第21話



 「カアサ」のお披露目、もとい、初興行は成功したと言ってもいいと思う。二日目の夜公演にもたくさんの人が見にきてくれた。初日に来てくれてた人達の顔もあちこちに見えて、これがファンになってもらう一歩だと思うと一人一人に握手してお礼を言ってまわりたいくらいだった。

 当の本人達もその手ごたえを感じていて、カツキは曲を増やしたいと言ってくれたし、アイジ君は踊りを頑張りたいと言ってくれた。サリュとは、あんまり話せてない。なんかこう、意識してしまっていけない。顔を見ると、抱きしめられたことを思い出して顔が熱くなってしまうから、つい避けてしまう。もうこんなの嫌だと思うのに、だいたい顔がいいのがいけない。


「サリューと喧嘩?」


 目が見えない分、空気に敏感なニーナに指摘され思わず愚痴りたくなったけど、抱きしめられたっていう話しはしづらい。そもそもなぜそうなったのかを話すわけにはいかないからだ。仕方なく、ちょっと喧嘩、とだけ言ってある。


「早く仲直りしてね? サリュー落ち込んでるよ」

「あれのどこが」


 全く全然果てしなく、サリュはいつも通りだ。あの夜のことなんて夢なんじゃないかってくらい。それでもニーナから見ると落ち込んでいるんだろうか。


「サリュー元気ないよ?」

「ニーナにしか分かんないかもね」

「うんそうかも。だから嫌がられるんだよね私は」

「嫌がられる?」

「人の心を見るな~って言われる」

「理不尽。そんなの気にしちゃだめだよ」

「うん、メイ、ありがと」


 嬉しそうに笑うニーナは本当に可愛い。酷い目にあってきてるのにこんな風に笑えるニーナの強さと優しさに本当に憧れる。私が男の子だったら好きになってると思う。

 そう言えばニーナの好きな人って誰なんだろう? 前に聞いたときは誤魔化されたけど。ニーナは誰にでも同じように優しく接するから全然分からない。


「ねえニーナ。ニーナの好きな人って、私も知ってる人?」

「えっ、なに、急に」


 赤くなるニーナはやっぱり可愛い。変な男に手を出されるのは許せないっ、なんて気分になってくる。


「私のことはいいから。メイは? 団長とどうなの?」

「うっ、私のことはいいじゃん、誤魔化さないでよー」

「だって、サリューが元気ないしメイは様子おかしいし、団長と何かあったのかなって思うから」

「何もないよ――あ、でも、昼から呼ばれてるんだった。なんだろ」

「ああ、それは興行成功のご褒美じゃない?」

「ご褒美?」

「メイあいどる頑張ったから。団長はいつも興行で頑張った人にご褒美くれるの。今回はメイだと思うよ?」

「いや、それじゃ私じゃなくてカツキとアイジ君とサリュでしょ」


 私は見てただけなんだから。もし団長が私にご褒美って言ったら、三人に代わってもらおう。とくにサリュは初めての興行だったんだから。けど、ご褒美ってなんだろ。


「ね、ニーナはご褒美って何か知ってる?」

「知ってるよ? もらったことあるから」

「え、裏方にもくれるの?」

「もちろん。興行は皆でやるものだからって」


 さすが団長、もう、本当、かっこよすぎる。


「何もらった?」

「欲しい物なんでも言ってって言われるの」

「なにそれ凄い。ニーナ何にしたの」

「私は――赤の団を見たいって」


 赤の団って、めちゃ大きい興行団だ。うちと比べたら世界的サーカス団と公園の大道芸くらいの差の大きい団。確かにそれは見てみたい。


「メイも、何でも言ってって言われるよ? どうする?」


 ニーナが何か言いたそうに笑う。

 欲しいものって言われてもすぐには思いつかないな。行けなかったダブルのコンサート行きたい。水洗トイレ欲しい。シャワーも欲しい。スマホ動かして欲しい。まあ、欲しいものはこんなどうしようもないものばかりだ。意味ない。だったらやっぱり三人に譲ろう。


「えー? 団長に、何でも、言えるんだよ?」

「何が言いたいの」

「メイは団長にしてほしいこと、ないの?」


 私の顔を覗き込むニーナの表情がなんというか、好奇心丸出しって感じで、分かるけど、ひとの恋バナ楽しいのわかるけど、うう、ニーナは誤魔化せない。


「そりゃ、その、まあ、二人で話とかできたらいいなと思うけど」

「お話! メイ可愛いねえ」

「その顔やめて? にやにやしないで?」


 だって相手は団長なんだよ? 大人でかっこよくて団長にとって私なんて拾った猫みたいなもんだって分かってるし。だいたい団長をかっこいいなあとは思うけど、つきあいたいとかじゃ決してないし、姿見てかっこいいなって思ってるくらいが一番幸せなんだから。それこそアイドルみたいなもので。


「おい、メイ」


 急に後ろから声をかけられて飛び上がった。


「ぎゃあ」

「でかい声だすな!」


 声をかけてきたのはサリュだった。ちょっとこんな話をしているときには会いたくない相手なんだけどな。なるだけなんでもない顔して、私は振り返る。


「なに?」

「団長が呼んでいるぞ」

「おぅ、団長」


 ニーナがにやにやしているのが腹立たしい。こんなタイミングのよさってあるだろうか。


「早くしろ」

「はい」


 まあとにかく団長のところにいかなければならないだろう。にやけるニーナに手を振られて、私はおとなしくサリュについて歩く。団長のテントはすごそこなんだし、案内はいらないんだけど。


