第17話

 興行は日によって昼間行ったり夜に行ったりする。今回は昼という事だったから、本当に準備出来る時間がちょっとだけだった。


「団長も無茶言うねえ」


 衣装を準備してくれながらノーラが私に向けて肩をすくめた。


「でも、団長の怪我が心配です」

「まああれは古傷って事もあるからね」

「古傷――団長って」

「過去の事は知らないけど、体中傷だらけだよ。傭兵しながら生きてきたとは言ってたね」


 体中傷だらけ、か。平和な日本育ちの私には傭兵って言われてもピンとこない。団長だけじゃなくてダジマさんもマスクの下の顔は傷だらけらしいし、ニーナなんて人身売買の果ての失明だ。私には想像も出来ないような日々が、この世界には溢れている。いや、それは日本にいたときだって本当はそうだったのかもしれない。他の国での出来事はドラマか映画のような気分で見ていた。自分には関係ない世界の話だった。でも、そこには団長やニーナのような人もいたのだろう。私は何も知らなかったし、知ろうともしなかったな。

 ちょっと気分が沈んできたところで、えらい事に気付いた。ノーラ、さっき、団長の体中に傷があるって言ってたけど、いつ見たんだろう? 団長が服を脱ぐところなんて見た事ないんだけど。

 あ、これは、考えちゃ駄目なやつではないだろうか。駄目だ、考えちゃ駄目だ。けど、体を見る機会なんて、あの、アレ以外にある?


「メイ」

「はいいい」

「ははっ。私と団長は何もないよ。私は衣装担当だからね、体に合わせて衣装を作るんだから着替えを見た事もあるのさ」


 私の頭をぐりぐり撫でながらノーラが豪快に笑って、私はちょっとだけほっとした。だって団長とノーラってすごくお似合いな気がするし……。


「って、私、そんな顔に出てました?」

「そりゃもう」


 ノーラがまた吹き出す。


「そんなに団長がいい?」

「いやいやいえいえ、別にそんなんじゃないんです、ただ私を拾ってくれた人だから恩があるし、つい頼ってしまうというか。団長優しいし、やっぱり格好いいし」


 ノーラはにこにこしている。


「けど、本当にそんなんじゃなくて、団長は困っている人みんなに優しいことも分かってるしそれに私はこの団の皆が好きだしだから団長がどうってことじゃなくて」


 ノーラはまだにこにこしている。

 駄目だ、このままでは喋れば喋るほどにこにこされそうだ。慌てて話題をかえる。


「それよりノーラ、カアサの衣装ですっ」

「ああそうだったね」


 ふう、そもそも私がここにいるのは明日の興行でカツキ達に着て貰う衣装をお願いにきているんだ。


 アイドルのユニット名をどうしようかと悩んだんだけど時間もないしとりあえず三人の名前を頭からとって「カアサ」にしておいた。これはまた考えなきゃと思う。こっちの言葉で変な意味だとダメだと思ったけど、特に意味のない言葉らしいから良かった。高校の近くに「カーサ犬山」って家具屋さんがあったから、向こうの世界でも悪い言葉じゃないと思う。とりあえずカツキ、アイジ君、サリュ、の三人は「カアサ」として明日歌をうたう。

 次は衣装、って事で私はノーラのところに来ているんだ。


「出来れば三人揃いの衣装がいいんです」

「それだよねえ、あの三人って体格も雰囲気もばらばらだろ、揃える意味あるのかい?」

「はい、一体感が出るので揃いがいいです」

「メイが言うならそうするけどね、カツキの衣装はいくつもあるんだけど」


 とりあえずそれを見せて貰う。アイドルグループにはそれぞれ「色」がある。それはテーマというか個性というか「こういうグループです」というテーマみたいなものだ。ダブルなら「クール」だった。「カアサ」はどうするか。カアサのセンターはカツキだ。やっぱりそのいいところを全面に出して、明るくて元気ってイメージがいいと思う。けど今までしっとりバラードを歌っていたカツキの衣装にそういうものはない。


「うーん、明るい感じねえ。だったら剣舞用の華やかなやつかねえ」

「それって団長とダジマさんが着るやつですか?」

「そう。ちょっと頑張って宝石の欠片に見せて硝子の欠片くっつけたりしてるやつね」


 確かに体を大きく動かす剣舞用の衣装は他のものに比べて華やかだ。けど、ひらひらとかきらきらじゃないんだよなあ。だって歌うのは「ごはん美味しい」とかだもん。

 何かいいのがないかなと思ってみていたら、いい感じのを見つけた。シンプルな薄青いロングコート、みたいな、襟元と袖に綺麗で細かい花の刺繍が入っている。すごくすごく可愛い。これに綺麗な黄色のサテンっぽい腰帯巻いたら華も出る気がする。すごくいい。


