第14話


 メンバーは揃った。

 元気系センターのカツキ。

 しっかりもので皆のお兄さんアイジ。

 それからクールな美形王子様サリュ。


 ビジュアルは完璧。肝心の歌はカツキが中心になるんだけど、全然心配ない。私が聴かせたダブルの曲をもう完コピしてる。私は天才を見つけてしまったかもしれない。

 アイジ君はお兄さんだけあってカツキの歌を邪魔しないように意識しているらしいけど、元々声量があるので迫力出ていい。マイクがないんだから声量は大事だ。

 協力すると言ってくれたサリュなんだけど、最初はちゃんとやってくれるか心配だった。けど、案外、真面目だった。曲もすぐ覚えた。カツキ並みに勘がいいのか、やっぱり歌をやっている人は違うんだろう。


「俺は歌なんてやっていない」

「でもお母さんから習ってるんでしょ?」

「遊びの範囲だ」


 サリュはそんな謙遜するけどサリュの歌には気持ちを揺らされる、そんなものがある気がする。やっぱりお母さんの教育だと思うんだけどなー。


「ねえねえメイ、三人で歌う良さみたいなのちょっと分かってきた」


 カツキが無邪気に笑ってくれてほっとしながら、私はにっこり笑い返した。


「じゃあ、次のステップいこうか」

「すてっぷ?」

「次?」

「もうすぐ夕食だぞ」


 アイドルの練習は普段の興行の練習や各持ち場の仕事の合間をぬってやっている。今も夕食までの僅かな自由時間を使っているのは申し訳ないと思う。でも、やるからには成功しないと意味がないんだ。


「まあまあ、三人はかっこいいし歌も素敵だし、最高なんだけどね、せっかく三人いるんだから、ハモらないと」

「はも?」

「はも」

「ハモ?」


 三人は顔を見合わせて首を傾げている。元々、歌う仕事である吟遊詩人は一人で歌うんだし、誰かと同じ歌を歌うという概念がないっぽいここにはもちろん「ハモる」という概念もないっぽい。簡単に「ハモる」を説明してみたけど、誰もぴんときてないみたいだった。わざわざ違った旋律を奏でながら歌うという一見無意味なことに、三人はそれはもう懐疑的だった。


「意味ある?」

「雑音だろう」

「うーん」

「確かに失敗したら雑音になるよ? でも、うまくいったらすごく綺麗で聞きごたえある歌になるんだよ!」


 見本となるものはダブルの歌しかない。プレイヤーの電池もそろそろやばいんだけど、今は仕方ないからと、三人にはダブルの曲の中で一番ハモリが綺麗な曲を聴いて貰った。聴き終わっても、誰も何も言わない。なんか怖いんですけど。おそるおそる、

「どう?」

「すごい、うん、綺麗だ、すごいよ、これ、やろう!」


 やった、成功! カツキさえ乗ってくれたらアイジ君は無条件OKだし、サリュは時間をかけて説得してもいい。


「ハモるって、こういうことか」


 意外にもサリュの反応は悪くなかった。


「でもこの歌は二人で歌っているだろ? 三人になると旋律が変わるんじゃないのか」


 アイジ君がずばっと問題点をついてくれた。うんそれ、そうなんだよね……。私が教えられるのはダブルの二人分の音程だけ。三人目がどんな音程で歌えばいいかまでは分からない。


「とりあえず、センターのカツキは一人で主旋律を歌って、二人は一緒にハモるっていう方向でいこうかと」

「せっかく三人なのにもったいないな。んー、少し時間くれないか?」


 アイジ君が珍しくそんな事を言う。ちょうど私も食事の準備にいかなきゃいけない時間だから、それにはすぐ頷いた。


「じゃあアイドルプロジェクトはまた明日ってことで。おつかれさまでした」


 ぺこりと頭を下げて、私はキャンプの調理場まで走った。今日の晩御飯は焼き鳥の予定だ。焼き鳥みたいなものはこの世界にもあったみたいだ。細い枝に鶏肉を刺して焚き火で炙る。味付けは塩とハーブみたいな草。焼き鳥っていうかケバブっぽい。これはこれで美味しいけど、普通の焼き鳥が食べたくなって作ろうと思ったんだけど、タレに苦労した。

 砂糖はある。ハチミツもあるし、甘みはなんとでもなるけど、醤油がない。醤油、醤油がないのは日本人にとって結構な地獄だった。むしょうに食べたくなるあの味が恋しくて、市場で似た色の液体を買ってみては失敗する事を何度も重ね、ようやく私は醤油もどきにたどりついた。