「サリュ? 何か用事?」

「いや?」


 じゃあなんで一緒に来るんだろう。まあ、もしご褒美の話ならサリュ達に譲ろうと思ってるからちょうどいいのか。


「ねえサリュ、団長の用事って」

「ああ、褒美の話だろ」

「知ってるんだ?」

「俺も貰ったことあるからな」

「そうなんだ? 何貰ったの」

「――いつか、西の端の街へ行って欲しいと」


 西の端の街。それは竜の巣があるという国のことだ。そうか、サリュはそれを頼んだんだ。


「メイ、お前はお前の欲しいものを頼めよ」

「なに、さっきの話聞いてたの?」

「知らん。お前なら俺達に譲るとか言いそうだからだ。単純だからな」

「悪かったわねっ」


 そんなことを言っているうちに団長のテント前に着いた。


「じゃあな」


 サリュはさっさと行ってしまった。なにあれ。あ、でもさっきはサリュを変に意識しないで話せたな。サリュとはこういうのが心地いい。変に意識するのやめたい。だってサリュは私にとってこの世界での――何だろう? なんかうまい言葉が浮かばないけど、私はサリュに拾われた犬みたいなものだから飼い主? いやそれは違うだろ。

 自分につっこみながら、団長のテントを開ける。


「失礼します」


 中では団長とダジマさんが待っていた。その前に正座して頭を下げると、笑われた。


「そういうのはしなくていいと何度言ったら分かるんだ?」


 でもだってなんとなくそんな雰囲気だから。


「あのっ、用ってなんでしょう」

「ああ、誰かから聞いてないか? 興行頑張ったからな、何か欲しい物はないか」

「頑張ったのは私じゃないですし、できればカツキとアイジ君とサリュにあげて下さい」

「駄目だ、今回はメイだ。そう俺が決めた。それを覆すつもりか」


 ライオンみたいな迫力ある目で見つめられてきっぱりと言われたら、もう何も言えなくなる。いつも優しいからこの迫力はちょっと怖いくらいだ。私なんて太刀打ちできない。そうか、団長に意見するってそういうことなのかと自分の浅はかさを恥ずかしく思った。


「メイ、難しく考えなくていい。何でも言ってみたらどうだ?」


 ダジマさんが助けを出してくれたけど、今すぐ思いつくものなんて、なかなかない。新しい鍋、はこの前買ったし、油、も買ったばかりだし。


「本当は元の世界に戻りたい、が一番の願いなんだろうがな。俺とダジマで何か手掛かりはないかと探してはいるが、なかなか、な」

「えっ、いえ、そんな。私も買い物のときとか、それっぽい人いないか探してるんですけど、全然で」

「訳ありの人間は表通りを歩いてないこともあるからな。メイが行ける場所には限りがあるだろうし」 


 ダジマさんの言うとおり、本来は旅人が多いという酒場とかにいけばいいんだろうけど、酒場は禁止されてる。まだ子供だからって。そういう所はダジマさんとか団長が行ってくれてるんだけど、異世界人っぽい人には会ったことないらしい。そりゃそんな簡単に会えたら苦労しないって話だ。


「そうだ、メイ、俺と一緒に行ってみるか? 俺が一緒なら酒場も大丈夫だろう」

「団長と、ですか」


 団長とお出かけってことだろうか。団長と一緒に歩いて、買い物とかしてご飯とか食べて、それって、いわゆる、デート……。


「でーと?」

「あ、いえ、なんでも」


 妄想が口に出てたらしい、恥ずかしい、死んでしまう。けど、団長はデートの意味が分からないらしくてラッキー、と思ったけど。


「逢い引きという意味だ」


 ダジマさんがわざわざ翻訳してくれた。なんてことしてくれるの、なんで意味知ってるの、ダジマさん!


「メイと逢い引き、あり得ないだろう」


 団長はもうこれでもかってくらい大きく笑った。まるで一ミリもそんな可能性なんてないと言われているようで泣けてくる。団長にとって私なんてそういう相手だと想像することもない、ってことなんだろう。子供だから。仕方ないけど、仕方ないけどね。ダジマさんが何か言いたそうに私を見ている。もしかしたらダジマさんは全部分かっているのかもしれない。ますますみじめだ。


「メイと逢い引きなど、サリュに斬られる」

「団長、逢い引きはともかく、一緒に街へ行き、異世界から来た者がいないか探るというのはいいんじゃないか。やはりメイ本人にしか分からないこともあるだろうしな」

「ん、そうだな。よしメイ、今から街へ行くぞ」


 急な展開に頭が付いてこない。そのまま腕を引かれてまるで散歩にいく犬みたいに団長とダジマさんについて歩く。あ、ダジマさんも一緒なんだ? 安心したようながっかりしような。


 テントを出るとなぜかサリュが立っていた。


「どうした」

「いえ、メイが余計なことを言ったのじゃないかと思って」

「ああ、そんなのは却下だ。今から出掛けてくるから、調理長にメイを借りると伝えておいてくれ」


 すごい、私の意思関係なしにどんどん話が進んでいく。サリュがちらと私を見て、何故か鼻で笑った。散歩行く犬みたいとでも思ったんだろう、腹立つわー。


「じゃあ行ってくる」

「はい」


 やっぱりサリュは何か言いたそうだから、帰ってきてから何か嫌味の一つでも言われるのかもしれない。想像しても腹立つな。


「メイ」

「はい?」

「サリューの事を考えてるのか? 本当に仲がいいな」

「全然良くないです、大体喧嘩してます」

「はは、それが仲いいって言うんだ」


 団長はからかうみたいに笑うけど、私はそんな風に思えない。確かにサリュは分かりにくいけど優しい。でも私はシンプルな優しさでいいんだ。今も私が歩きやすいようにゆっくり歩いてくれる団長みたいな。

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