第32話
キャンプは騒然としていた。あれ、前もこんなことあったような。
そのときよりも、騒然としている。
「サリュ、これ、何だろうね」
「さあな――アイジ、これはなんだ?」
たまたま通りかかったアイジ君をサリュがつかまえると、アイジ君はサリュの肩をがっしり掴んで、ぶんぶんと頭を振った。アイジ君がこんな変な動きするのめずらしい。
「たたたいへんなんだ、城からの使者が」
「お城?」
「そうなんだよ、王の前で興行を!」
「えええっ」
この世界では王様って、神様みたいに思われてるんだったよな、その神様に呼ばれたってことは、私が思っているよりもっとめちゃくちゃ凄いんじゃないの!?
「この国の王は新しいものが好きらしいからな――目にとまったのか」
「そうなの?」
流石本物王子様のサリュはそんなことまで知っているんだ。アイジ君が不思議そうな顔をしたから慌てて口を開いた。
「王様の前って、お城の庭とかでやるのかな」
「詳しいことは団長から話があると思うけど、なんか他国の王族とかも招いた会談があるらしくて、その時の余興らしい」
「他国の王様も?」
小さな旅芸人一座が王族の会談に招かれるなんて、この騒然の意味が分かってきた。これは相当大きなことになってきたのではないか。皆の芸はたくさんの人に見てほしいと思ってたけど、こんな急にこんなことになるなんて。
キャンプは騒然としたまま夜を迎え、正式に団長から話があった。
「興行は城の庭園で頭から尻尾まで全部やる。剣舞、動物、手玉、あいどる全部だ。急なことだが五日後だ。城下町まで一日かかるな、急で悪いが明日には出るぞ」
それまで息を飲むように黙りこんでいた皆がわっと湧いて、それからはあっというまに宴会になった。何か作ってくれと言われて調理班は手持ちの食材でつまみを作るのにてんやわんやになった。
「メイ、なんか凄いね!」
ニーナがじゃがいもの皮を剥きながら興奮したみたいに笑う。こんなニーナ初めて見た。ニーナだけじゃない、皆、きらきらの笑顔で、いつもより何倍も笑い声が大きい。これは本当に凄いことなんだ。
なんか、私もわくわくしてきた。カアサが王様にどう見られるか分からないけど、これはチャンスなんだ。どうしよう、変わったことした方がいいのかな、けど時間がなさすぎる。これは話をしないといけないだろうと思った。
とか思ったんだけど、移動してリハーサルしてとかしてたらあっという間に五日なんて経ってしまった。怖っ。
だって城下町って、この間までいた街ともまた違って、とにかく綺麗で珍しいものもあって、調理班としても買いだしとか仕込みとかに追われたし、そもそも皆忙しかった。はっきり言って私を含め、皆浮き足だっていた。
カアサの出番は最後に決まった。新しい曲をする時間もなかったから、持ち歌四曲をしっかり仕上げることに集中した。ただ一つサリュには確認しておかないといけない。
「ねえサリュ、あの、王族が来るって、サリュは顔バレとか大丈夫なの?」
「かおばれ?」
「えーと、サリュの正体が気づかれるとまずいとかそういう」
「ああ……そうだな、まず大丈夫とは思うが、どこの国の王族が来るか分からないから、知っている顔もあるかもしれんな」
「じゃあ顔隠したほうがいい?」
「だが」
「大丈夫、ちょうどね、街で仮面みつけたの! 仮面舞踏会みたいな綺麗な仮面、衣装として映えるだろうなって思ってたから、買っちゃおう!」
団長からは衣装代を貰っている。衣装自体はフェスで着たのでいいから買うなら装飾だと思ってたからちょうどいい。
そうしてあっという間にその日は来た。
呼ばれたのは夕方だったけど、準備もあるし昼から城には入った。
お城ってテレビでしかみたことない。シンデレラ城みたいな外観で、もう、写真撮りたい! 綺麗、すごい、本当にお城なんだなって思う。会場となる中庭に通されて、そこも綺麗な芝生っぽい庭だった。
そこで準備をしているときだった。中庭に面した通路を綺麗な格好をした人達が通る。これは誰にきかなくても分かる。きっと、王族だ。服の布が違う。絹かな、この国でも絹は高級品らしいから、めったに見ないし。団長の衣装くらいだ。
「メイっ、頭下げて、膝ついて」
カツキに引っ張られて慌てて膝をつく。そうか、王族に顔をあげてちゃだめなんだな、江戸時代とかみたいな感じかな。
王族さん達は談笑しながら通り過ぎていった。
「すげえな、王族こんな近くで見るの初めてだ」
まだ俯いたままでカツキがこっそり呟く。
「見たことはあるの?」
「ああ、行軍のときにちょっとだけ。けど、こんな近いの初めてだ。って言うか、俺達が見られる立場なんだよな」
そうだ、私達は皆が神様みたいに思っている人達の前で興行をする。私だったら、ダブルの前で歌うみたいなもんかな、いやそれは本当にやばい。
「やっぱり緊張するよね」
隣にいたサリュに囁いたけど、サリュは何も言わなかった。
「あ、サリュ、知ってる人だった?」
「――兄だ」
「え?」
「兄が来ている」
えっ、サリュのお兄さん!? さっき通ったのはおじさんとおばさんだったと思うけど、私が見てないところでお兄さんもいたんだろうか。サリュに意地の悪いこと言ってむちゃぶりしてるお兄さん。サリュが旅をする原因になっている人。しらない人だけど私の印象は最悪だ。
「サリュ、大丈夫?」
「ああ、俺には気づいていないと思う」
「そうじゃなくて、サリュの気持ちだよ」
「せいぜい感動とやらをさせてやるさ」
そう言うサリュは見たことないみたいな怖い顔で笑った。頑張りますって言う時の顔じゃない気がする、これはなんか、喧嘩とかするときの表情だ。ちょっと嫌な予感がしたが、すぐに準備に戻らなくてはいけなくなって、私はその違和感を放置してしまった。それを後から嫌になるほど公開することになるんだけど。
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