんてとも思ったが、なぜか少女の前では安心して泣くことができた。


 すると、少女は俺に近づいて、なんと俺を抱きしめた。タオルとおなじ甘い香りがした。


「え?え?」


 いきなりのことに俺はパニックになってしまったが、少女はそのまま俺の頭をなでてくれて、落ち着きを取り戻した。


「大丈夫、あなたは何も悪くないよ」


その言葉を聞いた瞬間俺は少女を抱きしめながら大泣きしてしまったのだった。

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