第30話


 街外での興行が成功だったんだ、と分かってきたのは次の日からだった。元々今日は休業日だから皆のんびりキャンプにいたんだけど、朝から色んな人が訪ねてきた。


「昨日の良かったよー。昨日は手持ちがなくて金入れられなかったからさ、今日持ってきた」


 それは街に商売にきた商人で、街に入る前にフェスを見かけて立ち寄ってくれたらしい。わざわざおひねりを持ってきてくれるなんて、と皆でびっくりした。そうこうしてるうちに、なんだか次々と人が来る。

鶏肉の商人とか

「今度はウチの肉仕入れてくれよ」

布屋さんとか

「実は店頭に並ばない生地でいいのがあるんですよ」

調理人とか

「あのタレというやつはどうやって作ってるんだ?」

団長はその対応で忙しそうだ。


「いいカモにされてるねえ」


 ノーラはそう言って笑うけど、どこか嬉しそうだ。こんなに注目を浴びたことがないから、どうしたらいいか分からないとダジマさんは困った顔だった。


「ま、カモはともかく、皆カアサが素晴らしかったと褒めていくぞ? メイ良かったな」

「はい! だって三人すごく格好良かったですから!」


 それはいつでも胸を張って言いきれる自信がある。三人は本当にすごいんだ。

 そして、何より嬉しかったのは、市長からの使者がきたことだった。市長の元へ呼びだされた団長とダジマさんが戻って来た時は皆緊張していたけど、それは「街の広場を使っていい」という決定だった。


「しかも大広場だ」

「そ、れって、赤の団がやっているところじゃ」

「そうだ。赤の団と交代でとりあえず三日、貰った。十分だろう?」

「すげー!」

「大広場って観客席あるよ!」


 すごい。こんなに一気にいい方に転がり始めるなんて、本当にすごい。中広場が駄目になったときは、本当にどうしようかと思ったけど、フェスがうまくいって本当によかった。

 あ、けど、カピバラさんの方は大丈夫なんだろうか。昨日、私は結構なことをしたような気が――。


「メイ、大丈夫だ」


 私の心配に気づいたのか、ダジマさんがこそっと教えてくれる。カピバラさんがしようとしたことは誰かの密告で市長に知れ、しこたま怒られたらしい。今日は市長の隣で静かだったみたい。


「あー、それとお前に手紙を預かっている。一応、中は確認したから渡すが、メイは文字が読めたかな?」

「ちょっとだけです。あ、でも、サリュに読んで貰いま……」


 ふと顔をあげると、キャンプの端のほうに居るサリュと目があった。知らず心臓が跳ねて、思わず顔を背けてしまったけど、これは凄い不自然だった気がする。

 昨日、カアサの唄う「君がいたから」を聞きながら色んなことを考えたせいで、サリュにされたキスのことを思い出してしまっているんだ。忘れていたかったのに。


「やっぱりダジマさん、読んでくれませんか」

「え? 俺でいいのか?」


 その時、団長がダジマさんを呼んでダジマさんは肩をすくめた。


「すまん、あとでいいか」

「あっ、いえ、ダジマさん忙しいから、誰かに読んでもらいます、ありがとうございます」

「すまんな」


 ダジマさんは団長の元へ駆けて行き、代わりみたいにサリュが側にきた。ひい、ちょっと今は側に来ないでほしいのに。


「何か用事か」

「いいいえ、そんな、用事なんて」

「何だ、妙な声出して」

「なななんでもないです、あ、大広場で興行する練習しなきゃですね、ええとカツキカツキ」


 カツキを探しにいく振りで歩を出した途端、焦ったみたいにサリュに肩を掴まれた。その場所が、熱い。


「わあっ、何っ」

「何って、お前、変だぞ?」


 そうでしょうね、変ですよそりゃ。私はね、あんたにチュウされたの思い出してパニくってるんですよ。それなのにあんたはまるっきりいつもと態度が変わらないから、益々パニくってるんですよね!

 と言ってやりたかったけど、勢いよくサリュの顔を見た瞬間にまた心臓が跳ねあがって無理だった。もういやだ、こんなの。


「メイ、持っているのは何だ?」

「えええ? あああ、手紙、そう、カピバラさんの」

「アイツからの手紙? 見せてみろ」


 あ、という間もなく手紙はサリュに取り上げられて、サリュは声に出して読んでくれた。


「昨日はすまなかった。詫びに美味い紅茶を馳走する――こいつ懲りてないな――名を――ただの詫び状だ」

「わざわざ手紙くれたんだねえ」

「こんな紙一枚で許すものか。性懲りもなくメイを家に誘っているしな。次に会ったら斬ってやる」

「けど、謝ってくれるとか思わなかったから、昨日私結構酷いこと言った気がするのに」

「お前の世界の言葉だったろう? どうせ通じてない。何を言ったんだ?」


 う、思い出すの恥なんだけどな。


『カピバラならカピバラらしく可愛くぼーっとしてなさいよ! ああぼーっとしてるからそんな残念なんだ? 誰があの曲作れるって? あれはダブルが二人で作った最高の曲なんだよ! あんたに作れるのなんてトラブルだけでしょう? お金があるとか権力がるとかそんなんで人の心が動かせると思ったら大間違いだから。あの歌はダブルのもので、ここではカアサにしか歌えないから。分かったら黙ってこれ食べてなさいよ、大型げっ歯類!』 



「はっ! お前、そんな事言ったのか」

「反省してる」

「いや、いいだろう、元はあっちが悪い」


 サリュは楽しそうだった。なんか、サリュとはやっぱりこういうのがいい。変に意識したくない。そう思うのに、笑う顔がなんか見たことないくらい柔らかい。こんな顔で笑うひとだったっけ? 


「とにかく、鼠の家になど行くなよ」

「分かってるわよ」


 本当は大広場を下見したかったけど、さすがにやめておいた。





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