第33話



 緊張と興奮の中で興行は始まった。この国の王様は漫画とかでみる「ザ・王様」って感じの白髪で髭の恰幅のいいお爺さんって感じだった。その隣には白雪姫のお母さんみたいなお妃さまがいて、その少し後ろにおじさん、多分王様の子供たち――王子になるんだよね――がいて、それから王様とお妃さまの隣に並んで、体格のいいおじさんとか若い金髪とかがいた。それが他国の王族なんだろう。もちろん、ただの余興をする旅芸人に向けての紹介なんてないから、私は大道具の係をやっているジイの側に寄って、王族の説明を聞いた。

 今回ここにいる王族はこの国の王様除いて四カ国らしい。主にこの国から東の王族が呼ばれているらしかった。


「それで、サリュの……」

「ああ、王の左側、金髪の青年がおるじゃろ。あれがアガシ様じゃ」


 そうだと思った。日の光を浴びてきらきら光る綺麗な金髪の男の人は、鋭い目元といい、嫌味が上手そうな薄い唇といい、サリュと似ている気がしたからだ。


「気づかれますかね」

「仮面をするんじゃろ? 大丈夫じゃ。金の髪はいくらでもおるからの」

「気づかれなくて、いいんでしょうか。あの人のせいでサリュは西に向かってるんですよね、なんとか気が変わってくれたらサリュは家に帰れるのに」

「無理だろう。アガシ様はサリュ様を、邪魔だと思っておる。王の威光で直接手を下されてはいないが、本当は殺したいと思っているかもしれん」


 殺すってそんな。母親が違うとはいえ、兄弟なのに、とか、そういう私の理屈なんて通用しない世界なんだろう。サリュはどんな気持ちで今日、歌うんだろう。急に心配になってきた。さっきのサリュはいつもと違って、なんというか、気負っている感じがムンムンだった。話をしに行きたいと思ったけれど、興行は進んでいて、カアサの出番は次だ。そんな暇はないだろう。

 せめて、サリュが「楽しかった」と言ってくれたときみたいに楽しんで歌えますように、と祈っているとき、カアサの出番になる。

 ステージを模した木の箱を並べた舞台にあがり、カツキが深く頭を下げ、両脇のアイジ君とサリュも頭を下げた。今日は自己紹介無しで、いきなり歌に入る。踏み出せ一歩の「RUN」のイントロをナラとゾラのギターが奏で、カツキの第一声、お妃さまが口元に手を当てるのが見えた。これは、掴んだ、かもしれない。そのままアイジ君とサリュの声が重なる。中庭とはいえ、すぐ側には石造りの廊下やテラスがある。それに反響してか、まるでマイクでも入っているくらいに三人の歌声は響いた。


「すごい」

「ああ、これはすごい」


 思わず呟いた私に続いたのはいつの間にか側にいたダジマさんだった。


「えっ、ダジマさん、こんなとこにいていいんですか」


 ここは演者とは離れた裏方の居場所なのに。


「俺の番は終わったし問題ない。それにしても、やはり野外と違って響くな」

「ここも半野外ですけどね」

「カアサは建物での興行が向いているな


 それは薄々気づいていた。やはりマイクがないと外では音が広がりすぎてしまうのだ。フェスのときも、後ろの方は聴こえ辛かったらしい。けどマイクとスピーカーなんてあるわけもなし、無い物ねだりしても仕方ない。

 そのままカアサは二曲目の「ごはん美味しい」を無事終え、三曲目アカペラのバラード「君がいたから」を歌い始める。カツキの導入からアイジ君がハモリをかぶせ、Bメロはサリュのソロが心地良く響く――はずだった。けど、


「サリュ、声が」


 サリュの歌声はいつでも優しく耳触りがいい。だからこそ強いカツキの声とテナーのアイジ君の声と重なったときに、無敵の綺麗な響きになる、それがカアサの凄いところだったんだけど、今日のサリュの声は、今まで聴いたことが無い程に強かった。

 ハモリをかぶせたアイジ君が負けるくらいだ、いや、サビに入って一番響くはずのカツキすら負かそうとしている。気づいたカツキとアイジ君が負けじと声を張り、それは迫力のある歌になっている。

