第22話
それから街まではゆっくりのんびり団長とダジマさんと私の三人で歩いた。いつもは馬で移動してるから新鮮だ、と笑う団長は楽しそうで、それを見ているのは嬉しかった。
ここの街は何度か買い物に来ている。市の場所はだいたい分かるけど、今日はそこと逆にある酒場へと行く。明らかに人の流れと人種が違う感じでどきどきする。私を挟んでダジマさんと団長が並んでくれた。
「絶対一人で来るんじゃないぞ」
「はい、いつも気をつけてます」
買い物自体、必ずサリュと一緒にするようにしてるし、別行動はしないようにしている。どこで何が起こるか分からないから、とは最初にダジマさんから口すっぱく言われている。
西部劇でみるみたいなドアを押して団長が酒場に入る。体育館くらい広いのはびっくりした。その中にはいっぱい人がいて、すごくにぎわっていた。色んな肌の色とか目の色とかのひとがいる。旅人が多いっていうのはそういうことだろう。と、団長はおもむろに私の肩を抱いた。
「ふぁ!?」
「混んでるなあ、そこの隅の席にするか、狭いけど我慢してくれよ?」
「はあ」
席とかどうでもいい、それよりこの肩にかかった大きな手はどういうことだろう暖かくて触れられているところから燃えそうだし心臓壊れそうでもうどうしたらいいか全然分からないし団長たくましい――
「メイ、座れ」
苦笑を浮かべたダジマさんに促されて木のベンチタイプの席に座る。ベンチタイプだから団長はまだ私を離さない。これはこれはこれはもうどうしたらいいか――
「随分可愛いの連れてるじゃねえか」
突然、隣の席にいたおじさんに声を掛けられて団長はますます私の肩を引き寄せる。
「そうだろう? 髪一本触るんじゃねえぞ」
「綺麗は肌だな、東国の女か?」
「手に入れるのに苦労したからな、絶対に手離さねえから交渉は結構だ」
「まあそう言うな。いくらならいい?」
「いくらでも無理だ。さっさと次の獲物探しな」
何か。怖い話してる気がする。私の正面に座ったダジマさんが半分立ちあがって腰に下げていた剣に手をかけたところで隣のおじさんは小さく笑って、逃げていった。今、私の売り買いする話してたんだろうか。
「まあ、ここまで見せたら大丈夫だろう」
「団長の強さはもう有名だからな。野獣の討伐請け負ってよかった」
「そうそう、俺の側にいる黒装束はおっかねえって有名なんだよ」
そんなこと言いながらも、団長の手はまだ私の肩から離れない。これは守ってくれているんだとようやく気づいた。人を売り買いとか本当にあるんだ。そんなことが今更ながら染みてくる。ダジマさんが「一人で行動するな」ってしつこいくらい言うわけだ。
「さて、メイ、何食う?」
「あ、何でも」
「ダジマ、適当に何か買ってきてくれ」
居酒屋みたいな感じかと思えば、どうやら違うらしい。どちらかというとフードコートだろうか。広いホールの壁面には屋台っぽいものが並んでいる。そこで食べ物とか飲み物を買うんだろう。こっちの食べ物は微妙に好みに合わなくて心配だったけれど、ダジマさんが買ってきたのは鳥のソテーとマメの煮込みみたいなもので、美味しく食べられた。
中でもミカンジュースみたいな味のする黄色い飲み物はすごく美味しかった。
「これ何の実ですか?」
「知らない方がいい」
……これは果物じゃない可能性、うん、追求はやめよう。
しばらくはごはんを食べながら団長とダジマさんの野獣退治の話を聞いたりして過ごした。私はいつもキャンプにいるから、そこと街の市場しか知らない。でも、森や山に踏み込めば私の知らない野獣が溢れているんだと知った。草原でみかけるスライムはほとんど無害だけど、海辺のスライムは毒があって怖いとか、初耳だ。
「次の街は海沿いだからなあ、釣りのときには気をつけろ」
「はいっ」
「いい返事だ」
団長は優しく頭を撫でてくれる。肩を抱かれたままだから、こんなに男の人と近づいたことない位の近さだし、顔も近いし、もう何がなんだか。
「さて本題だが。メイと見目が近いのはやはり東国の方らしいな」
