第36話



 カピバラさんは家にいて、すんなりと私達を招いてくれた。


「なんだメイ、おまえの方から尋ねてくるなど、無礼者め」

「カピバラさんのピアノが忘れられなくて」

「ふん、世辞などいらん」


 そんなこと言いながら嬉しそうなんだけど、この人、案外素直なのかな。ジールさんが出してくれた紅茶を飲みながら私は目的を切り出す。


「曲を作って欲しいんです。この前、カピバラさんのピアノで歌ったサリュ、すごく良かった。きっとカピバラさんと合うんじゃないかと思って」

「何故、俺がこいつの為に曲を」

「カピバラさんは音楽を好き、ですよね。でも市政に関係ないからって、諦めたんですか? それでも、音楽が好きで、だからピアノもこんなに綺麗だし、練習もしてるんじゃないですか。ピアノやってた友達が言ってました。ちょっと練習さぼったら指が動かないって。でもカピバラさんの指はすごく綺麗に動いてたから、本当は音楽家とかになりたかったのかなって。私達はカピバラさんの夢を叶えることはできないけど、カピバラさんの曲をたくさんの人に聴いてもらうことができます。世界を旅しています、カピバラさんの曲は世界に広がります。どうですか、面白いと思いませんか」


 カピバラさんは長い間黙っていたけれど、そのうち小さく口もとだけで笑ってから、


「分かった、乗ろう」


 と言ってくれた。


「どうせあの三人に歌わせるんだろう、だったら構成も考えさせろ。中心はサリューだ」

「そんな勝手な」

「分かりました。私もセンターはサリュで考えていたので、さすがカピバラさん」

「――もう勝手にしろ」


 サリュは頭を抱えていたけど、私は曲の仕上がりが楽しみで仕方無かった。




 カピバラさんからの呼びだしがあったのは、二日後だった。


 その間、私は団長とダジマさんにことの顛末を報告して、三日後に元の世界に戻ることを伝えた。団の皆にはうまく説明してくれた。送別会みたいのまでしてくれて、本当に感謝しかない。ニーナが泣いてワカバも泣いて、なんだか私も泣いて、皆が泣いてくれて、なんて幸せなんだろうと思った。 



 それから、カツキとアイジ君には謝った。


「私の勝手でアイドルとかやらせたくせに、一抜けしてごめんなさい」

「メイがいなくなったら心細いけど、なんとか三人で頑張ってみるよ」

「メイ、本当に、行っちゃうの? もっと一緒に旅したかったのに」


 カツキがそう言って半泣きだったのは意外だったけど、嬉しかった。


「あの、最後に新曲やろうと思って準備中だから」

「最後まで厳しいな、メイは」


 ちょうどカピバラさんからの呼びだしがあったのはその時だった。

 三人でカピバラさん宅を訪ねて、新曲を聴かせてもらう。


「おお、ピアノ」

「初めて見た」

「そうなんだ?」

「こらごちゃごちゃうるさいぞ、一度ひく。主旋律が分かるように弾くから、ちゃんと聴け」


 そういってカピバラさんは弾いてくれる。最初は静かなメロディー、徐々に盛り上がって、サビでは未来を感じさせるような心地いいメロディーが広がる。ミディアムテンポのバラードっていうのかもしれないけど、でも寂しげじゃなくて、踏み出したいと思っているカアサにはぴったりだった。カピバラさん、凄い。


「すげえ、好き」

「いいと思う」

「まあ、悪くない」


 三様の感想を聞いてから、カピバラさんは構成の説明を始めた。サリュをメインとして、カツキとアイジ君のパートを割り振って、ハモル旋律も弾いてくれて、結構完璧だ。さすが。それにすごく楽しそうだった。このひと、本当に市政とかよりこっちの方が輝けるんじゃないの? 


「メイ、ぼーっとしてる暇はないぞ。曲は用意してやった、歌詞はどうするつもりだ」


 あ。

 完全に、うっかりしてました。


「メイっ」

「いや、あのごめん、だって急だったし」

「こうなったら今から作るしか」

「一晩で?」

「四人で考えればなんとかなるだろ。――別れる前に、聴かせたいだろ、新曲」


 サリュの言葉にカツキとアイジ君が頷いて、


「いや、五人だ」


 何故かカピバラさんも加わってくれた。


 テーマは新生。踏み出した足で歩きだすイメージ。元の世界だったら卒業からの新生活とかからイメージして歌詞書く感じかな。この世界ではそういうのあるのかな。

 もっと、この世界のことを勉強すればよかった。そうしたらもっと言葉が出てきただろうにな。もし元の世界に無事戻れたら、もっとたくさんのこと勉強したい。

 一晩かけて歌詞はなんとか形になった。


「一眠りしてから披露といこう」


 カピバラさんの言葉が合図みたいに、皆でふかふかのソファに倒れ込むと、あっという間に眠ってしまった。私も寝ようかと思ったけど、時間がもったいなくて眠るのはやめた。

 カピバラさんの屋敷からでて、早朝の街を散歩しながら、ぼんやりと景色を眺める。綺麗な街だ。もっと世界を知れば良かった。


 カピバラさん宅に戻ると皆は起きていて、カピバラさんのピアノに合わせて練習していた。

 昼過ぎまで続いた練習のあと、たった一人の観客にむけて、カアサは新曲を歌ってくれた。

 歩きだす私に向けられたみたいな、希望の歌だった。泣きそうだったけど、涙はみせたくなくて、ずっと笑って、そして皆と別れた。

カアサは大丈夫だ、きっとこれからも歌っていくんだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る