第25話



 アイドル活動は順調だ。興行はもう五度やったけど、ちょっとずつ見に来てくれる人は増えていた。ただ私達は旅芸人だからお客さんがついたと思っても旅で移動するとまた一からになる。旅はツアーみたいなものだし、と軽く考えていたけど、それは違った。全部、最初からを繰り返さなければならないのだ。

 「アイドル」というものはどういうものなのか、から、毎度毎度繰り返す。見るほうは毎度新鮮な驚きを手にするだろうけど、やっている方は段々と手慣れていくんじゃないかな、と少し悩んでいる。

 もちろん、カアサはまだまだ「アイドル」としてやるべきことは山積みなんだから、この悩みはまだ早いんだろうけど。

 ということで、今はダンスの練習を頑張っているカアサだ。


「いやいやいや歌いながら踊るって、息が上がるな」

「踊りに気を取られて歌を忘れる」


 カツキとサリュが肩で息をして地面に座りこむ。ダンスといっても私でもできるような簡単なものにしてある。本当のダブルはキレッキレでおどるんだけど、簡単な手ぶりとステップくらいしか教えてない、それでも「やったことない事」だから大変なんだろう。


「いや、結構おもしろい」


 意外だったのがアイジ君が上手かったことだ。スタイルいいし、上手い。


「ダンス班長はアイジ君だね」

「はんちょうって何だよ」

「歌はカツキが中心だから、踊りはアイジ君が中心になるってこと」

「ははっ、兄貴頑張って」

「ええーそういうの苦手なんだけど。そういえば、サリューは何のはんちょうになるのかな?」


 アイジ君の言葉にカツキが面白そうに私を見て、サリュがめちゃめちゃ嫌そうに私を見る。一応、考えてはある。サリュがめちゃめちゃ嫌がりそうな役割ではあるけど。


「メイ、なににやにやしてんの」

「どうせろくでもない事でも考えているんだろう」


 そう、多分、あたり。


「サリュはね、ファンサービス班長」

「ふぁんさ?」

「何だそれ」

「ファンってのは、カアサを好きになって応援してくれる人達って意味なんだけど、サービスってのは喜ばせるって意味ね。だからサリュはお客さんを喜ばせる班長ってこと」

「喜ばせるって――どうやって」

「それは笑顔とか。手を振るとか。握手会とか? いやそれは無いか、まあ、そんなとこ」


 アイジ君が吹き出してカツキが声をあげて笑う。サリュはやっぱりそれはそれは嫌な顔をした。


「嫌がらせか!」

「違うよ! サリュは絶対できると思う。サリュって結構ちゃんと人のこと見てるし。顔がいいし、顔がいいし」

「嫌がらせだろう!」

「違うって! ほら、明日からはまた新しい街でしょ、今回は大きな街だから長くいるんでしょ? 最初が大事なんだよ、たくさんファンつくってリピーターになって貰わないと」

「りぴ? とにかく、よく分からん!」

「お客さんが喜んだことをやればいいんだって。最初は一人一人と目を合わせてから笑って、私もまだどんなことが喜んでもらえるか分からないけど、マーケティングするから、皆も考えてね。まあ、けど先に歌と踊りだから」


 今キャンプして明日から興行する街は、私がここにきてから今までで一番大きかった。市もたくさんだし、レンガっぽい作りの建物がたくさん建っていて、街中の通路は石畳で出来ている。だからなのか、馬車も見かけた。多分、かなり豊かな街なんだろう。

ここでは絶対成功させたい。


 ダンスの練習を始めた三人を励ましてから、私は衣装テントに向かう。ノーラが新しい衣装を用意してくれたと言ってたからだ。衣装テントには五人いて、皆忙しそうに衣装を触っていた。


「失礼します」

「あ、メイ、出来てるよ」


 ノーラの弟子だって名乗っているクマちゃんが私を見て手を振ってくれる。クマちゃんは私より背が低い女の人で、双子の弟も衣装部屋担当だ。小熊みたいで可愛いと思ったら名前がクマだったから思わず笑ってしまったのは申し訳ないと思ってる。


