第37話


 私を送るという名目でサリュだけは私についてきた。


「もうすぐ夜だな」

「もう酒場行こうかな。ごはん食べよう」

「そうだな」


 サリュは静かだった。

 最初から最後までサリュと一緒だったな。

 魔女の話が本当なら、私は死んでいるから、サリュにこの世界に呼ばれて生きてるってことになる。その方が、この優しい人を傷つけずに済むんだけど、私死んでるってのはちょと嫌だなあ。


「メイ」

「はい」

「あまり、その、見つめるな」

「ああごめん、綺麗な顔だから」

「またそれか。いや、う、まあ、お前がそういうなら、そうなんだろうが」

「うわ、イケメン自覚」

「お前がそうしたんだろうが。人前で歌わせたりっ、こんな俺は知らなかった。お前が来てからは知らない自分とばかり出会う」

「そりゃ悪かったね」

「違う」


 サリュは私を見つめて、それから抱き寄せた。ここ、外だし、道の端っこでも人目があるんですけど!


「ちょっ」

「離したくないと言ったら、怒るか」


 そんなの。

 本当は、私だって、思ってる。

 もっとサリュと居たいって思ってる。

 けど、このままじゃサリュはずっと、私に罪悪感を覚えながら生きていくんだ。

 だったら私は居ない方がいいんじゃないか。無事戻れたらサリュの負い目はなくなるし、もし、もしもだけど、魔女の言うとおり私が死んでたら、サリュはむしろ死んだ私を生き返らせてくれた恩人になる。どう転んでもサリュの罪悪感は消えるんだ。だったら、私は魔女に乗る。私が元の世界を選んだのは、そういう理由だ。言わないけど。


「サリュ、今更だけどさ、何で、前に、その、キスしたの」

「っ、言わねば分からんか?」

「うん」

「――お前を、その、想っている、からだっ。カピバラより団長より、俺の方が、絶対にお前を……笑うな!」

「ごめん、だって、嬉しくて」


 ぎゅうとサリュを抱きしめ返すと、もっと強く抱きしめ返された。

 もっと早くこうしてれば良かった。

 サリュの気持ちは嬉しい。たとえ、そこに罪悪感とか負い目とか保護欲が絡んできたとしても、私を想っていると言ってくれた言葉は嘘じゃないと思う。そういう嘘は苦手だと思うから。

 初めて貰った告白が異世界のイケメン王子様からって、私すごくない?


「私もサリュが好きだよ」


 もっと早く気づけたら良かったな。近いと見えないものなのかもしれない。でも会えてよかったから、私は胸をはって魔女に会いに行こうと思うんだ。





 夕暮れは刹那。そして切ない。

 酒場には約束通り魔女がいてくれた。私達を見て驚いた顔をする。


「来ると思わなかった。想像以上に愚かだな、女、お前死ぬぞ?」

「死なないかもしれないから」

「まあ、お前が決めることだ」


 魔女に誘われて酒場を出ると、あっという間に訪れた夜の空には輝く満月があった。


「ふん、心地よい」


 魔女はどんどん歩いて街からでた。


「あの丘にしよう」


 それはフェスをした丘だ。旅の団のキャンプが見える。早くも懐かしくて、ちょっと泣きそう。


「さて女、サリューとの別れはいいのか」

「はい」

「では手を出して。この玉を握れ」

「玉って、石ころに見えるけど」

「これは精霊の国の石だ。ここへお前を戻す」


 本当にただの、河原とかにある角のとれた石に見える。宝石とかの方がそれっぽいのに、現実はこんなものなんだろうか。元の世界から持って来たトートバッグをぎゅと握って、私は魔女の手から石を貰った。


「メイ、――元気で」


 サリュが綺麗な目を細めて、まるでアイドルみたいに、綺麗に笑った。


「うん、サリュも、頑張ってね」


 魔女が何か唱え始める。映画で見たことある、魔法の呪文みたいだ。すごい、本当にこういうのなんだ、ここへきてファンタジーだ。


 そして。


 私は、はっきりと思い出した。





 金属音、悲鳴、気配。

 何かくずれる音がした。

 上からだ。

 見上げる。

 何か大きな影が迫ってくる。

 悲鳴が聞こえる。

 学校帰り、建築現場の側を通って、上から何か落ちてきた。多分、鉄骨だ。痛みの覚えはないから、即死だったのかもしれない。

 気がつけば、砂漠にいた。


 私は、死んだのだろう。

 魔女の言うとおり。




 魔女の魔法を唱える声が聞こえる。

 私は元の世界に戻る。

 

 世界ってなんだろう。

 私の見ているもの、見えているもの、それだけが私の世界だ。次生まれたら、もっとたくさんのものを見て、たくさんのことを学んで、世界を見たい。広い、広い、果てなく広い、そんな世界を。でもきっと、またダブルを好きになるんだろうな。私にとってアイドルは、そういう道しるべ、輝く星なんだから。



 目の前が真っ暗になる。

 悲鳴が聞こえる。

 ああ、私、戻ったんだろうな、あの、死んだ瞬間に。魔女、すげえ。

 真っ暗のまま。

 お母さんとお父さんの鳴き声が聞こえる。

 泣かないで、大丈夫、世界は、広いんだ。私達の知らない、そんな世界もあるんだ。

 私はそんな世界の一つに、確かにいるから。だから泣かないで。

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