 迫力があるのはいい、けど、これはラブバラードなんだ。三人の調和がとれたハモリを聴かせ、歌詞に共感する歌なんだ。これじゃ、戦いの歌だ。


「どうしたのよサリュ」


 初めて聴く王様達は面白がっているようだった。別に落胆はしていない、そりゃそうだろう、初めてなんだし、こういうものだと思うんだろう。変わったものが好きらしいし、とりあえず王様の不興をかうようなことにならなければとりあえずはいいんだろうけど。

「君がいたから」は三人の戦いの歌で終わり、最後はダンスしながらの「デバイス」だ。

 イントロギターに合わせてカツキが踊りだし、合わせてアイジ君とサリュが踊る。それだけで王族の席はわっと湧いた。フェスのとき以降、この反応は同じで嬉しい。本当に歌いながら踊るって珍しいんだって思える。

 カツキの歌いだしに合わせサリュが続く、はずだった。のにサリュは歌わない。


「えっ、歌詞飛んだっ」


 慌てたようにアイジ君が代わりを歌い、自分のミスに気づいたのか、サリュが慌ててかぶせて歌う。そのあせりのせいか、ダンスがずれた。

 これまでサリュが歌詞を飛ばしたことなんてない。いや、カアサとして興行をして、ミスをしたことがない。カツキもアイジ君も、プロだった。その中でサリュがミスをした。

 こんなの、絶対に、気負いすぎの緊張しすぎのせいだろう。やっぱり様子がおかしいかなと思ったときに声をかけるべきだったんだ。


「――サリューは、珍しいミスだな」


 ダジマさんが顎に手を当て、ちらと私を見る。私はそれに「そうですね」と返すことしかできない。このミスは私のせいでもある。

 それでもなんとか最後まで「デバイス」を歌い切り、カアサは揃って頭を下げ舞台をおりた。入れ替わりで団長が王の前に立ち、興行の終わりを告げる。拍手は大きかった。王様は満足そうで、王族の人達も満足そうだった。


「まあ、余興としては合格ってところだな」


 ダジマさんが私の頭に手をのせ、ぐしゃとかき乱してから団長の元に駆けていく。それと変わるようにカアサの三人が駆けてきた。


「これ、まだ謁見があるであろう」


 ジイに諭され背中を押されながら、カツキが小さく叫ぶ。


「メイ、ごめん、失敗した」

「カツキっ違う、俺のせいだ、俺が、――すまない、謁見は二人でいってくれ」


 サリュが口元を手で覆いながら地を睨んでいる。歯を食いしばる音が聞こえる気がした。何か言ってあげたい、と思う私より先に口を開いたのはアイジ君だった。


「メイごめん、なんとかしたかったけど――話は後だ。サリュ、謁見に行くぞ。三人で呼ばれている。俺達は三人でひと組だ、勝手は許さない」


 いつになく強い口調のアイジ君におされたのか、サリュは首根っこを掴まれるみたいに引っ張っていかれる。


「メイも付いていったらどうじゃ」

「いえ、私は裏方だから」

「アガシ様はサリュー様に気づいたかもしれん。もし何か起きたら、サリューを止められるのはメイだけじゃ。頼らせてくれ」


 そんなこと言われたら断れない。なるだけ目立たないように俯きながらこっそりと三人の後ろについていく。謁見って何かと思えば、演者一人一人に王様直々に声をかけてくれるらしかった。これ、凄いことだよね。なんか、こういうのテレビで見たことある。天皇陛下の園遊会だっけ? あんな感じ。


 剣舞のダジマさんも、ジャグリングのワカバも動物使いのディーノさんも、次々に声を掛けられ緊張したように会話し頭を下げている。カアサの番になって、王様はたくさん褒めてくれた。こんな吟遊詩人見たことがない、歌姫ともちがう、男なのに綺麗だったとか、本当にたくさん褒めてくれた。元が朗らかなカツキと大人なアイジ君がほとんど対応してくれたけど、二人の後ろにいたサリュはずっと頭をさげたままだった。そのとき、王様の後ろから笑い声が響いた。


