第18話
☆
眠れない夜を越えて、朝が来た。
この街には時計が広まっていないらしく、時間は鐘を鳴らして知らせる。街の規模は小さな部類なんだけど、治安はいい方だ。百人集まればいい方だ、とは団長の言葉だ。少しでも人を集めたい。昨夜、寝ないで書いた興行のお知らせノートの切れ端チラシを持って私はワカバと朝から街へ出た。もう私にできる事はこれくらいしかない。
チラシを配り終えてキャンプに戻るとノーラがへろへろになって出てきた。
衣装はノーラが素敵なマントに仕上げてくれた。この短い時間でマントに刺繍まで入れてくれてるのがすごい。三人に羽織って貰ったけど、すごく似合ってた。首元をとめる為にリボン結びにするとき、サリュが嫌そうな顔をしたのは面白かったけど。
「こんなひらひら邪魔だ!」
「いいの、似合ってるよ?」
「嬉しくもない」
相変わらず可愛くない事を言いつつも、ちゃんと衣装での練習もしているあたり、本当にサリュはめんどくさい人だ。それすらも個性に見えるのは美形補正か。
ダンスは間に合わなかったから、簡単な手振りだけだけどやらないよりはいいと思う。とにかく、もうやれる事はやったんだから、おとなしく本番を待つしかない。でも何かしてないと落ち着かなくて、夕食の仕込みを大量にしてしまった。
「メイは興行しないのにおかしいね」
ニーナには笑われたけど、私だってそう思う。等の本人達はけろりとして広場の準備をしているというのに。サリュに至っては普段の雑用の仕事もあるので直前まで市場に買い出しにいっていたほどだ。
「俺はこっちが本業だ」
「そうだけどね? なんかこう、緊張とかしないの? 興行出るの初めてなのに」
「俺はおまけだ。客はカツキとアイジを見るだろう」
いやそんな事ないと思う。この顔にあの優しい歌声は絶対に見過ごされるはずがない。なんという無自覚。興行の後、サリュがどんな反応になるか見るのは楽しみになってきた。何にしろ、もう私に出来る事はない。
「じゃあ、頑張ってね」
「まあやれることはやる」
またそんな可愛くない事いうけど、実は私は知っている。ジイから聞いているのだ。
『昨夜はなかなか寝付かなかったぞい』
緊張してるんじゃんか。言わないけど。
広場で鐘が鳴る。
これから興行を始める合図の鐘だ。これを聞いて広場へ駆けてくる人達を見ながら、私はそっとその中に混じった。お客さん側から三人を見ておきたいからだ。あと、生の声を聞いておきたい。
興行は始まった。
大道芸から寸劇、動物の芸当を終えて、カツキが吟遊詩人として一人で歌う。歌声はよく伸びて響いて、調子がよさそうだ。
お客さんは楽しんでくれているみたいだった。結構なおひねりが飛んだと思う。増やしたチラシの効果が少しはあったのか、数えてみたらお客さんは百五十人くらいいた。
カツキの歌が終わってしんみりした空気を切るようにダジマさん一人の剣舞が始まる。カアサの出番はこの次だった。心臓の鼓動が早くなる。こんなに緊張したのは受験での面接以来だ。落ち着きたくてダジマさんを集中して見る。実践では使えないような長くて細い剣を振って舞う姿はいつ見てもかっこいい。空手の型みたいなものだろうけど、剣の事なんて何も分からなくてもかっこいいものはかっこいい。今日は一人だけど団長と絡むとちょっとセクシーに見えるのも不思議なところだ。私の周りにいた人も「おお」と感嘆していて、鼻が高かった。
カアサも少しでもこんな声がきけるといいけど。
ダジマさんの剣舞が終わって、ついに三人が出てきた。軽い風に綺麗な空色のマントが翻って、うう、かっこいいじゃないの。隣の同じ歳くらいの女の子が「わあ」と呟いたのは、絶対かっこいいと思ったからだ。
「こんにちは」
カツキがさっきのしっとりモードが嘘みたいに元気に挨拶をする。興行ではあまりMCみたいな事はしないけど、アイドル「カアサ」はお披露目でもあるし自己紹介ははずせない。カツキ、アイジ君、サリュの順番で簡単に自己紹介をして、ちょっとお客さんがざわついた。うん、出てきて芸もせず名を名乗るって意味が分からないんだろう。これから何が始まるのか、眉をひそめて様子を伺っているってところだろうか。
「では歌います」
カツキの声で「ああ、歌が始まるのか」「三人いるぞ?」ひそひそ聞こえてくる。
ゾラのギターが鳴る。
一曲目はダブルのコピー曲だ。ポップな応援ソング、私の心のテーマ曲でもある。踏み出せ一歩の「RUN」。
聞いた事のないテンポの曲に、またお客さんがざわつく。さあ、黙らせてカツキ。
遠くまで響くようなカツキの澄んだ歌声に、確かにお客さんは黙りこんだ。聞き入っているのだ。息が止まりそうだ。アイジ君の耳触りがいい低音がかぶさる。隣の女の子が小さく悲鳴をあげた。その顔は赤い。そこにサリュの優しい声が響いた。心臓が止まりそうだ。なんて。なんて青空の下に似合う歌声なんだろう。
不意にサリュと目が合った。瞬間、真剣だった顔がふわりと微笑んだ。ひい、美形の微笑みすごい。両隣の女の子がきっちり悲鳴をあげる。それがきっかけだったみたいに、三人が歌いながら笑う度、女の子の声が聞こえてきた。いわゆる黄色い声というやつだ。
そうでしょ、かっこいいでしょ、元気出るでしょ!?
様子を見ていた一曲目が終わって、中には帰る人もいた。けどめげずに二曲目、ごはん美味しいの歌は簡単な横振りの手振りがあるから、私もそれを真似て手を振る。そうすると横の女の子も一緒に振ってくれて、その子の親も振ってくれて、知らぬまにあちこちで一緒に手振りをしてくれた。
そうそう楽しいでしょ!? この一体感!
「えっと、最後の曲です」
カツキが残念そうにそう言って、私は声を振り絞って
「えーーー!」
って叫んだら、後ろにいた女の子も「えーーー」って言ってくれた。
最後の曲はダブルのミディアムラブバラードだ。会えない恋人を想う歌「君がいたから」。歌詞の翻訳は皆の力を借りて頑張った。何よりこれは「ハモリ」を聴かせる曲だ。さっきまでは女の子の歓声ばかりだったけれど、三人がハモるサビで、帰りかけていたおじさんが足を止めて振り返った。同じように足を止める人が何人もいて、なんなら口元を押さえている若い男の人もいた。恋人の事を考えているんだろうか。そうだったら嬉しい。
三曲を歌い終えて三人は深々と頭を下げる。
広場は静まりかえっていた。私の隣の女の子も、帰りかけていたおじさんも、ずっと空を見ていたおばあさんも、ぼんやりと三人を見ている。私は手がちぎれそうなくらいの勢いで手を叩いた。こんなに心をこめて拍手をした事なんてない。
そうするとあちこちからパチパチと拍手が始まって、やがて広場全体に拍手が広がっていく。前の方で「すごい」って声が聞こえた。
そうでしょう? 彼らはすごいでしょう?
すごく胸を張りたい気分だった。
こうして「カアサ」にとって初めての興行は無事に終了したのだった。
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