第24話
サリュの前までずんずん歩くと、テントからジイが顔を出した。
「メイ、話をしたいんじゃ」
サリュとやりあうつもりだったのに、突然の保護者登場に気合いが消えそうになる。どうしようかと思ったけど、ジイを制したのは他でもないサリュだった。
「メイとは二人で話す」
「しかしサリュ様」
「ちゃんと俺が俺の口で俺の言葉で話さないとだめだろう」
「……分かりました。が、揉めても知りませんぞ。メイ、良かったらテントにどうぞ」
ジイに招かれてテントに入る。サリュもあとから入ってきて、かわりにジイが出ていった。密室はちょっと緊張するけどゆっくり話せそうだ。サリュに促されて一人がけの椅子に座り、サリュが隣に座った。
「メイ、お前の言いたいことを、聞きたい」
サリュはまっすぐ私を見ている。
その視線に押されるように、私は口を開いた。
「ダブルの歌がきけない」
「すまない」
「電池が切れたの。もう聞けない。元の世界に戻れなかったら一生聞けない。ヨージに会えない。コンサートに行く予定だったんだよ、楽しみにしてた。何着ていこうかとか、グッズは何買おうかとか、毎日、そのために頑張れるんだよ」
サリュは静かに私の話を聞いている。意味は分からないだろうね、そりゃそうだ。けど、私は止まれない。
「お母さんはすぐ眠れなくなる。お父さんは過保護なくらい。私は今、向こうの世界でどうなってるのかな、行方不明なのかな、お母さんとお父さんは泣いてるんじゃないかな――帰して、帰してよ、元の世界に、私を帰して!」
泣かないようにするだけで精一杯だった。
サリュは静かに、けれど何度も何度も「すまない」と頭を下げる。そんなサリュを見ていると不思議と腹立ちはなくなって、ただひたすらに、悲しかった。
当たり前のように私が手にしていたものは全部、無くなった。私は世界から引き剥がされてここにいる。目の前で頭を下げている、綺麗な男の人のせいで。
サリュは言い訳をしない。「すまない」ってそればかり言ってる。
そういえば一番最初、サリュに会ったとき
『失敗か』
って言ってたような気がする。私はサリュのつむじを見つめながら、改めて一番最初のことを思い出してみる。サリュは私を見て、何を言ったっけ。どんな顔をしてたっけ。
すごくがっかりしてた気がする。
『小娘だぞ』
的なことを言われた気もする。けど、細かいことは忘れてしまった。サリュはあの時、私を見てどう思ったんだろう。
「ねえサリュ。最初に私を見つけたとき、すごくがっかりしてたよね?」
「……それは、……、まあ、な」
「最初から聞きたい。魔女の石だっけ?」
「魔女から石を買って――」
「顔あげて、話辛いよ」
サリュがゆっくりと顔を上げる。金の眼が私を見つめて微かに揺れた。迷ってるんだろうか。こんなに弱い目をしているの、初めて見た。どうりで目を合わさないと思った。この目はきっと、傷ついた目だ。一番傷ついたのは私だから、見せる訳にはいかない、とでも思ったんだろうか。うん、サリュなら言いそう。
本当は、優しいひとだから。
もうそれは身にしみて知っている。
「お兄さんのむちゃぶりで竜の巣へ入らないといけなくて、竜を眠らせる力を持っている精霊を呼ぶ石を売りつけられたんだよね?」
「むちゃぶ? まあ、おおむねそうだな。魔女から買った石は透明の、水晶に似た拳大のものだった。星空の下、なるだけ開けた場所で石を燃やすと聞いたから、そうしたんだ」
「石って燃えるの」
「燃えん。だからあれは石と言いつつも、何かの結晶だったのかもしれないと思っている。魔女が持っていたからな、魔法力のようなものの結晶かもな」
ああ、やっぱファンタジーだ。目の前で見ていないから実感ないけど、ここって異世界だったんだ。そういえば、魔法って見た事ないけど。
「魔法は魔法族しか使えない。魔法族は隠れ里に住んでいて、魔女は魔法族の中でも特別な存在で、人間と接するんだ。めったに人間と触れあわんからメイは見た事がないんだ」
「まだ何も言ってないのに」
