第34話
☆
城での興行を終えた旅の団は、そのまま前の街まで引き返した。市長からの申し出もあって、あと数日、街で興行をと頼まれたからだ。その前に、団長から休みを取るようにって言い渡された。
「ここのところ怒涛だったからな、今日と明日は興行の訓練も行わず、休息するように」
裏方もそれは同じことで、調理班も今日は休み、食事か各自、街で店に入るなり、買ってくるなりするようにってお達しだ。
「メイ、どうする? せっかくだし、市に行く?」
「そうだね、ニーナは行きたいところある?」
「市場をゆっくり見てみたいよね。変わったものあるかな」
確かにそれはわくわくする。ニーナの目になって色んなものを見て伝えてあげたい。
私達だけで買い物にはいけないからサリュに同行を頼むと、めずらしく文句一つ言わずに引き受けてくれた。いつもなら「面倒だ」って絶対言うのに。
「俺も市は見てみたい。それに、魔女がいるかもしれないからな」
そういえば色々ありすぎて、頭の隅っこにいってたけど、この街で魔女に似た人を見つけたんだった。
魔女――もし本当にいて、何とかなって元の世界に戻れることになったら、私は、嬉しい、のに、なんでちょっとだけ微妙な気分になっているんだろう。皆と仲良くなったから、寂しい、それだけ?
「メイー、行くよ」
「あ、うん」
ニーナに呼ばれて、サリュとニーナと三人でつれだって街へ向かった。
市場は相変わらず賑わっていて、人が多い。ニーナの手を引いて人に当たらないように歩く。
「メイ、何か嗅いだ事ない香りがする」
「あ、これは、何だろう、香辛料かな?」
黒くて小さな粒はブラックペッパーに似ているけど、黒コショウならキャンプでも使っている。この香りは、うん、山椒に近い。あんまり使ったことないけど、どうやって使ったら美味しいんだろう。やっぱ肉焼き?
「ニーナ、買ってみる? 結構安い」
「うん、買って。あと、見たことない野菜あったら欲しい」
「野菜ね、もうちょっと先の市にあったかな」
野菜を売っていそうな露店を探してサリュに指さしで教えて、コショウ屋さんから離れた、ときだった。サリュが弾かれたように振り返り、後ろにいた人の腕を掴む。
「さっきからついてきているが、何か用か!」
サリュに腕を掴まれた男の人が悲鳴をあげ、その声にニーナが息を飲んでいる。
「ちょっとサリュ」
「この男はさっきからついてきていた。今は手を伸ばそうとしたな? 俺の連れに用事か」
男の人は頭からマントのフードをかぶって、結構怪しい。
「あの、ニーナに、少し」
「ニーナ、知り合いか」
サリュの厳しい声に見ーナは小さく頷いた。
「あの、何で、ここに」
「この間は殆ど話せなかっただろう、どうしても、もっと、話したくて」
男の人は小さく咳払いなんてしながらニーナの前に立ってそっと手を差し出す。それに同じようにそっと手を伸ばしたニーナが
「スズミ」
小さく呟いた。
「あのっ、彼女は責任をもってキャンプまで送るから、少し、二人にさせて貰っていいだろうか」
男の人、スズミさんはマントのフードを脱いでサリュに頭を下げ、ニーナも同じように頭をさげている。手は握ったままで。これは、つまり、つまり?
「必ずその言葉を守ってくれ。あんたにも立場があるだろう、よその団員に危害を加えることはないと信じよう」
「恩にきる」
スズミさんはニーナの手を引いて、市場の喧騒に消えて行った。置いてけぼりの私は色んなことから置いてけぼりだ。
「サリュ……スズミさんって、ニーナの、その」
「あれは赤の団の副団長だ」
「そうなんだ――は? え、え?」
「ニーナとどういう関係かは知らんが、信頼は出来るだろう」
「そうなんだ?」
ニーナ、きっと、あのひとが好きなんだな。二人は恋人だろうか。前に団長からの御褒美には赤の団を見たいって言ったって、聞いた。なんかさっきのニーナ、すごく可愛かった。
「メイ、どうする、帰るか?」
「え? ああそうね、せっかくだし二人で市場見て行こう」
「まあ、魔女の手掛かりもあるかもしれんしな。迷うなよ」
「分かってるって、今度は絶対離れない」
「だったら手を出せ」
そんなことを言いながら私が手を出すより先に、サリュは私の手を握った。指と指の間に指が絡んで、おもわず「ひっ」ってなった。これって「恋人繋ぎ」じゃんか。サリュが知っている訳ないけど、でも、こんなの、意識せずにはいられない。こんな風に手を繋いで買い物なんて、デートみたいだ。そう言えばすっかり忘れてたけど、私サリュに、キス、されたんだっけ。
「サリュっ」
「野菜見るんだろう」
「うん、そうね」
サリュは私の手を引いて歩く。私は黙ってその隣を歩く。この人は一体、どういうつもりでキスしたんだろう。前に抱きしめられたとき言われたみたいに「間違えた」んだろうか。なんかそう言われるのが嫌で聞くのが怖い。
「メイ、買い物が終わったら酒場で昼食にしないか」
「酒場? サリュが一緒だからいいと思うけど、なんで酒場?」
「魔女の情報があるかもしれん」
そうか、サリュは本当に魔女を探してくれているんだ。それは責任からだろう。私を本当に元の世界に戻したいって思ってくれてる。サリュは優しいから。何故か胸が痛んだ。
市場での買い物を終えて、サリュに連れられ酒場に向かう。前に団長に連れて行ってもらった街の酒場と違って、この街の酒場は雑然としていなくて、ファミレス見たいな感じだった。街の雰囲気と酒場の雰囲気は比例するのかもしれない。前は団長がずっとしっかり肩を抱いてくれてたけど、ここではサリュが手を握ったままだった。
「何を食う?」
「せっかくだから変わったものあるかな。メニューあるの?」
「めぬ?」
「あー、一覧的な」
「ああこれか」
最近は文字の勉強の成果がでてきてまあまあ読めるようになった。サリュと頭を突き合わせてメニューを見る。メニューといっても魚か肉か焼くか煮るか、みたいなシンプルなやつだ。
「じゃあ、焼いた魚食べたい。サリュは? サリュ?」
サリュはいつの間にかメニューから目を外し、一か所を凝視している。そして、静かに呟いた。
「魔女」
そのまま立ち上がって私を引いたままで大股で歩く。引っ張られて痛い、けどそんなこと言える空気じゃなかった。サリュはカウンターまで歩くとそこに座っていた黒い服の女性の肩を掴んだ。
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