確かに、声をかけてくれる人は「東国の女」って必ず言う。東国は日本っぽいってことなんだろうか。けど、サリュも東国って言ってた。サリュは金髪だし、日本人とは全然ちがうと思うんだけど。それを聞いたら、東国は大陸が二つに分かれているから、そのどちらかなんだろうってことだった。まだまだこの世界のことは分からないからもっと勉強しないとな。
「サリュは自分の国のことを話したのか?」
「あ、なんか流れで」
「よほどメイを信頼してるな。ほほえましい」
「団長、今はメイのことだ」
「ああそうだな。東国にいく価値はあると思う。が、今、旅の団は西を目指している」
あ、それはサリュの願いだからだろう。そりゃあ東国は気になる。もしかしたら私みたいにこの世界に紛れ込んだ人が潜んでいるかもしれない。けど、サリュの事情も聞いてしまったしサリュの方が先に「西」をお願いしてるんだから、それは仕方ない。
「大丈夫です、西に行ってください」
「すまんな、その後は必ず東国に向かう。俺は団員皆の願いを叶えてやりたんだ」
「はい」
私もその中の一人として入れて貰っているんだからありがたいし、団長に出会えたことは本当にラッキーだったとしか思えない。団長はずっとこうやって誰かの願いを叶えているんだろうか。聞きたくなった。
「団長はどうして旅の団をやっているんですか」
それまで笑っていた団長が急に真面目な顔になる。怖い、と思ったと同時に団長が口を開いた。
「そうだな、俺は――家族が欲しかった。一人で生きていくのもいいけどな――ダジマを拾って、誰かと生きるのもいいかと思ったんだ」
家族、団長は団員を家族と思っているのか。だから困っている人を拾っているのだろうか。こんな強い人でも、一人が怖かったんだろうか。一人でいいって思ってたのに、やっぱり一人は嫌だって思ったんだろうか。私と同じように。
こんなに強い人なのに。
手の届かない人だと思っていたけれど、急に団長の顔が近く感じた。
食事を終えて、私達は酒場を出た。
「新しい情報は何もなかったな、すまん」
ダジマさんに頭を下げられて慌てて首を横に振る。
「そんな、すごく楽しかったし、ありがとうございます」
「だと、団長」
「そう言ってくれたらよかった」
酒場から出たら、団長はようやく私の肩から手を離した。普通の距離に戻ったのに、すごくさびしく感じて思わず身をよせると
「なんだ寒いか?」
また笑われた。その笑顔がきらきらして見える。今までも男前だイケメンだハリウッド俳優だと思ってたけど、なんか、それよりもっと、光ってみえる。どうしよう、これは駄目なやつだ。
このまま一緒にいたい、もっと団長といたい、そんなことを思っているうちに、無情にもキャンプに帰りついてしまった。団長のテント前にはまたサリュがいて現実が迎えてくれる。
「おかえりなさい」
「なんだ、待ってたのか?」
団長は吹き出したけど、サリュは憮然としたままで「たまたまです」と呟いた。本当可愛くないわー。
「じゃあな、メイ」
「あ、はい、ありがとうございました!」
ひらひらと手を振って団長とダジマさんはテントに入っていく。これでまた、私はただの団員の一人だ。それが当然なはずなのに、このぽっかりと穴があいたみたいな気分はなんだろう。肩が寂しくてしかたないのはなぜなのかなんて、もう、分かってる。
私、このままじゃ本当に団長を好きになってしまう。今までみたいに「かっこいいから」とかじゃなくて、もっと近くにいてもっと話きいて知りたいって思っている。
「なんて顔してる」
サリュがぼそりと呟いた。
「何でもないよ」
「バカか、顔に全部出ている。――団長に惚れても無駄だぞ」
ずばり言われて、頭に血が昇った。
私だってこんな本当に好きかもなんて今自覚したばっかりなのに、どうしてサリュにそんなことを言われなきゃいけないの、と腹がたつ。
「うるさいな! ほっといて」
サリュの顔を見てたくなくて踵を返した私の手を、サリュが掴んだ。
「何っ」
「お前に話があるっ」
「また今度じゃ駄目? 疲れてんだけど」
「お前を呼んだのは、俺だ」
「は?」
「だから、俺が、お前を、この世界に呼んだ」
「は?」
空気が固まっていくようだった。
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