第16話



 勢いに乗ってるってこういう事かなって思う。あの焼き鳥の夜に皆の前で歌ったのが良かったのか、私達の練習は各自の時間の合間、でなく、ちゃんと時間をとっていい事になった。これは正式に興行の演目として披露出来るものにする、って事だ。団長の決定だった。期待に応えたくて、ダブルの歌詞はこっちの言葉で翻訳してなんとか形にした。時間が増えたからか三人はみるみる歌えるようになって、アイジ君が独自でみつけた旋律で三人ハモるのは本当に綺麗でうっとりした。

 ナラとゾラは難しいなーとぼやきながら三日で曲を持ってきてくれた。言ってなかったのに、それは元気になるような曲で私が思ってたイメージぴったりの曲だった。すごい。それに歌詞を付けるのは私なんだけど、む、難しい。三分くらいの短い曲だけどなんせ作詞なんてした事ないし。


「元気な曲だから元気が出るような歌詞―」


 録音ができないから自分で歌いながら言葉を探す。テントの外では三人がナラとゾラのギターに合わせて歌の練習をしてる。すごい、ギターあったらまた厚みが違ってすごくいい。あんなに嫌がっていたサリュも無愛想ながらもちゃんと歌ってる。私も頑張らないと。

 元気が出る歌詞、元気、元気ねえ。私が一番元気出るのはダブル見てるときだけど、ここにはダブルはいないし、元気出るときって他に何があるかな。……団長といるとき、とか。いやいやいやそんなの歌詞にできる訳ない公開告白じゃないの。それに歌うのはカツキ達なんだし、うーん。

 私がノートを前に頭を抱えていると、無遠慮にテントの入り口がはぐられサリュが顔を出した。


「ちょっと乙女の部屋にノックもなしに」

「のっく? まあいい、そろそろ時間だろう。お前も夕食の準備じゃないのか」

「あ、そうね。じゃあ今日は解散で」

「夕食は何だってザラが騒いでるぞ」

「今日は熊鍋だよ。昨日団長が捕ってきたから」

「そうだったな。変わったものはないのか? ほらお前、変なもの作るだろう? ザラはそれが楽しみらしい」

「変なものって。うーん、今日はないよ、今はまだ開発中だから」


 今、私が必死で開発しているのは、カレーだ。どうしても食べたい、どうしてカレーって急に食べたくなるんだろう。こっちのご飯は素材が美味しいだけに味付けはとてもシンプルだから時々どうしても濃いもののが食べたくなるんだ。今はターメリックを探している。カレーってスパイスの調合が命ってイメージだから時間かかりそうだけど。


「そうか、ないのか」


 なんかがっかりしたみたいなサリュが面白い。これで結構楽しみにしてるのはザラじゃなくてサリュの方なんじゃないかって思えてくる。


「明日はシチューにするよ」

「そうか! あれは美味いからな」


 牛乳もバターも小麦粉もあったから、シチューっぽいのは結構苦労しなくて出来た。これもなかなかの好評だ。なんでも牛乳を料理に使うってのは発想にないことだったらしい。このサリュでさえ笑顔になるんだからシチューってすごい。っていうか、ご飯って凄い。あ。


「あ、これじゃん!」

「は? 急に大声出すな、耳が痛い!」

「ごめん、でもこれだよね! 元気が出る歌、ご飯の歌!」

「は?」

「ご飯美味しいの歌詞にする」


 アイドル曲としてどうかと思うけど、こういうコミカルなのも一枚のアルバムには一曲くらい入るものだし、うん、いい事にしよう。

 サリュは首を傾げてたけど、気にしない。





 こうやってなんとか一曲オリジナルが出来た。

 三人に歌詞を渡したとき、カツキとアイジ君は目を丸くしてたけど、サリュだけは吹き出した。


「これのことか」

「そう」

「バター溶かして小麦粉混ぜながら炒めて牛乳をそっと投入」

「シチューの作り方じゃないか、これ」

「けど面白いよね」


 カツキがすぐにメロディーに歌詞を乗せて歌い出す。やっぱ天才だ。それに私の幼稚な歌詞でもカツキが歌うと可愛く聞こえる不思議。もはや才能でしかない。


「こわばった君の顔も笑顔にさせる温かさだからーきっと明日も笑顔が見られるー」


 アイジ君のちょっと低い声はセクシーでどきどきするし。めちゃくちゃ嫌そうにハモるサリュの声は一番優しい。


「ってサリュ、いきなりハモれるンだ!?」

「なんとなくこつが分かった」


 そんなものなんだろうか、やっぱこの人も天才なのかも。


「理屈が分かれば出来るだろう、相対する音程が決まっているんだから」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「それよりメイ、これ――俺の事じゃないだろうな」


 ばれた。まあばれるか。シチューに喜ぶサリュ見て思いついた歌詞なんだって事。


「誰がこわばった顔だ!」

「まあまあ、可愛い歌だよ、こんなストレートな歌初めてだ。誰にでも分かるし、すごくいい。望郷が一番人の心に届く歌だと思っていたけど、こんな何でもない毎日の事だって、人の心には届くのかもしれないな」