「ノーラっこれがいいです!」

「これ? いやでもこれは女物だよ?」


 うん分かってる、これはいわゆるワンピースだ。可愛い、私が欲しいくらいだ。


「なんとかなりませんか」

「うーん、布は余っているから縫う事は出来るけど三着となると時間がねえ」


 そりゃそうだ。昔、家庭科の授業でワンピース作ったけど、すごく時間かかったっけ。しかもあれはミシンありきだ。ここは手縫いなんだからそりゃそうだろう。縫わないで形になればいいんだけど……。


「あっ、じゃあ、マントに出来ませんか! 数曲歌う間だけだからそこまでしっかり頑丈じゃなくてもいいし、上を折り返してそこに黄色の腰帯を通して、前でリボン結びにすれば」

「なるほど、ちょっとやってみるよ。出来たら呼ぶから、メイは他の事やってな!」


 ノーラがにやっと笑って私の背中を叩く。


「燃えてきたよー」


 無茶ぶりしてるのに楽しそうに笑ってくれたから、本当に良かった。それになんとか衣装に目途がついたから良かった。


「えっと次は」


 ノーラのテントから出てやる事リストのチェックをする。歌と演奏は今、必死で練習してる。衣装はノーラにお願いした。とりあえず興行には立てると思う。

 カアサの出番は一番最後になった。成功するかどうなるか分からない以上、他の興行を邪魔する訳にはいかないからだって。なるほど。興行での成功というと「お客さんに喜んで貰う事」だそうだ、そこでお金を貰う以上、それは当然だろう。

 この世界の人にダブルの音楽を「カアサ」として披露する。この世界の音楽と違う音楽をどう受け取ってくれるか、それは本当やってみないと分からない。お客さんが皆帰っちゃうかもしれない。全然見てくれないかもしれない。

 あ、やばい、ネガティブになってきた。お腹の底が冷えていく感じ。明日は本番なのに発案の私が元気じゃなくちゃダメだろう。元気出さなきゃ、今はネガティブを飛ばさなきゃ。こういうときはいつもダブルに助けて貰ってきた。そうだ、ダブルを聞こう。プレイヤーはカツキに預けてある。三人が練習している広場へ向かうと、テントの陰にいるワカバを見つけた。


「ワカバ?」


 声をかけるとワカバは小さな肩をびくりと揺らして私を振り返った。


「メイっ、ごめんなさい、覗いたりして」

「ん?」


 テントの陰からワカバが覗いてたもの、それは練習をしてるカツキとアイジ君とサリュだった。ワカバはアイジ君が好きなんだもんな、見たいよね。分かる気がする。


「別に堂々と見ればいいのに?」

「ううん、だってこれは興行の練習だから、ワカバ邪魔しちゃいけないの。でも、この歌聞いて三人見てたら、元気になるから、つい、見ちゃうの」


 俯きながら赤くなるワカバはちょっとだけ笑って、その表情は小さな子供ではなく、なんだか大人びてみえた。


「そっか、元気出るんだ?」

「うん! アイジだけじゃなくて、サリューもかっこいいね」

「人気出るかなあ?」

「うん!」


 ワカバは満面の笑みを残して自分のテントに帰っていった。本当、ワカバは可愛い。ワカバを真似してテントの陰からこっそりと覗いてみる。

 焚き火を中心にカツキとアイジ君とサリュが顔を突き合わせて何か話しては、歌い出す。同じところを歌っているのはハモりを確認しているんだろうか。ナラとゾラのギターに合わせて歌い出しの練習もしていた。その顔は真剣で、なんだか心臓の辺りがぎゅっとした。何度か合わせた歌い出しが綺麗にきまったとき、三人は顔を見合わせて弾けるように笑った。つられて私も笑ってしまう。

 ああ。なんだか元気が出てきた。

 そうだ、私はネガティブになっている暇なんてないんだった。

 こうやって覗いているだけで元気を貰った。

 明日はきっとうまくいく。ワカバとか私みたいに「誰か」に元気を届ける事がきっと出来る。少しでもその「誰か」を増やしたい。


「よし、まだ時間あるね」


 私も負けていられないと思うから。

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