第20話
黙りこむサリュと首を傾げる私に向けてジイが話してくれたのはサリュの事情だった。
サリュは東の端にある国の第三王子なんだという事。
ただ、正妻の子じゃないから、城の中での立場が弱い事。第一王子からうとまれてて「本当に血が繋がっているか証明として力を見せろ」と言われたらしく、西の端にあると言われている千年樹の葉を持ってこいと言われている事。千年樹は竜の巣にあるらしく、そこに入るにはどうすればいいか、世界を旅しながら情報を得る為に、この旅芸人一座に身分を隠して入っていること。
ジイはそんな事をゆっくり静かに話してくれた。サリュが途中、何か言いたそうに私を見たけれど、珍しくジイが厳しくそれを制して最後まで話してくれた。
そっか、やっぱりサリュは本物の王子様だったんだ。性格の悪さはどうかと思うけど、この容姿なんだし、王子ですって言われた方がしっくりくる。妾の子とかって、なんかドラマで見た事のある設定だけど本当にあるんだな。それにしても、千年樹とか竜とか、なんか急にファンタジーみたいだ。
「そっか、サリュも大変なんだね。旅をしながら情報探しって私と一緒だ」
私も地球から来た人の情報を探しているんだから。
「違うっ」
それまで俯いたままで黙りこんでいたサリュがようやく口を開いた。私を見る目がどこか暗いのは何でなんだろう。どうしてこんな、今にも壊れそうに哀しそうな顔をしているんだろう。
なんとなく、この先の言葉は聞いてはいけない気がする。なんか、嫌だ。
「あ、の、そろそろ皆のところに戻らない?」
「メイ」
私を止めたのは、ジイだった。サリュはじっと私を見ている。その目がふいとそらされ逃げていく。
「どうしても今か」
「本当はもっと早くに打ち明けるべきでしたでしょうが」
「だが、もう少しだけ」
「――長引かせればその分だけ辛さ増しますぞ」
ジイとサリュの会話は何か分からない。けど、空気が重い。なんか嫌だ。
「じつは竜の巣に入る方法を一つ知ってな。ある街にいた魔女から買った情報なんじゃが、精霊の力があれば竜を眠らせることができると」
「うんファンタジー」
「ふぁん? とにかくサリュ様は魔女から精霊を呼びだす石を買い……失敗した」
「失敗」
「多分、石が偽物だった」
サリュに目をやると目元を押さえて唇を固く結んでいる。それがあまりに「やらかした」って表情に見えて、なんかサリュらしくない隙だらけのそんな顔が面白くて、私は思わず声をあげて笑ってしまった。
「サリュ、騙されたんだ?」
「……うるさい」
いやこれ悪いのは魔女だし、騙された人を笑うなんて性格悪すぎだ。けど、なんか、サリュが可愛くて顔が緩んでしまう。
「メイっ、笑いすぎだ」
「ごめんごめん。はい、ごめんなさい」
大きく息を吸って笑いをとめる。
うん、笑いすぎた。反省しよう。
「えっと、本当ごめん」
「もういい」
サリュは目元を隠していた手を外して私をじっと見つめる。綺麗な金色の眼だ。サリュはそっと前髪をかきあげた。いつも隠しているもう片方の眼、青が見える。この青も綺麗だ。
「この眼は母の色だ。金は父の色」
「うん? 綺麗だね、凄く綺麗」
「この青は兄達からうとまれている色だ。国の者ではない血の証だからだ」
だからいつも隠しているんだろう。王族のことなんかよく分からないけど、ドラマでも「妾の子」っていうのは、正妻とかその子供からいじめられたり排除されたりするものだ。サリュもそうなんだろうか。いや、そうなんだろう。だいたい「血が繋がっているか証明しろ」ってのも嫌な話だし、多分手に入れるのめちゃくちゃ難しいもの持ってこいってのも乱暴な話だ。さっき聞いた時はぴんとこなかったけど、だんだん腹がたってきた。
「酷い話っ」
「いや、こういうのはよくある話だ。王位継承をめぐれば色々あるものだからな」
「あ、うん」
ここらへん、確かに歴史の授業とかでもやった。後継ぎめぐって殺し合いとかになるんだ。全然関係ない世界の話だと思ってた。けど、この目の前にいる人は、そういう世界にいるんだろう。
「サリュ」
「あ?」
「さっき、笑って、本当にごめん」
サリュは必死なんだ。それを私は笑ってしまった。最低だ。心が沈んでいく。ぴんとこなかったなんて言い訳にもならない。想像力の欠如は罪だ。
「なんだ、素直だと気持ち悪いな」
「人が反省してるのに」
「別に反省とかいらん。――俺は別に、王位にこだわっているわけじゃない。そんなもの捨ててもいい。兄達も俺が帰ってこなければいいと思っているだろうしな。ただ、俺は、父と母に大事だと言われたんだ。それを否定されたくないだけだ」
サリュのお母さんは亡くなったって言ってた。お父さんは王様で、お城で後継ぎ問題のごちゃごちゃが起こっていて、サリュも候補に入っているんだろう。そこで心ないことをたくさん言われたのかもしれない。それこそ両親を否定するようなことまで。ここは聞いちゃいけない気がする。でもサリュは私に話してくれている。誰かに話したかったんだろうか。お城にはサリュの味方がどれくらいいるんだろうか? 王子なのに今サリュの側にいるのはジイだけだ。サリュの為に動いてくれる人は少ない、つまり、そういうことなんだろうか。
