第28話
当日はそれはもう良く晴れた朝だった。適度な風が心地よくて絶好の野外ライブ日和。興行の予定は赤の団が興行を終えたあとの昼からだ。夜通し仕込みをした焼き鳥はこれから会場の丘まで運んで焼く予定だ。今は戦闘班が魔獣よけの薬をまいているから、それが落ちついたら一斉に準備だ。
大まかな道具は昨日運んだけど、流石に調理班はこれからの移動になる。その前にカアサの様子を見たいと思ったけど、カツキもアイジ君も本業の準備や練習で忙しく、サリュはサリュで大道具の調整とか、ステージにする予定の台の調整とかで忙しそうだった。まあ、私もすぐに
「メイっ、鶏肉運ぶよ!」
呼ばれてそれどころじゃなくなったんだけど。
大体の準備が終わったのは昼前だった。ちょうどそのころ団長はニーナと衣装班を連れて街へ出て行き、しばらくして戻ってきた。
街で宣伝をしてきたらしい。
「んー、反応はイマイチだったな」
まあ、赤の団の興行を見たあとのお客さんは満足しきっているだろうから、これからまた他の興行を見よう、とはならないのも仕方ないか。こちらもこちらで、ステージ台を組んで、テントやノボリをたてているんだけど、脇にある街へ続く道をゆく旅人や商人はちらとこっちを見るだけで足を止めるような人はいない。
「では、そろそろ焼き鳥しますか」
調理長の言葉で私達は焼き鳥に取り掛かった。五つ作ったかまどの上に網を置き、炭火で炙る。鶏肉から油が滴って音を立てる。そこにタレを塗って、あっという間に美味しい香りが広がった。
「あー、とりあえず、食ってもいいか?」
手を伸ばしてきたのは団長だったけど、調理長にぴしゃりと手を叩かれて慌てて手をひっこめてる。
「本日は昼食作る暇ないから各自でなんとかしてくれと頼みましたよね!?」
わあ、すごい迫力。団長はしょんぼりして
「買い忘れたから街にいってくる……」
ちょっと可哀想だった。それに便乗したみたいに、準備に忙しい人達から色々買いだしを頼まれているんだけど、団長をぱしりみたいに? ちょっと皆ハイになっている気がする。せっかくだから私もそれに乗ろう、と団長を引きとめた。
「何だ? メイ」
「あのですね、サクラしてきてくれませんか」
「さくら?」
「あ、えっと、焼き鳥を持っていって食べながら、これ美味いとか、どこで買えるとか、まるで無関係の人が言っているみたいに褒めながら宣伝するっていう」
団長はイマイチ分かってないみたいだったから、仕方なく私が下手な芝居で見本を見せた。
「なるべく人が多いところで美味しそうに焼き鳥食べて下さい。そして大げさに美味しがって、そうだな、一緒に行った人が、それどこで買ったのって質問したら、街の外で興行あるみたいで、そこで売ってるって言いまわって下さい」
まあ正直、それが効果のある宣伝とも言えないが、今は出来ること思いつくことは全部やってみたらどうかと思う。団長と街に買いだしに行くのは演技の上手いリーフとメリルの兄妹になった。今はリーフが怪我中で今回の興行プログラムにはないけど、いつもは二人芝居をしたりしてる旅の団の俳優と女優さんだ。カアサもいつか二人からお芝居ならってみたいと思ってるけど、今はまだまだ歌うだけで精いっぱいだもんな。
とにかく、団長はサクラに行ってくれて、私達はたくさん焼き鳥を焼いた。旅人がちらほらと匂いにつられてやってくる。
「これ、何の匂いだ?」
「いらっしゃいませ、焼き鳥です、一本どうですか?」
「色が変わってるな、何塗ってるんだ? 泥か?」
「タレです。良かったら試食どうぞ」
見慣れないものをいきなり買うのは抵抗あるだろうと思って、試食用意してたけど、それは大当たりだったみたいだ。旅人さんは試食のあと四本買ってくれた。元々、興行に人を呼ぶための宣伝費みたいなもんだから、値段は破格にしてある。利益出るか出ないかくらい。それよりは興行でおひねり飛ばしてくれたほうが単価が大きいから嬉しい。
匂い作戦は順調で、ちらほら人が集まり始めた。興行の予定まであと三十分くらいにしてはちょっと少ないかなってとこだけど、ここが街や村の中じゃないことを思えば十分なのかもしれない。