「メイ、来たのかい。見てくれ」


 ノーラが私を手招きしてくれて、目の前に綺麗な青のコートが掲げられた。秋の空の色みたいに綺麗な青。思わず感嘆したのは衣装部屋にいた全員だった。


「こんな布、よく見つけたねえ、ノーラ」

「ああ、早めにこの街に入ってくれて助かったよ。さすが大きな街にはいいものが集まっているねえ。どうだい、メイ?」


 青いコートは三着。一着は丈が短めでボタンが大きい。短いズボンと合わせるらしい。これはカツキ用だろう。もう一着はスリムなロング丈で襟周りもすっきりしてる。スーツみたいなこれはきっとアイジ君にすごく似合う。それから最後の一着は襟にひらひらがあったりベルトがあったりと装飾多め。王子様みたいなこれは絶対サリュ用だ。


「ノーラ、凄い!」

「メイが三人のイメージで、って言うから難しかったよ。けど、満足して貰えたかい?」

「めちゃいい、キャラ付け完璧だし、本当にすごい、ありがとうございます!」


 早くこれを着て皆の前で歌う三人が見たい。きっと喜んでもらえるはずだ。


「それから、布余ったから、これはメイに」


 そう言いながらノーラが差しだしてきたのは、


「え、これ」

「これはメイ用。着てみて。うん、似合うよ」


 三人と同じ青の布で作られたAラインのコートだった。すごく、可愛い。こっちに来てから服は貰ったものばかりだ。着ていたTシャツとジーンズはヘビロテで着てるけど、洗濯中にはニーナから譲って貰った服とかサリュから譲ってもらった服とか着てる。


「メイもたまには着飾らないとな」


 クマの弟に笑われてちょっと恥ずかしくなったけど、確かにそんな余裕なかったから。慣れてない生活をするにはスカートよりパンツが楽だったし、ニーナにワンピース貰ってもその下にパンツ履かないと落ち着かないし、男の子みたいと言われてきた。でもそれが楽だったから気にしてなかったけど。

 青いコートは私にぴったり合っている。ノーラはいつの間に私のサイズをはかったんだろう。


「早く服を作ってやりたかったんだけどさ、なかなか時間もなくて、遅くなってすまないね」

「そんな。ありがとうございます」

「似合ってるよー」


 クマに言われて嬉しくなった。誰かに見て貰いたい。一番に浮かんだ顔の人は明日の興行に向けて街の広場へ準備に行っている。急ぐことはないか。とにかく今はカアサのことだ。


「三人呼んできますね!」


 衣装合わせは早いうちにしておかないと、直しとかもあるかもしれないし。私は三人のところまで走った。


「あれ、メイ、いいの着てるね。似合うよ」


 一番に私のコートにコメントくれたのはアイジ君だった。さすがお兄さん、こういうことは見逃さない。そつがない。素直に嬉しい。


「ありがとう。これ三人の衣装とお揃いの布で作ってもらったんです」

「あ、衣装出来たんだ? 見たい見たい!」

「あ、カツキ」


 駆けだすカツキを追ったアイジ君の後ろについて私も衣装テントへ戻――サリュが突っ立っている。


「サリュ、衣装合わせ行くよ?」

「ああ」


 サリュはぼんやりと私を見ていたけど、すぐふてくされたみたいな顔で目を逸らした。なんという態度の悪さ。


 サリュとは、無事、前みたいになってる。

 サリュが本当のことを言ってくれて、それから、団長とダジマさんにも話してくれた。ダジマさんが『王子顔だと思った』って言ったときは吹き出してしまったけど。やっぱサリュって王子顔なんだなって。団長とダジマさんはサリュが王子様ってことを誰にも言わないと約束してくれたし、魔女のことも調べてくれるって言ってくれた。流石です。

 とにかく、サリュとはもう普通になっていたんだけど、こんな態度は久々だ。機嫌が悪いのはさっきの「ファンサ班長」にしてしまったからだろう。


「サリュ、怒ってんの?」 

「怒ってない」


 けど歩きだしたサリュは口を開かない。怒ってるじゃん。


「ファンサービスって言っても、別に無理にじゃなくていいよ」

「ふぁんさ? ああ、それのことか」

「それで怒ってんでしょ」

「違う、怒ってない」

「だってこっち見ないじゃん!」

「それは!」


 サリュが眉を顰めたままで私の方を向いてから、妙に弱々しく目を逸らした。


「お前が、そんな格好するから」

「は? え、似合ってない?」

「――悪くないとは、思う」


 なんだそれ。似合ってるって褒めてくれてもいいのに。

 ――……もしかして照れてるとか? 