「確かに珍しいものを見せてもらいました」

「アガシ殿、気にいっていただけましたかな」

「ええ、こんな歌は初めてだ。なに我が城にも歌姫がおりましたので、歌には思い入れがありまして」


 サリュのお兄さん、アガシさんはこっちを見ない。ずっと王様に話しかけている。


「恋うる唄など戦いの唄のようでありましたな、いや面白い」


 どきりとした。見透かされてる。

 王様はよく分かっていないのか、そうだろう凄いだろう、とまるで自分のことのように自慢しているけど、私達はきっと敗北感でいっぱいだった。


 夜は王宮の宴会に呼ばれた。これも信じられないくらい凄いことで、皆、目をしろくろさせながら大広間でみたことない料理に舌鼓を打っていた。私も調理係として、みたことない食材とか研究したかったけど、今は大広間からすぐ出て行ったサリュを追い掛けることが一番だった。

 サリュは昼間興行をした中庭の芝生にぼんやり座っていた。


「サリュ」


 呼びかけても振り返りもしない。聞こえていないのかもしれないし、返事をしたくないのかもしれない。私はそっとその隣に座った。

ちらと私を見て、サリュは黙ったままで空を見上げている。星が綺麗だけど、草原で見る空よりは遠く感じる。


「すまない」

「何が」

「昼の失敗だ。俺はアイツにいいところを見せようと一人勇んで、つまずいた」

「そうだね、あんなサリュ初めて見た。ちゃんと話しとけばよかったね、ごめん」

「何故お前が謝る?」

「サリュも謝るのは私に、じゃないでしょ」

「――カツキとアイジにはもう謝罪した」

「許してくれたでしょ」

「助けられなくてごめんと、逆に謝られた。――一体、どれだけ人よしなんだかな」

「サリュがいい人だからだよ。いい人の周りにはいい人が集まるんだって」

「俺が良い人間のはずがないだろう。これは旅の団の興行なのに私情に走った。ここまで作ってきた唄を、笑われ嘲られた。メイ、俺は、……俺達の歌をアイツに認められたい。妙だな、最初は母の唄を認められたかった。母と父に愛された俺を認められたかった、しかし今は、カアサを認められたい、何故こうなってしまったんだろうか」


 真っ直ぐに私を見たサリュが、苦しげに目を細めている。これ、サリュは本気で言っているんだろうか、本気で分からないんだろうか。なんて、不器用なひとなんだろう。イケメンのくせに、可愛いとさえ思えてくる。


「サリュ、それはさ、サリュが歌を、カアサを好きだからだよ」


 ただそれだけのことなのに、サリュはまるで初めて知ったことのように目を見開き、うすく口を開いている。驚いている、こんな当たり前のことを。


「俺が、歌を――」

「好きでしょ、三人で歌うの」

「そう、だな」

「うっそー、サリューがそんなこと言ってくれるなんて思わなかった!」


 突然現れた元気な第三者の声に驚いて振り返ると、グラスを持ったカツキとアイジ君が私達を見下ろしていた。アイジ君が持っていたグラスをサリュに渡して柔らかく笑う。


「反省会なら皆でやらないと」

「そうそう、今日は大変だったもんね」

「悪かった」

「うん、サリューが走り過ぎた、次からは気を付ける、はい、次。メイ、サリューって本気で歌うとあんなにいい声なんだね、サリューを中心の歌、やらない? 絶対、いいと思うんだ」


 カツキは自信満々に言い放つけど、サリュが嫌な顔をしてる。それを見てアイジ君が笑ってカツキに助け船。


「好きなカアサで認められたい、んだろう? サリュー?」

「うっ、そんなこと、いってないっ!」

「聞きましたー。メイ、俺達もさ、その気持ちは同じなんだよ。三人で歌うの気持ちいいし面白い、だけじゃなくて、もっともっとたくさんの人に楽しんでもらいたいし、認められたい」


 カツキの笑顔が眩しかった。

 私は――こんな笑顔に応えることができるだろうか。

 元々、小さな団でもお客さんを呼べるように何か変わったことをと思って始めたアイドルだった。私の知っているアイドルはダブルだった。ダブルが私の全てだった。

 けれど、カアサはダブルじゃない。ダブルの歌を借りているけど、その歌はカアサのものではない。

 こんなに三人が踏みだしたい、と言っているのに、いつまでもダブルの力を借りていいんだろうか。カアサは何かの模倣ではおさまりたくないところに来ているんだろう。

 私に、何が、できる?

 ただダブルが好きで、その真似を三人にさせてきただけの私に出来ることは――。


 踏み出すだけではなく、歩きださなければならない。


「うん、そうだ、ね」


 見上げた星空が遠い。けれど、まるで何かの道しるべのように煌々と輝いていた。

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