第15話
歌い始めは上のパートのサリュからだ。サリュは相変わらず無表情のままで、けど溜息をついてから歌い始めた。よく通る澄んだ声に、一瞬みんなが息を飲んだのが分かる。サリュの歌声を初めて聞いたから当然だろう。いつも無口で喋っても無愛想だから、こんな声で歌うなんて想像出来ないもんね、分かるわ。サリュに重ねてアイジ君が優しい声で下のパートを重ねて、ちょっとざわめいた。
「なにこれ」
「なんか分からんけど綺麗だなあ」
けど、これさっきちょっと練習しただけなのにもう歌えてるのアイジ君もサリュも凄くない? 思わず拍手をしようと思った私にカツキがにやりと笑い掛け、おもむろに二人の旋律に割り込んだ。ダブルの曲ではでてこない、三人目の旋律。それはびっくりするくらい綺麗に二人と絡んで、歌を厚く美しくしていく。
すごい。これアイジ君が思い付いたなんて。すぐに合わせられるカツキも本当すごい。
サビの部分を歌い終えて三人はふうと息をつき、一瞬流れた静寂を切ったのは手が壊れそうなくらい大きなワカバの拍手だった。それにつられるように皆が拍手をくれて、私もいっぱい拍手した。
団長が腕を組んで小さく頷いている。
「これはもう興行に出れるんじゃないか? メイ、どうだ?」
「えっ、いえ、もうちょっと準備がいりますっ」
だってまだ練習始めたばっかだし、曲もまだこれだけだし、ダンスも――。
「美しい音だが、何を言っているのかは分からんな」
ダジマさんが顎をさすりながらこっそり囁いて来る。
「これはメイの世界の音楽か?」
「あ、はい、そうですね、言葉……歌詞考えないと」
「分からない言葉も悪くないが、分かるものも準備した方がいいかもしれないな。メイが言葉をこの世界のものに替えればいいんじゃないのか?」
「翻訳! 私が、ですよね……」
「メイ以外には出来ないと思うが」
だってただ言葉を直すだけじゃメロディに合わない。だったら意訳もしなきゃいけない訳で、そんな高度な事私にできる訳がないと思う。
「歌詞、いりますかね?」
「まあ、あった方が伝わりやすいだろう?」
「そう、ですよねえ」
音は綺麗でも何言ってるか分からないと興味もなくなってしまうかもしれないもんね。
「う、がんばります」
「これはどんな事を言っているんだ?」
急に団長も乱入してきて、ああ、金の髪が眩しい。
「あ、えっと、これは、なんだろ、えっと」
やばい言いづらい。だってこれ、めちゃめちゃラブソングだし。
「メイ?」
団長に顔を覗きこまれて、心臓壊れるかと思った。彫が深くて外人さんみたいでかっこよくて――まあ異世界人なんだけど――優しくて男らしくて、ああだめだ頭が回らない。
「あの、その、これは、好きなひとに向ける歌で」
なんかもう団長の顔が見れない。ダジマさんが苦笑してるのはコレ私ばれてるんだろうか。もう逃げだしたい。と頭を抱えたところでサリュに呼ばれた。
「おい、鶏が足りないぞ」
「あ、うん、すみません、焼き鳥焼いてきます!」
多少強引に団長とダジマさんの前から逃げ出して焚き火網の前まで駆ける私にサリュがついてくる。そんなに焼き鳥食べたいんだろうか。まあ美味しいからね、タレ。
「ごめん、すぐ焼く」
「ああ」
サリュはそのまま黙って私が細い枝を串代わりに肉を刺すのを見つめている。そんな珍しい事はしていないのに、何をそんな熱心に見ているのか。
「なに? 待ちきれんの?」
「そんなんじゃない」
サリュはまだ見てる。これは何か話したい事でもあるんじゃないだろうかとやっと気付いた。このタイミングで話したい、ならさっきの歌の事だろう。
「サリュ、すごく良かったよ?」
「あ? 何が」
「だからさっきの」
「ああ、カツキがすごかったな、あいつは天才だ」
「うん。でもサリュもすごく良かったよ? ほら皆びっくりして」
そこまで言って、私はようやく本当のことに気付いた。いつもは皆サリュの事なんて気にしない。前にニーナ達と話したときから知っているけど、サリュは顔はよくてもこの中ではもてない。芸がないからだ。けど、今は女の子達の目がちらちらとサリュを追っている。おお、ようやくサリュの美形さが輝くときが来たんだろうか。
「サリュ、よかったね、やっとモテるよ」
「……うるさい」
やっぱそうだ。サリュは注目されて居心地が悪いんだろう。だからって私の側に逃げてこられても困るんだけど。私はサリュのお母さんじゃないし?
