第29話


 この声、覚えている。声の方を見ると、思った通りの人が焼き鳥かまどの前で腕を組んでいた。カピバラさんと、ジールさんだ。なんでこんな所に、と思ったけど、その声は焼き鳥を注文したり、食べて感想を言うお客さんの声にかき消されて迫力不足なのが残念な感じになっている。


「おい聞こえているのか」

「ヤキトリ美味いなあ、これは酒が欲しいところだが、無いか?」

「すみません、お酒はなくて」

「聞いているのか!?」


 カピバラさんってば、誰に言っているんだろう。こっちを向いてるってことは私に言ってるのか? どうしよう、変に関わるとまた団に迷惑がかかってしまう。団長もダジマさんも演芸中だから呼べない。もしかして、このタイミングのいい登場は団長が動けない時間を狙ってなんだろうか。それまでこっそりスタンバイしてたのかと思うと、ちょっと面白かった。


「調理長すみません、あの」

「ああ、市長の息子だろう? 知らん顔しとけ。じきノーラが来る」


 調理長の言葉通り、すぐにノーラが来てカピバラさんの前で仁王立ちした。本当は衣装と舞い担当なんだけど、団長とダジマさんの演目中には団長代行をしてくれてるんだ。


「何か用か」

「な、なんだその態度は! こ、こんな場所で興行などしていいと思っているのか」

「許可は市長にとってある。問題ない」

「っ、しかし、こんな外などいつ魔獣がくるかも分からず」

「魔獣避けはまいてある。念の為、戦闘班も待機させてある。そもそも街道なんだから街の方でも魔獣避け、野獣避けはしてあるだろう? 心配は無用だ」


 ノーラさんは一歩も引かないままで、本当にかっこよかった。こんな大人になりたいなって思う。カピバラさんはそれでもなんとか嫌がらせをしたいのか、焼き鳥を掴んで地面に投げつけた。


「こんな得体のしれんものを食わせるなど、絶対に認めん!」


 あ――あ……カピバラさん、地雷、踏んだ。

 ごごごごと効果音でもつけてそうな顔で調理長がカピバラさんを睨み、ノーラの横に立った。


「貴様、食い物を粗末にするなあああ!」


 ああ、怒られた。調理長は食に厳しい。それはそうだろう。この世界で、ましてや放浪のキャンプで毎食を司るのは本当に大変なことなんだ。食材の調達も調理そのものも、片づけも、本当に大変なのだ。だから調理班はとくにそのへん厳しい。もちろん、私も含めて。鶏捌いて串に刺すだけでもどれだけ大変だと思ってんのよ!

 皆の迫力に押されたのか、カピバラさんは後ずさって、その肩をジールさんが支えている。ジールさんはどこか疲れた顔をしていて、この人も大変なんだろうなってちょっと同情したくなった。

 それなのにカピバラさんはまだ頑張る。


「だいたい、興行自体くだらん。赤の団とは比べようもないだろう。なんださっきの、歌? は。奇妙なことをすればいいと言うものではないだろう」


 あ、やっぱ見てたんだ、と苦笑しかけたときだった。


「他の連中は騙せても俺は騙せんぞ。風変りな曲だと思っているんだろうが、あんなものは俺でも作れるし、あんな歌は俺でも歌える」


 ――あんな曲?

 ――俺でも作れる?

 ――あれは「ダブル」の曲なんですが。

 ――俺でも歌える?

 ――三人は練習すごくすごくしてるんですけど。


「駄作だな」

「お前がな」


 思わず反射的に口に出て、あ、しまったと思ったけど、もう遅かった。


「メイっ」


 隣でニーナが服の袖を引っ張って止めてくれたけど、もう無理、我慢できない。


「カピバラならカピバラらしく可愛くぼーっとしてなさいよ! ああぼーっとしてるからそんな残念なんだ? 誰があの曲作れるって? あれはダブルが二人で作った最高の曲なんだよ! あんたに作れるのなんてトラブルだけでしょう? お金があるとか権力がるとかそんなんで人の心が動かせると思ったら大間違いだから。あの歌はダブルのもので、ここではカアサにしか歌えないから。分かったら黙ってこれ食べてなさいよ、大型げっ歯類!」


 私は掴んだ焼き鳥をカピバラさんの口に押し込む。


「カピバラ様!」


 あせったジールさんが口から焼き鳥串を引きぬこうとするけど、それを止めたのは意外にもカピバラさんだった。


「な、なんだ、これは」

「ヤキトリだって言ってるだろ?」

「兄ちゃんもおじさんもごちゃごちゃ言ってねえで食え食え、美味いから」


 周りの人から奢られて、ジールさんも焼き鳥をもぐもぐ食べている。カピバラに至っては二本目だ。


「美味しいでしょう!?」

「ああ、これは初めてだな」


 ジールさんが私を見て、嬉しそうに笑った。美味しい物を食べたときの表情だ。カピバラはどうかと思ったけど、おとなしくもぐもぐ食べている姿が動物みたいで可愛くて、なんだか私の怒りもしゅーっと下がっていった。


