第38話
◆
辺りは薄暗くて、何もない。ただただ広がる闇の空間の助けは空から明る月の光だけだ。
足元はがさりとした感触、草だろうか。
私はそっとあたりを見渡す。
小さな光が見えた。駆けてくる足音と、呼び声。
「メイ、メイ!」
私の道しるべだ。
「サリュ!」
叫ぶと同時に光が私を照らし、そして、サリュの姿を照らす。
そのまま抱きしめられて、私のその背中にそっと手を回す。
「会えた、な」
「うん。サリュのせいじゃない。私はサリュに生かされてたんだ」
世界は広く、私の見ているものと見えているものでしか構成されない。けれど、見えていないところにも存在するのだ。見ようとすれば、きっとそれは見える世界なのだろう。
「夜が明ける」
「うん、サリュ、行こう」
今度は砂漠じゃない。星が見える丘から、私達は街の灯へと、向かった。
『元の世界に戻る方法が分かった? ああ魔女に会えたのか。だが元の世界では死んでいるかもしれない、だと? だったらわざわざ戻ることないだろう』
『魔女の言っていることが真実とは限りません』
『だからいちかばちかで戻ると?』
『いいんです、私はそれがいいんです』
『そんなことは許さん、死ぬ可能性があるなら行かせることはできん』
『まあまて団長。さっきから話を聞いて思ったんだがな、もう一度メイを呼ぶ事が出来るんじゃないか? 魔女は石を持っているんだろう? それを買って、サリューが精霊を呼べばいい。一番必要としている精霊が来るんだろう? もし元の世界で死んでいれば今度は戻らなければいい。もし死んでいなければ、もういちど魔女に戻して貰えばいい』
『そんな都合よくいくか?』
『だが、他に手はないだろう?』
『あの、魔女の石ってすっごく高いし、サリュだってそんな何個も買えないような……』
『石買います』
『サリュは腹を決めたな。メイ、どうだ、いいか?』
『――はい!』
カピバラさん宅で紅茶を飲みながら、そんな話をする私達に、目の前の三人は口を大きく開いたままで聞いている。しばらくの沈黙のあと、一番に口を開いたのは、カピバラさんだった。
「それで、メイは死んでいたのか?」
「あ、はい」
「よく、戻ってこれたな!」
「サリュが、呼んでくれたから」
一番必要としている精霊、それが私になる可能性がどれだけあったか分からない。それでもサリュは本気で私を呼んでくれたんだということは分かっている。
「はー、別の世界って、はー、だからメイは妙な物持ったりしてたんだな」
「ごめんね、黙ってて」
「いやまあ、言えないよな、そんなこと」
溜息と同時に眩しいくらいの笑顔をくれたのは、カツキだった。
「知ってれば、もっと力になれることもあったかもしれないのに。ごめん、メイ、何も知らなくて」
「いや、黙ってたの私だから、アイジ君が頭を下げることじゃないし、むしろアイジ君には本当に本当に感謝してる」
だってアイジ君はサリュが魔女から二回目の石を買うとき、条件だっていって魔女とデートさせられたんだから。
「本当にありがとう」
「いや、それは全然なんてことないんだけど。いい人だったし、魔女さん。けど団長の知り合いって言われたから一日つきあったけど、そういうわけだったのか」
魔女にそんなこと言えるアイジ君が一番いい人の気がするけど。
そして、だ。
「で、私のことはこれで終わり。今度はこっちが聞く番ね。なんで、ここに居る訳!?」
旅の団は次の地へと旅立ったとサリュから聞いた。サリュは私のことがあったから、しばらく抜けることになったらしい。で、カツキとアイジ君はどうしてここに残っているのか私には訳がわからない。
「なんでって、サリューが残るって言うから」
「カピバラももっと曲くれるって言うし」
「団長に直訴して、残して貰ったんだ」
「休暇ってことになってる」
「けど、団長はメイが戻ってきてこうなること分かってたんだよねえ」
「だからすんなり残してくれたんだろ」
カツキとアイジ君が交互に喋るのを追っかけるだけで精いっぱいだった。サリュも微妙な顔してるけど、あんたは知ってたのよね!? カピバラさんちで二人を見たとき私ほど驚いてないと思ったわ!
「サリュ」
「いや、まあ、どうせすぐ会うしわざわざ言うことでもないかと思ってな」
「言うことだわ! で、これから団長達を追うのね?」
「いやそれだが、せっかく休暇貰ったんだし、もう少し残ろうという話になった」
「はあ」
「俺が新しい曲をもっとかいてやろうと思ってな」
カピバラさんがピアノの前に座る。聴いたことないメロディーが流れて、三人が一斉に唄い出した。踏み出した一歩から、歩きだす歌。タイトルは「君」。
私はこの世界で歩きだすんだ。三人の歌が私の道しるべだ。
彼らを見ていると、何でもできるような気分になってくる。
ああ、だからアイドルはやめられないんだ。
終
異世界でアイドル育てます 高樹ヒナコ @hinakotakaki
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