サリュは両親に大事にされたということを証明したい、ただそれだけでこの旅をしているんだろうか。なんか、何を言えばいいか分からない。
「まあ俺が一番信用してないのかもしれんがな。母親が死んで父親とは全く会わなくなった。同じ城にいてもあれは父でなく王だ。母は道具のように歌姫として消費されたのではないかと思ってしまう。それを否定したくてむきになっているだけなのかもしれない」
私にはサリュの哀しさとか苦しさとか、一ミリも分かってあげられない。あまりにも違うから。でも何か言ってあげたいと思う。この人の苦しみを少しでもなんとかしてあげたいと思う。でもどうしたらいいか――。
「メイ」
「はいい」
「なんて声だ」
微かに笑ったサリュはまっすぐに私を見ている。前髪をかきあげて金の眼と青の眼を揺らすことなくまっすぐに私を見ている。その迫力がちょっと怖いくらいだけど、目をそらしちゃいけないと思った。
「俺は価値あるものだと思うか?」
「は? 当たり前でしょ」
「お前はさっき母は道具として消費されたんじゃないだろう、それは歌が証明していると言った」
「うん」
「――俺を大事だと言ってくれた言葉は嘘じゃないと思うか」
「うん」
「思考もせず即答か」
「あ、いや、そりゃ私は何も分からないし知らないし勝手なことしか言えないけど、その綺麗な目が証明じゃないの。お父さんとお母さんに大事にされてると思ったからそんなに綺麗なんでしょ」
「これは、純血でない証だぞ」
「お父さんとお母さんの証だよ」
アホか私は。そんな綺麗事なんかサリュは欲しくないに決まってる。けど、平和な日本で生まれ育って、両親のこととかアイデンティティとかについてもここまで本気で考えたことない私にはこんなことしか言えない。まっすぐに見つめてくるサリュから目をそらさないでいることくらいしか、できることがない。
サリュはしばらく黙っていたけれど、やがてへにゃりと子供のように笑った。こんな笑顔見たことない。いつもはもっと意地悪な笑い方をするのに、なんか、見たことのない素のような笑顔にどきりとした。
「お前は単純だな」
「悪かったですねえ、仕方ないでしょ、だいたい私は普通の家で生まれ育ち――」
単純と言われたことに文句を続けようとした私の腕をサリュが急に掴んで、それから力強くぐいと引いた。何かと思えばそのままサリュの胸にぶつかって、痛いと文句を言うより早く、抱きしめられた。
ちょっと痛いくらいに、抱きしめられた。
「お前は、単純だ」
まだ言ってる。文句の一つも言い返したいけど、そんな余裕なんてない。心臓が跳ねあがって何の言葉も出ないのだ。
「だがそれくらいがいいのかもしれんな」
その声が優しい。
いやちょっと待って、なんで今、私はサリュに抱きしめられているんだ? なんでこんなにどきどきしてるんだ? これはサリュだ、意地悪で口が悪くて優しくなくて、けど、本当は優しくて、――もう駄目だ、何も考えられない。
まだ痛いくらいに抱きしめてくるサリュに何も言い返せないままで私は人形みたいにおとなしくサリュの胸の中にいた。
我に返ったのは、背後でジイの咳払いが聞こえたからだ。同時にサリュも我に返ったのか大慌てで私から手を離し、なんなら突き飛ばされた。
「な、なに、え、なに!?」
「いや、違う、間違えた」
「は? 間違えた? 何を? はあ?」
間違えて抱きしめたってこと?
「はあああ!? 何それ!」
「いや違う、それも間違いだ」
「も、もう、いい! 私、皆のとこに戻るから! サリュもさっさと来なさいよ!」
ああやだやだ顔が熱い。男の人にあんな風に抱きしめられたのなんて初めてだった。大きな手、強い力、逃げられない恐怖と、包まれていたくなる熱。思い出しただけでまた心臓が跳ねあがる。
それを「間違えた」なんて酷くない!?
結構な重さの告白を聞いたあとだというのにその衝撃よりも抱きしめられて間違われた衝撃の方が大きいってどうなんだろうとは思うけど、もう知らない。
「メイ!」
ジイに呼びとめられて顔だけで振り返ると神妙な顔でジイが言う。
「先ほどの話はここだけにして貰えますか」
そりゃ人の事情なんてべらべら他人に話すものじゃないから分かっている。頷くと安心したみたいに笑いかけられた。信用されているのかされてないのか。まあ、サリュは王子様だろうがどうだろうがサリュに違いないんだからこれからだって何も変わらない。
「サリュ様――いいのですか」
「必ず、話はする」
「ご自分の苦しみが増すだけですぞ」
「――ああ」
なんかそんなやりとりが聞こえたけど、足を止めるのはやめた。もうこれ以上は私の頭がパンクしてしまう。はやく皆のところにいって、そうだ明日の夜公演のことも考えなくちゃいけない。昼と夜では歌の響きも違うだろうし、お客さんの数も違うかもしれない。
私は私のすべきことをしよう。
まだ心臓の鼓動は落ち着かないけど、体に残るサリュの欠片を振り払いながら、私はキャンプへと駆けた。
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