「焼き鳥、美味しい?」

「うん」


 うん、って。子供みたいだ。でも嬉しい。やっぱり褒められるのは嬉しい。


「興行、まだあるから、見て行ってくれます? カアサの出番もあるから」

「かあさ?」

「貴方が言うところのくだらない歌を歌っている人達のことです。最後にまだ二曲やります」

「――まあ、聞いてやらんでもない」

「そう言えばカピバラさんって曲作れるんですか?」

「まあな。昔ピアノを弾いていたから、作曲もした」


 え、今、すごく聞き覚えのある単語が出てきた。こっちの言葉じゃない、絶対に元の世界の言葉だった。


「ピアノ! あるんですか!?」

「ああ、家にな」


 ピアノって私は言った。カピバラさんはそれを当り前みたいに聞いた。これは本当に「ピアノ」だ。


「ピアノって、鍵盤ですよね、白と黒の」

「他にピアノがあるか?」


 絶対に私の知っているピアノだ。これって偶然なのかな? そんな偶然ってある? もしかして、この世界にピアノを広めた元の世界の人がいるってことは考えられないかな? いやでも、そんなことある? カピバラさんの感じだと、新しいものって感じでもない。昔から普通にある常識って感じだ。見てみたい。


「あの、カアサの最後の曲、ピアノがあるともっとよくなると思うんです。そういう耳で聞いてみてくれませんか」

「……さっきの曲はそうは思えないがな。旋律が早すぎる。もう少し尖った音のものがあるといいとは思うが」


 この人、本当に音楽やってる人なんだ。それでカアサの、ダブルの悪口言ったのは腹立たしいけど、嘘みたいに落ち着いたし、最後まで落ち着いて聞いてくれたらいいのにな。


「とにかく、許可は取ってあるし安全の問題もない。市長の息子殿、他に話はあるか?」


 これまで見守ってくれていたノーラの一声で、カピバラさんとジールさんは黙って去って言った。ちゃっかり焼き鳥十本買って。


「ノーラ、ありがとうございました」

「半分はメイの叱咤のおかげだろう? 可愛い顔して言うねえ」

「すみません」

「ほめてんのさ。ところで、おおがたげっしるいって何だい?」

「大型の鼠です、私の国ではカピバラっていう大型鼠がいるんです」

「鼠! ははっ、アイツの名前、鼠なのか! いい気味だな!」


 大きく笑うノーラにつられて、そこにいた全員が笑って、不穏だった空気がまた活気ある空間に変わった。興行は剣舞が佳境だ。


「騒がせてすまないね、まだ演目も残っているし楽しんでいっておくれ」


 ノーラさんはお客さんにそう告げて、また持ち場に戻っていった。


「さ、メイも手を止めてないで焼くぞ」

「はい!」


 そして私はまた焼き鳥の戦場へと戻った。

 興行は盛況だった。どんどん人が増え、後ろの人って見えてるかなって心配になるくらいだった。本当のフェスならスクリーンとかもあるし、スピーカーで音も広がるし、居るだけで参加してる感満載らしいけど、ここではそうもいかない。後ろの人まで楽しんでもらうにはどうしたらいいのか、とかキャパが大きくなったときは考えないといけないな、と思った。

 演目は進んで、盛り上がりの中、最後のカアサが出てくる。ここで歓声が上がった。もしかして最初に見て楽しみにしてくれてた人達なのかなと思ったら泣けてくる。


「また出ちゃいました、カアサです、お待たせ」


 カツキが前の方で手を上げて歓声を上げた女の子に向けて指をさし、もっと歓声が上がった。この感じ、お客さんと絡んだりするのも考えられないことらしい。演者は演者、客は客、演目は見るもの、それが常識だ。でもカアサは話しかける。一緒に踊れる、共に楽しむ。それが「カアサ」なんだ。


 後半の一曲は「ごはん美味しい」タイトルはどうにかしなきゃと思いつつ、このままできてしまった。明るい曲調と私の稚拙で身近な歌詞(やけくそ)のおかげでお客さんはちょっとほんわかした。


 そこへきての最後の曲、アカペラで歌うラブソング「君がいたから」だ。

 カツキの声が伸びる、伸びる。

 アイジ君がそれを受け止めて包む。

 サリュがそれをまとめる。

 三重の旋律が絡まって、歌詞を紡ぐ。

 会えない恋人を思う歌だ。誰かにとってはいつか越えてきた経験で、誰かにとってはこれから向かうべき経験で、誰かにとっては憧れる経験で。ラブソングは、だから多くの人に響くんだろう。それをイケメンが歌うんだから、キュンキュンするって――そんな下心は消えていく。あまりに三人の歌が綺麗だからだ。いつの間にか私も「恋」を思った。

 団長への届かない想いだとか、声もきけなくなったヨージへの想いとか、それから、さっきからやたらこっちに笑いかけてくるサリュに対する感情とか。これのどれも恋じゃないかもしれないけど、そんな風に揺らされた。

 きっとここにいて歌に聞き入ってるひとは同じ思いをしているんだろうと、思った。


 カアサの歌で興行は終了し、盛大な拍手と共に、その幕を下ろした。


 夜はまた宴会になった。

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