第19話



 夕食は私が仕込みすぎた大量の唐揚げだった。鶏肉と森きのこと大根、全部唐揚げにしたからそれはもう大量の揚げ物パーティーだ。


「それにしても、よかったねえ、あんた達」


 ノーラに笑い掛けられてカツキが嬉しそうに頷く。アイジ君の横にはワカバがぴったりとくっついているのが可愛い。「アイジ君のかっこよさが皆にばれちゃった」って呟く姿はそれはもう可愛かった。ちっちゃくても女の子なんだな。


「メイ、良かったぞ」


 団長が足を引きずりながら側まで来てくれて、私はようやく体の力が抜けた気がした。


「良かったでしょうか」

「ああ、お客さんのあんな反応は初めてだった。――実はな、次の興行はいつなんだって問い合わせがきてな。明日もやるって言っちまった」

「ちょっ、団長、明日は野獣討伐の依頼を受けたろう」


 珍しくダジマさんが焦ったように団長を見たけど、団長は笑って軽く言う。


「夜の興行にする。討伐は朝からだからな、間に合うだろう」

「いやでも俺は討伐に行ってから夜は興行って事か? 人使いが荒すぎるんじゃ」


 ダジマさんのぼやきに団長は口先では謝ってるけど、全然悪いと思ってない感じなのが面白かった。


「という事で、明日は夜興行だからな、皆よろしく」


 団長の声で皆が歓声をあげて、お酒の入ったコップを持ち上げた。

 ああ、本当によかった。私、初めてここで役にたったんじゃないだろうか。踏み出した一歩、そこで見られた景色はこんないいものだったんだ。


 最初の一歩、踏み出させてくれたのはサリュだった。そうだサリュ、どこだろう。この唐揚げパーティーの中にサリュの姿が見えない。あれ、と思って探したけどやっぱり見えなかった。ジイがいたからそっと聞いてみたけど、ジイも知らないみたいだった。また独りでなんかしてるのかなと思ってテントを探してみたら、キャンプから少し離れた広場の隅でぼんやり座っている姿を見つけた。慣れない事して疲れたのかもしれない。せめてごはんくらいは持っていってあげようと、唐揚げをお皿に入れてからサリュの元に急ぐ。


「サリュ」


 私の声にぼんやりとしたまま顔をあげたサリュは何も言わなかった。よほど疲れたんだろうな。唐揚げを渡すとそれは素直に受け取ってくれた。


「お疲れさま」


 隣に座った私をちらと見たサリュはいつもより静かだからか余計綺麗に見えた。なんというか、弱った美形って無敵感がすごい。


「ああ……」

「でも大成功だって。団長も褒めてくれたし、明日は夜興行だって」

「明日? 明日もやるのか」

「そんなに疲れた?」


 サリュがそっと瞬く。金色のさらさら前髪が片目を隠しているのが惜しいくらい長いまつ毛が綺麗だ。


「サリュ、すごい良かったよ、私の隣にいた子なんてため息ついてた。やっぱ顔がいいからねー。それに目があったら笑ったでしょ、あれよかった」

「お前が言ったんだろう。客を見て歌え、目があったら笑えって」

「そうなんだけどね」


 お客さんを楽しませるパフォーマンスなんてまだ出来ないから、とにかく笑顔を見せてほしかった。あの瞬間、確かにサリュはアイドルだったわ。


「ねえサリュ、ありがとうね、本当は嫌なのにやってくれて」

「っ、いや、それは……」


 サリュはしばらく黙ったあと、小さく、それは小さく呟く。


「楽しかった」

「え」


 一瞬、耳がおかしくなったのかと思ったけど、てれくさいのか俯いて顔を隠してしまったサリュは確かにそう呟いたんだ。


「楽しかった? 楽しんでくれたの!?」

「……うるさい」


 すごい、どうしよう、嬉しい、まさかあれほど嫌がってたサリュが「楽しい」なんて言ってくれるとは思わなかった。やっぱりサリュは歌う事が好きなんだと思う。どうしよう、嬉しい、嬉しいのだ。


 でも、サリュは顔をあげない。下から覗いてみた表情は、とても暗かった。楽しかった、と言う人の顔じゃない。


「サリュ、どうして、そんなに、元気ないの」


 楽しかったと言ってくれたのに。

 サリュはようやく顔をあげて私を見つめると、まるで何かを侮蔑するように口の端をあげて笑った。


「俺は、こんな事を楽しんでいる場合ではないのに」

「え?」


 こんなことって、歌? あんなに皆に喜んで貰って、一生懸命練習して、そんな全部を「こんなこと」って。頭にくる。何か言ってやろうと思ったけど、なんだかサリュの皮肉気な笑いがまるで自分自身に向けたものに見えて、思わず黙った。


「歌うたいなど、王を喜ばせるための道具だと、言われてきた」

「……お母さんのこと?」

「ああ――だが、今日の客は、俺達を、道具だと思っているようには見えなかった」

「そりゃそうでしょ、アイドルは私達見ている人を幸せにしてくれるんだから。サリュだって今日、たくさんの人を幸せな気分にしたんだよ?」

「幸せな気分……そうだろうか」

「そうだよ、だいたい歌にはものすごい力があるんだから。きっとお母さんのことだって、王様は自分を喜ばせる道具だーなんて思ってないんじゃない? だってサリュの歌ってすごく優しいじゃない。それってお母さんが優しい歌を歌ってたってことなんだろうなって思ってて。道具みたいに思われてる人が、あんな優しい歌うたえないと思うな」


 私は王様のことなんて知らないから、こんなの適当な希望論なんだけど、あながち間違いでも無いんじゃないだろうか。というか、そうであってほしい。


「父も母も互いに幸せだったのだと、思っていいんだろうか」

「そう、きっとお母さんもお父さんも幸せだったんだよ」


 ……あれ?

 なんか、あれ、なんで急にお父さん出てきた? 

 え?

 だってお母さんは王様お抱えの歌姫だったよね? 

そのとき、

「サリュ様は東国の第三王子にあらせられるのです」


 突然の第三者の声に私は悲鳴をあげてはねあがり、サリュが鋭い声で突然の乱入者――ジイを怒鳴った。


「いらぬ事を言うな!」

「いえ、メイには知る権利がある」

「それは――」

「いつまでも逃げてはいられますまい」

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