「魔法が使えないのか、と聞かれそうな気がしたからだ」
聞くつもりだった、うん。そんな分かりやすいだろうか私は。
まあ、サリュとは最初からずっと一緒にいたし、この世界のことを片っ端から尋ねたから、だろうな。
……サリュはめんどくさいって言いながら、全部丁寧に教えてくれてきた。ツンデレだと思ってたけど、あれって罪悪感だったのか。
サリュの分かり辛い優しさを、ひっそり可愛いと思っていたけど、それも全部、罪悪感だったんだろうか。なんだろう、とても、サリュが遠くへ行ってしまった気がする。
「魔女から石を買って精霊を呼んだつもりが砂漠に現れたのは小娘だった。わからん言葉を喋るが、小さくて、弱くて、なんの力も感じない。絶対に精霊じゃないと一目で分かった。召喚に失敗したんだと思ってもう一度魔女を探したが、見つからなかったからな、石が偽物だったんだろう。精霊が竜を眠らすということも、もしくは魔女ということすら嘘かもしれん。竜の巣へ入る方法探しはまた行き詰った。正直、落胆した。――俺はどうせ兄達には嫌われているし本当は戻ってくるなと思われているだろうし、一瞬だけ、もうこの旅をやめようかと思ったな」
「勝手に私を呼んどいて、勝手すぎるよ」
「そうだ。――お前は精霊では無かったが、この世界の者でもないと知って愕然とした。お前はただの小娘だった、こことはまるで違う、何もかも違う世界で生きてきた、本当にただの娘だ。俺が、それを奪った。――それなのにお前は立ちあがって歩きだした。ただの小娘なのに、だ」
流石に小娘コムスメ言い過ぎじゃないだろうか。私は圧倒的被害者なんですけどねえ!
「比べて俺は、一瞬とはいえ旅をやめたいなどと――お前には負けられんと腹が立ったな」
「いやなぜそうなる、普通、滅茶苦茶優しくなるもんでしょうが? サリュは本当に意地悪だし厳しくて小娘の私は折れそうだったわ!」
「お前が折れそうな娘だったら優しくしていた! 確かにお前は弱いし泣くし……だがお前は言葉を覚え料理をふるまい皆となじみ興行までこなして――どこが折れそうな娘なんだ」
「だってそれは! 踏み出せって、ダブルが、サリュが、言ったんじゃないの」
「そうだな、俺にはそれがたまらなく眩し――とにかくだ、俺は本当にはお前にはすまないと思っている! 魔女を探して石の秘密を聞きだし、お前を元の世界に戻す方法も聞いてやる! 魔女は新しいものが好きだときく、お前の「あいどる」も見にくるかもしれんからな、あいどるもちゃんとやる! すまなかった!」
まるで神妙には見えない憎たらしい顔でサリュは頭を下げるけど、これって謝罪なんですかね!? こんな謝罪会見したら大炎上だと思いますけど!?
これは相当な文句を言わないと気がすまない、と私は逆襲の言葉を頭の中で練る。
そのときだった。
それまで私の座る椅子の下に腰をおろしていたサリュが、すくりと立ちあがると、おもむろに歌い始めた。ダブルの歌だ。けど、これは、カアサで練習した歌とは違う。ミュージックプレイヤーに入っていたダブルの曲はたくさんあったけど、サリュ達に聞かせたのは練習する曲だけだと思ってたけど、いつか聞いたんだろうか?
サリュは優しい声でダブルの歌を歌っている。私の好きなバラードだ。
今はこの歌声を聞いていたいと思った。何故この歌を知っているのか問い詰めるのはあとにしようと思った。
サリュの歌声は本当に優しい。
いつも私が泣くとサリュは歌ってくれた。
それが罪悪感を抱えているからだとしても、やっぱりこんな歌を歌える人は優しいんだと思う。本当は私を見捨ててもよかったのに、ああそうか、罪悪感を持っているということは、イコール優しいってことでもあるのか。
この優しい人は私を見るたびに傷ついているのかもしれない。それがサリュへの罰になっているのかもしれない。
この人を責めても私は帰れない。
私は帰りたいんであって、サリュを責めたいわけじゃない。一応、恨みはぶつけたし、謝ってもらった。だったら次に踏み出す一歩は何だ?