街から戻ってきた団長は私を見てにやりと笑った。
「メイのさくら作戦はあたりかもしれん」
「反応ありました?」
「俺達の会話に聞き耳をたてていたし、なんなら直接どこで売ってるか聞かれたしな」
だったらちょうど興行の時間には人がくるかもしれない。ひたすら焼いているうちに、興行開始の鐘がなる。銅鑼も響いて、焼き鳥目当てだった人達もそっちを見てくれた。
そこに動物使いが現れる。
たて笛を吹きながら動物を操る姿はちょっとした魔法だ。犬を並ばせて、順々に吠えさせて、走らせて、それと同時に大量の鳩が空を舞う。これ一人でやってるのが本当にすごい。誰も彼の真似ができないそうで、弟子達も動物の世話が専門だ。お客さんも喜んで手を叩いている。動物は子供にも人気だから、帰ろうとしていた家族連れも足を止めたり、なかなかの盛況だと思う。
犬と鳩の後は馬だ。大きな体で小さな輪をくぐったり柵を飛んだり、水族館のイルカショーを思い出してしまう。動物使いのディーノさんは、本当は魔物使いをやりたいんだと聞いたことがある。今も小型の兔みたいな魔物はいるけど、芸はせずに愛玩用みたいになっている。魔物は本当に難しいそうだ。それでもディーノさんならやりそうな気がするくらい、彼は凄かった。
街へ急ぐ人、街から出てきた人がステージの前にどんどん増えてきた。焼き鳥を買って、すぐに帰る人も減ってきた。動物使いのディーノさんは見事なトップバッターだった。
大きな拍手で出番を終えて、次はカアサの番だ。まるで初めてのときくらい心臓が跳ねあがっている。見てきていいと言われたから、私は一端焼き鳥から離れて、お客さんにまぎれてカアサを見つめた。
今日の空と同じくらい澄んだ青のコートで三人は颯爽と現れ、カツキが人懐こい笑顔で手を振り、ぺこりとお辞儀をする。今回は挨拶自己紹介ないまま、ギターのイントロを聞いて、一曲目の踏み出せ一歩「RUN」が始まった。カツキののびやかな声にアイジ君のテナーが重なり、サリュの優しい声が重なる。まるで違う声がからまりあって一つの歌になる。マイクもないのに、この野外で三人の声はよく通った。いい風が吹いているんだろう。
お客さんは女性を中心にカアサに見入っている。そうよね、かっこいいもんね、三人とも。すごく誇らしい気分だった。
「RUN」を終えたあとは二曲目、興行初披露のダンス曲「デバイス」だ。ダンスと言ってもそこまで激しくはない。手ぶりと簡単な私でも出来るステップ、ターンくらいだ。でも三人の動きが揃ったら、結構見がいはあると思う。この曲では木琴が入った。安く買えたからと、急遽ナラのギターが木琴になったんだけど、それがアップテンポの曲とあってて格好いいんだ。
三人がステップを踏みながら歌いだしたとき、お客さんの前の方がざわめいた。歌いながら踊るって見たことない、と最初皆が言ったように、本当に珍しいことなんだろう。これは、掴んだ、んじゃない?
どきどきしながら見守る中で、三人はかっこよく踊って、かっこよく歌った。いつの間にか側にいたダジマさんに「評判よさそうだから、最後もカアサでいくそうだ」と教えられて、ちょっと武者震いするくらい。それはすぐに三人にも伝えられたのか、カツキのMCは
「あと二曲あるんだけど、それは最後のお楽しみってことで。一端サヨナラです、ありがとう、またね」
結構完璧に締められた。
お客さんからも大きな拍手を貰って、安堵しながら私はまた焼き鳥に戻る。本当はこれから始まる団長とダジマさんの剣舞見たいんだけど、仕方ない。
「メイ、どうだった?」
ニーナに聞かれたけど、満面の笑みで頷いただけで伝わったと思う。
ところで、調理班は戦争だった。
「やきとり十くれ」
「こっちは八頼む」
ひっきりなしに注文が来ている。山ほど用意したと思っていた鶏は残る心配をしなくても済みそうだった。なんか、野外フェスみたいで楽しいかも。そんなことを思った時だった。
「おまえ達、誰の許可を得てこんなことをしている!」
突然、そんな声が響いた。
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