「え、女の子褒めるとかしたことないの?」

「あるわけないだろう! アイジじゃあるまいし」


 なるほど、褒めるのが照れくさかったのか。本当、サリュの見た目と違いすぎるこういうところは可愛いと思うんだけどな。そんなサリュが精一杯の言葉で「悪くない」って言ってくれたのかと思うと、なんかこっちまで恥ずかしくなってきた。

 衣装テントまでは少しの間だけど、なんとなく黙りこんで歩いた。と。テントの前にはダジマさんが戻ってきていた。


「おかえりなさい!」

「団長はまだなのか?」

「ああ、団長は市長にもてなされるとかで連れて行かれたよ。俺は伝達で戻されたけど」

「めずらしいな」


 確かに団長とダジマさんが一緒にいないのはめずらしい。伝達とやらはよほど大事なことなんだろうか。ちょっと怖い気がする。黙り込んでいた私にダジマさんは柔らかく笑うと続けた。


「悪いことじゃない、むしろいいことだ。明日からの興行、一番狭い広場の予定だったのが、中ぐらいの広場を借りれることになった。あそこは市場に近いから人の流れもあるし、呼びこめる可能性が高い」


 おお、それはすごい。けど、私にとっては初めてのこんな大きな街だから規模が想像できない。この前、カアサの初興行をした村は、お客さんが百五十くらいだったけど。


「サリュ、中ぐらいの広場だったら、二百くらい来る?」

「あ? さあ見てないから分からんな」

「気になるなら一度、下見をしておいたらいいと思うぞ。サリュー、付き合ってやれ」


 ダジマさんはサリュに向かってにやと笑ったあと、皆にも知らせてくる、とテントを回り始めた。それを見ながら、私は急にどきどきしてきた。わざわざ皆に言ってまわるくらい、すごいことなんだ? 確かに見ておきたい。


「サリュ」

「あー分かった分かった、下見だろう」

「うん、ありがと」


 とりあえず、衣装合わせ中のカツキ達には下見に行くことを伝えてから、私達は広場へ向かった。

 私達がテントを張っているのは街のすぐ外だから静かなものなんだけど、街へ一歩足を踏み入れたら、すごく賑やかだった。

 今まで見てきた村や町とは行きかう人の数が違う。あと、並んでいる店が露店ばかりじゃなくて、ちゃんと店舗形式なのも違う。市場には露店が集まっているらしいけど、そこは流れの商人達が集まっているらしかった。


「すごい、都会だねえ」

「とかい? またお前は分からんことを」

「あーえーと、大きい街だなーって」

「そうだな。城下町には並ばんが、やはり国の交流点の街は栄えている」


 この街が大きいのは、三つの国の国境地点にほど近いからだってことらしい。この三国は比較的平和で同盟国でもあるらしく、この街が貿易の要になるんだってサリュが教えてくれた。そりゃ人も多いはずだ。

 ダジマさんから教えてもらった中広場は市場のほど近くにあった。


「サリュ」

「何だ」

「あの、なんか」

「ああ――広いな」


 そうなのだ。想像では体育館くらいの広さかなって思ってた。けど、これは、ちょっとした校庭だ。しかも広場は整地されていて、あまつさえ石畳がひかれている。その隅にはいくつかのベンチがあって、とにかく綺麗な広場だった。


「三百くらい、来るかな?」

「もっとじゃないのか」


 ひい。この前の百五十でもすごいと思ったのに。でも、ここで皆が興行するのかと思うと凄くわくわくする。そこにはカアサもいる。ここでサリュが歌う。あの綺麗な青の衣装を着て。これは、凄いことになるんじゃないだろうか。


「サリュ」

「言うな。もう戻るぞ。――衣装合わせて練習したい」


 サリュがそんなことを言うから思わず吹き出した。たぶん、ここで歌うことを想像して緊張したんだろう。なんか私まで緊張してきた。確かに早く戻ってごはんの仕込みでもして心を落ち着かせたほうがいいかもしれない。

 私達はすぐに来た道を引き返した。

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