サリュの歌が終わる。それから、また違う歌を歌い始めた。これもカアサでやっていない曲だ。ヨージが女の子口説く感じの歌。ちょっと大人っぽいって言うか、これ歌っているときのヨージはちょっと妖しい感じだった。それを金髪美形が歌って……声が優しいだけに大分えろい雰囲気だし、きっとサリュは意味を分かってないだろうけど、けど、なんというか二人きりの密室で聞くのは気まずい。けどサリュの歌は聞きたい。けど、歌詞とはいえ「その顎に指をかけ」だの「三つ目のボタンに指をかけ」だの聞かされたら落ち着かないわけで。
なんとか一番を聞き終えたところで、意を決して声をあげた。
「サリュ! なんでその歌知ってるの」
サリュは歌をやめた。もったいないとは思うけど、変な気分になる前にやめてもらえて良かった。
「この歌? ああ、お前が時々歌っているだろう? 覚えた」
「えっ、歌ってるっていっても鼻唄とかでしょ? 覚えたの?」
「――喜ぶ気がした」
サリュはふいと顔を背けた。
確かに無意識にダブルを歌ってしまうことはあったけど、それで覚えられるなんてことあるんだろうか。そんなに歌ってたのかなあ!? 恥ずかしい。いや、もう今はそれもいい。サリュはそんな私の僅かな歌を聞いて覚えて、私に歌ってきかせる日がくるかもしれないと思ってくれてたんだ。私達はこの喧嘩に結末をつけなければならない。
「サリュ、私は元の世界に帰りたい、サリュには恨みごと、また言うかもしれない」
「ああ」
「けど、帰る方法、一緒に探してくれるんだよね?」
「ああ」
「だったら、その、これからもよろしく、です」
サリュはやっとこっちを向いて、目を細めた。
「俺を許すのか」
「いやー、文句は言うよ」
「だが俺はこの事実をこれまで黙って」
「それ、それは腹立ったわ。だから文句は言う、けど、サリュもあんまり罪悪感あるからって私におどおどしないで欲しいし、今までみたいにしてほしい」
「誰がおどおどしている!」
「してるじゃない。目、合わさなかったりさ、気持ち悪いし」
「気持ち悪いってお前」
「だから、今までどおりで、お願いします」
ぺこりと頭を下げる私の腕にサリュの指がかかる。さっきのダブルの歌詞を思い出してちょっとどきりとしながら頭をあげると、サリュはそっと目を閉じてから、ぐいと私の腕を引いた。そのままサリュの胸の中に転がり込んで、抱きしめられる。
「さ、サリュっ」
「――ありがとう」
なんの感謝だろう。これまで通りにしてほしいとお願いしてるのは私の方なんだけど。
それにしても、あんまり強くぎゅうぎゅうするの、やめて欲しい。痛いし――っていうか、前に私に対して男のテントに軽々しく来るなとか陰でこそこそカツキといるなとか言われたんだけど、これの方がどうかと思うんだけど!? え、こっちの人はこれが普通なの? 簡単にぎゅうぎゅうするのやめてほしいんですけど!?
「さ、さりゅ」
「必ず、魔女を探しだしてお前を元の世界に戻すからな」
「うん……あっ、サリュ、このこと団長に言っていいかな? 団長とダジマさんは私と同じ言葉喋る人探してくれてるんだけど、魔女を探してもらった方がいいよね?」
「――それは」
サリュは黙ってしまった。
あ、そうか、魔女の話するならサリュの事情も話さないといけなくなるのか。サリュはそれを隠している。その方が都合がいいから、らしいけど。
「あ、うん、やっぱ」
「いや、言う。魔女を早く探す為には協力してもらった方がいい」
「でも嫌なんでしょ」
「大丈夫だ、話す。お前を帰すことの方が大事だ」
それからまた、ぎゅうと抱きしめられた。
本当、もう、息ができなくなりそうだからやめてほしい。と思いつつ、包まれる安心感に私はそっと目を閉じた。
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