 アイジ君がサリュと私の間に入ってくれて、しみじみ呟いた。これはとても嬉しい。そうそれ、こっちの世界の歌は雄大すぎてどこか遠いものだった。私の知っている歌はいつだって主人公が「私」なんだ。だから共感して元気が出る。どっちがいいって事じゃないけど、私が目指すアイドルは皆を笑顔にするものなんだから大事にしたいのは「今日」で「私」なんだ。まあ、ごはん美味しいは稚拙すぎるけど。ちゃ、ちゃんと作詞も頑張らなきゃだけど。


「とにかく三人で合わせてみて?」

「分かったー」


 カツキとアイジ君が歌詞の割り振りをしてる。もうこういうのはカツキに任せておけば間違いない。サリュはまだ私を睨んでるけど無視無視。本当、サリュって王子様キャラなのに子供みたいだ。本当のアイドルだったらめっちゃ人気でると思うわ。


「出来た、歌ってみよ」


 カツキのリードで「ごはん美味しい」が始まって、三人は何だかんだいいながらその完成度をあげていってる。すごい。私にできる事なんてもう感想言う事くらいしかない。

 この調子だったら次の次の街くらいにはお披露目できるかもしれないと思っていた、そんなときだった。


 不意に練習に顔を出した団長が難しい顔で言った。


「すまんが足の調子が悪くて明日の興行には出られそうにないんだ。代わりにあいどるやってくれないか」

「えっ、足、怪我したんですか」

「まあ古傷がちょっとな。だからお前達に穴埋めをたのみたくてな」

「そんな急です!」


 まだダンスも考えてないし、衣装とか、MCとか、やってない事だらけなのに。


「さっき聞いてたが、みごとな歌だったぞ? 十分興行で喜んで貰えるものだ」


 歌は確かにそうだけど、アイドルっていうにはまだ全然足りない事がいっぱいで。だいたいこんな急な事をOKするはずが


「やった、興行出来るんだ!? ありがとう団長」


 ああうん、カツキならそう言うよね。アイジ君がそれにNOを言うわけないし、そうだこんな時こそサリュが


「まあ、事情が事情だ」


 くっそ、頼りにならないわ。


「そういう事で、明日は頼むぞ。中央広場だからまあ人は集まるだろう」


 団長はにこにこ笑いながら私の頭を撫でてから、去っていった。だから犬みたいに撫でるのやめて――いいけど。それにしても困った。明日じゃダンスは間に合わない。


「そうだ衣装、どうしよう、お揃いじゃなきゃ――相談にいかなきゃ。MCはゾラに頼んで、内容は私が考えて、あ、名前、名前どうしよう!」

「名前?」

「そう、このユニットの名前、ええと、ほら三人まとめた組に名前付けたいの。赤の団とかあるじゃない?」

「何でもいいよ」


 カツキは興味なさそう。うう、もう私が考えよう。


「やっと興行出来るんだ」


 カツキの目がきらきらだ。アイジ君もほっとしたみたいに息をはいて、ようやく私は気付いた。

 そうだ。これは遊びじゃない。ただの「チャレンジ」でもない。これはこの団にとってのビジネスなんだ。興行でお金を貰わないと明日に繋がらない。どれだけ歌が上手くても練習だけじゃ何にもならない。それが旅芸人って事だった。練習だけの日々は不安だったのかもしれない。私はそこまで考えてなかった。ずん、と肩が重くなる。明日は絶対に成功させなきゃいけない。だからサリュでさえ、急な事に文句を言わなかったのだろう。


 だったらもう、明日までに出来る事は全部やっておかないと。


「あのっ、歌、完璧にしといてね、私は衣装と進行の相談言ってくる!」


 今のところ出来る曲はダブルのカバー二曲と「ごはんおいしい」全部で三曲。時間はどうなんだろう、もっと必要ならカツキのソロで吟遊詩人として歌って貰って。あ、演奏、ソラとゾラにも依頼にいかないと。

 ああ、頭がパンクしそう。


「メイ、分かった、俺達は完璧に歌えるようにしとく!」


 カツキが心強い笑顔をくれて、私も大きく頷いてその場を離れた。まずはソラとゾラを呼んで音を合わせて貰って、それから衣装を。


「メイ」


 不意に背中から静かな声で呼ばれて振り返ると、サリュが近付いて来る。


「練習しなきゃでしょう?」

「そうだな。だが」


 止まる様子を見せないサリュは私の目の前までくると、おもむろに私の頭に手を乗せた。


「な、なに」


 そのまま頭をぐりぐり撫でられて、まさかサリュにまで犬扱いされるとは。


「ちょっと、私は子供じゃないし犬でもないけどっ」

「虫」

「は?」

「落ち葉虫ついてる」


 落ち葉虫。その名の通り、枯れ葉のような茶色くて薄っぺらい見た目なんだけど、その裏側にはびっしりと足がついててウゾウゾ動いてはっきり言えば私は苦手なやつだ。


「ぎゃ、ぎゃ、や」

「大丈夫だ、取ったから」


 サリュは何かを遠くへ投げて面白そうに笑う。


「なんて声出してる」

「だ、だって、あれは相当苦手でだって足がうぞうぞって」

「落ちつけよ、死にはしない」

「そうだけど、そういう事じゃなくて」

「じゃあな」


 ちょっと待って本当にそれを取る為にわざわざ追い掛けてきたの? おお、優しい。本当サリュの優しさって分かりにくいようで、分かりやすい。それになんか、肩の力が抜けた。


「よし、やらなきゃ」


 今出来る事を精一杯やろう。


駆けだした。


 

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