「ほら、もうちょっと愛想よくしてよ。アイドルにとってそれも仕事だよ?」
「俺はあいどるじゃないっ」
「そうだけどさ、人気はあった方がいいの」
「さっさと焼け」
「はいはい」
まあ、確かに皆が待っているのは分かる。タレ付けて焼き始めるとその香ばしいにおいに輪が盛り上がった。そうそう、これがいいんだよタレは。けどそれだけじゃなくて、この世界の鶏っぽい鳥がまあそのままでも美味しい。一回お父さんに食べに連れてって貰った地鶏みたいに身はしまってるけど柔らかくて臭くなくてジューシーで、ああ、焼きながら食べたい。だから本当は塩だけでも美味しいんだけど、まあタレの美味しさは別ものって事で。
「メイ、焼けたか?」
ナラとゾラの双子おじさんがわくわくした顔で近付いて来る。その手にはお酒。焼き鳥ってやっぱお酒と合うんだろうな、私には分かんないけど。
「あ、もうちょっとです」
ナラとゾラがきたからかサリュはおとなしく網から離れてジイの横に座っている。なんか猫みたいだ。
「メイ」
「はい?」
「さっきの歌良かったぞ」
「ありがとうございます!」
「あれは歌だけでやるのか? 演奏はどうするんだ?」
「あ」
考えてなかった。アカペラでもいいかなって思ってたけど、やっぱ演奏があると全然違うんだろうな。でも私にはそこまで出来ない。
「演奏あった方がいいですかねえ」
「まあギターくらいはな」
こっちのギターって向こうと同じ形で多分作りも似てる。アコースティックギターって感じだ。ナラとゾラはそれを弾ける。
「あの」
「いいよ」
「まだ何も言ってませんけど!」
「いやあ、あんな曲聴いた事ないし、非常に興味深いから音合わせてみたいんだよな」
からからと笑うゾラが私の頭に手を乗せてぐりぐりと髪を搔き乱した。さっきも団長に頭撫でられたし、なんだろう、私ってそんなに子供みたいなんだろうか。一応、花の女子大生なんですけど。まあそれは置いておいて。
「ギター弾いていただけませんか」
「いいって。今度の練習覗かせてな」
「お願いします! あとあの、一つ相談が」
これは一番の課題だと思ってたけど、ナラとゾラが協力してくれるならこの課題はクリアできるかもしれない。すなわち、「新曲」だ。
簡単じゃないとは思うけど、アイドルには「これ」っていう代表曲っていうかテーマ曲みたいなのが必要だと思う。今はダブルの曲をカバーしてるけど、それだけじゃカツキアイジサリュは輝かないと思う。オリジナル曲は必要だ。とはいえ、作曲なんて出来ないし、と思ってた。けどナラとザラは曲を作れる。
「短い曲でいいんです、カツキとアイジ君とサリュに合うような曲が欲しくて」
「あいつら個性ばらばらだからなあ」
うん、そう。けど、
「そこがいいと思うんです」
「まあ、そうかも、な」
「お願いします」
「まあやってみるか」
「本当ですか! ありがとうございます! あ、焼き鳥、焦げた!」
「メイは頑張るなあ」
また頭を撫でられて、あれ、これって子供っていうか動物みたいなもんなのかな? うーん。
「メイ、出来たなら運ぶ」
いつのまに来たのか側にはサリュがいて、焦げた焼き鳥をさっさとお皿に乗せて皆に配りだした。めずらしく気がきくじゃないの。
「と、とにかく、鳥焼きますね!」
「俺達は曲を作ってみるよ。なんか面白くなってきたな」
そうだ、わくわくしてきた。こうなったら私もやるしかない。歌詞を。
「やってやるわよ」
そうだ。
踏み出せ、一歩。
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