「ごめん、遅くなった」


 調理場に飛び込むとニーナがわざとらしく頬を膨らせた。それを真似してワカバも頬を膨らせる。


「あいどるがいそがしいもんね」

「ごめんって。あ、串に刺すところからだよね? やるやる」

「ふふ、嘘だよ。あいどるの方はどう?」

「ん? 頑張っているよ。そうだ、アイジ君が珍しく何か考えがあるみたいな感じだったな。いつもはカツキの付き合いって感じだけど、ちょっとやる気出たのかな?」


 ニーナが切った大ぶりの鶏肉を竹の串にさしながら私はさっきのアイジ君を思い出した。


「アイジ君はいつも色んな事かんがえてるんだよ?」


 ワカバがどこか誇らしそうに笑っている。好きな人の事を話すワカバはいつもよりもっと可愛く見えた。


 好きなひと、か。


 そういえば最近、団長と話せてない。忙しそうだし、私もアイドルにかかりきりだから。でもきっとこのアイドルプロジェクトが上手くいって集客が増えたら団長も喜んでくれるはずなんだ。その為のアイドルなんだし。


「メイ、そろそろお肉焼かなきゃ」

「あ、そうだね。半分は塩で半分はタレね」

「たれ……確かに美味しいけど……」

「大丈夫よ、試食の評判はよかったじゃない」

「だって、材料の事、言ってないから」

「いいの、美味しいんだから」


 醤油、そう、件の醤油問題だけど、私は解決したのだ。本当に偶然見つけたそれは「スライムの血」だった。血っていうか体液かな。


「うう、聞かなきゃよかった」


 ニーナががっくりと肩を落とすのをみて、ちょっとゴメンねって思う。私も言わなきゃよかったんだけど、試しに、って作ったタレの味をみたニーナに「これなに」って聞かれて馬鹿正直に教えてしまったのだ。

 ちっちゃなスライムくらいなら私の剣さばきでも倒せるようになって、たまたま見かけた血が醤油の色に似ていたのだ。それを煮詰めて舐めてみた――って私醤油に飢え過ぎてそんな事出来るようになったなんて怖いな――まあ、舐めたら風味がビンゴだったって訳だ。今ではスライムを見ると醤油差しに見える。ニーナいわく「スライム食べるなんてナイ」だそうだが食文化っていうのは変わっていくものだから大丈夫大丈夫。

 まだ乗り気じゃないニーナに変わり鶏肉にタレを塗って焚き火の上で炙ると、途端に香ばしい香りが広がっていく。


「あー、これこれ」

「確かにいい香りね」


 ようやくニーナが笑ってくれてほっとした。それに合わせるように、あちこちのテントから皆が顔を出した。


「え、なにこれ、いい香り」

「今日の晩御飯です、もう少し待って下さいね」


 初めての香りのはずなのに食欲をそそるらしい。ふふん、食べたときの感想が楽しみだ。

次々と現れる顔の中には団長とダジマさんもいて、俄然やる気になって、私は山ほどの焼き鳥を焼いた。

 焼き鳥は大人気で、特にタレの方は「どんな味付けを」って何度も聞かれたけど、ニーナが不安そうな顔するから企業秘密だって答えといた。


「キギョウヒミツ? 相変わらずメイの言う事はよく分からんな。が、美味いものは美味い」


 団長が笑いながら私の頭を撫でてくれる。大きな手は私の頭なんて簡単に掴めそうで心臓が飛び出るかと思った。団長の手は大きい。けど大きいのは手だけじゃなくて体も心もで、たとえばこの大きい手と体で抱きしめられたらどれだけ安心するんだろうって――。


「ところでメイ、あいどるとやらの方はどうだ?」


 ダジマさんの言葉に我に返りながら私は思わずサリュを見た。なんで俺を見るんだ、みたいな顔したサリュがアイジ君を見て、困った顔でアイジ君がカツキを見る。それまで焼き鳥に夢中だったカツキがアイジ君の言いたそうなことに気づいてにぱっと笑った。


「なかなか面白いぜ、あいどる」

「そうなのか。少し見せて貰えないか?」

「うーん、けど、まだ練習段階だしさ。メイがいいって言ったら見せるけど?」

「ちょ、なんで急に私」

「だってメイは俺達の先生じゃん」

「先生じゃないよっただの発案者で」


 ダジマさんはマスクで顔を覆っているから表情は分かりにくいけど、きっと今、笑ってる。って言うか団長も笑っているし、皆に笑われてるんだけど!?


「メイ、ちょっとだけならいいじゃないか」

「いやいいけどやるの私じゃないし皆がよかったら」

「じゃあちょっとだけ」


 カツキが焼き鳥を持ったままで立ち上がり、それに乗ってアイジ君も立ち上がる。サリュは黙ったまま焼き鳥食べてるんだけど加わらないつもりか。けどカツキが許さなかった。


「サリュ、さっきのハモやって」

「いやお前ら二人でいいだろ」

「オレ三番目の旋律重ねてみるから」

「さっきアイジが思い付いたやつか?」

「そーそー、早く試したいし」


 ダブル二人分のハモリしか教えてないのに? アイジ君が三人目のハモりを思い付いた?

私が目を丸くする横でめちゃめちゃ嫌そうにサリュが焼き鳥をお皿において、肩をすくめた。


「立たなくていいだろ」

「えー」

「まあまあカツキ、今はちらっとするだけなんだからいいじゃないか。それより俺は下でサリュが上をやればいい?」

「あ、うん、じゃあやってみよ」


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