第12話
☆
アイドルを作ります。
突然妙な事を言いだした私に、団長とダジマさんは顔を見合わせてから、一緒にいたノーラさんに向かって首を傾げて見せた。
「いいじゃないか、よその団にはないものを作るのは悪い案じゃないと思うよ。何より面白そうだ」
「まあ、ノーラがそう言うなら」
やっぱりノーラさんに協力を仰いだのは正解だった。団長から正式はGOを貰って、私達は本格的にアイドル作りにこぎ出した。
まずは一番好奇心旺盛なカツキに声をかけて、アイドルをやってみないかと話をする。最初はしきりに首を傾げていたカツキだったけれど、三人で歌って踊るという見た事のないスタイルに興味はあるようだった。
「でも、出来るかな、そんな事」
「出来るに決まってるだろ、あんたはそこらの吟遊詩人とは比べられないくらい、いい声してるんだし」
ノーラさんに絶賛されて嬉しそうに顔を伏せるカツキは本当に高校生みたいで可愛い。そして高校生とは、乗ったときに最強の力を発揮するものだ。
「あー、本当? メイもそう思う?」
伺うように顔を覗きこまれて、大きな目の力にどぎまぎしながら私もぶんぶんと首を縦に振った。
「私はカツキの声、好きです」
「そっか。ふふん、じゃあ、ちょっとだけやってみるか、その、あいどる、とかいうの」
やった!
私とノーラさんは顔を見合わせてにまりと笑いあった。
こうなると弟を可愛がっているアイジ君を誘うのは随分と簡単だった。ニーナとワカバも加わって勧誘に行くと、説明を聞いて貰って「カツキはやるって」というだけでOKだった。本当この人はいい人だ。
「でも、俺、歌うなんて出来るかな。それに演舞とかした事ないしさ」
「大丈夫です、踊るっていっても腕と足を少し動かすくらいから始めますから」
私が力説するとアイジ君は肩をすくめて苦笑する。
「それって、だんだん難しくしていきますって事でしょ? メイはやり手だなあ」
「え、いや、あの、でも、その、絶対に人集まりますから」
「ワカバもおうえんするね」
ワカバがアイジ君の腕に掴まって天使の笑顔を向けるとNOと言える人なんて、きっとこの団にはいない。おそるべしだ。でも、そのおかげもあって、アイジ君も参加してくれる事になった。
「さて、後は一番の難関じゃないかい?」
うっ、と言葉に詰まったのは事実だからだ。
元気系とお兄さん系が準備出来たのだから、後は王子様系、これは絶対だ。文句なしにサリュなんだけど、一度その話をしたとき、サリュには心底理解出来ないという顔で言われていた。
『馬鹿じゃないのか』
こっちの言葉ではなく、わざわざ日本語で。
本当にどうしてこうも人の神経を逆撫でる方法を知っているのだろう、あの美形は。
けれど、こうして二人の協力は得たのだから絶対にサリュも参加させなければ。
「サリュの事は任せて下さい。なんとかします」
「頼んだよ」
ノーラさんに力強く背中を叩かれて勇気も倍増だ。その勢いのままで私はサリュの姿を探した。
今日は興行が休みだから、メンバーは自分の芸を練習したり、小道具の手入れをしたりめいめい好きに過ごしている。雑用係のサリュはキャンプを回って足りないものを準備したり買い出しに行ったりしているはずだ。
キャンプをうろうろしていると、サリュの姿は倉庫テントで見つけた。興行に使うものを置いてあるそこでサリュは照明の点検をしているみたいだった。もちろん照明といっても電球じゃないから、松明を布で囲った行燈みたいなものだ。夜の興行のときには欠かせないステージセット、みたいなものだろう。
真剣な顔で布を見ているサリュの隣にそうっとしゃがみこむと、嫌そうな顔が私に向けて眉をひそめてくる。
「あー、お疲れ様です」
「……何だ」
「ご相談が」
「断る」
「まだ言ってないっ」
「聞かんでも分かる」
嫌そうな顔が益々嫌そうにゆがめられて、せっかくの美形が台無し。でも、引く訳にはいかない。
「この前話したアイドルの事なんだけど、カツキとアイジ君は了解してくれた。後はサリュだけなんだけど」
「知らん」
「知らんって、サリュ……」
サリュはしっかりと私を睨みつけると不意に立ち上がり、乱暴に前髪をかき乱した。
「仕事の邪魔をするな、暇なお前とは違うんだ」
まあ憎らしいと思うのに、髪をかき乱すとか美形がしたら、とんでもなく格好いい。本当にこれが日本だったらこれだけで仕事になるんじゃないだろうか。いいや、きっとこの世界でもこの「カッコよさ」は不動であるはずだ。このキャンプ内でなければ、サリュの顔を見て頬を赤らめる女子は見たことあるから胸を張って言える。
「サリュ、かっこいいねえ」
「っ、馬鹿じゃないのか!」
また怒鳴られた。
サリュはそのまま別のテントへといってしまって、私の突撃は失敗に終わってしまった。今日はこれ以上続けてもきっと良い状況にはならないだろう。
「もう、なんでこんなに頑固なんだろ」
でも、まだまだ諦めてはあげない!
その日から私のサリュ突撃は日常になった。
時間とタイミングを見てはサリュの側に寄っていって「馬鹿じゃないのか」と怒られる。嫌な日常だけど、負けてはいられない。そのうち皆にも私がサリュを追っかけまわしている事が伝わったようで、応援されるようになった。
「今日もお疲れさん」
「さっきテントに戻ったみたいよ」
あちこちで貰えるサリュ情報に御礼を言っては聞いた場所に走る。サリュのテントに飛び込んだときには一足遅かったらしく、中にはジイしかいなかった。
「サリュは買い物に行ったぞ」
「そっか、すみません、急に飛び込んで」
頭を下げると、ジイは面白そうに皺だらけの顔をもっと皺だらけにして笑う。サリュの叔父とは聞いていたけれど、あまりに歳が離れている気がするのは皆知らない振りをしているみたいだった。このキャンプにいる人には、皆それぞれの事情がある。だから私もその辺の詮索はしない。
でも、せっかくジイと二人なので、ちょっと話したくなった。
「あの。サリュは何でこんなに歌うのを嫌がるんでしょう」
「歌を嫌っている訳ではないじゃろう。あれは人前に出るのを嫌がっているだけじゃ」
「あがり症とか?」
「まさか」
ジイは声高に笑ってから、ふと真顔に戻ってじっと私の目を見つめて来る。人のよさそうな老人なのに、なんだか私は背中がうすら寒くなった。やっぱ、タダ者じゃないんだ。ジイも、サリュも。
人前に出たくないって事はお尋ねもの、とか?
考えたら怖くなるから……やめとこう。
「あ、の」
何か会話を、と焦る私に、ジイは元の優しい老人の顔に戻り小さく笑う。
「あれの母親は歌姫じゃったから、歌は好きなんじゃ」
「そうなんですか」
どうりで子守唄が優しかったはずだ。やっぱり歌えるんじゃん。だったら、問題は人前に出るのが嫌、っていう事だけのはずだ。でも、本当にお尋ねものだったら――。うう、これは私の力でもどうにもならない。思い切って、口を開く。
「人前に出るのが嫌なのって、その、追われてる、とか?」
「はは、そうではない。あれは目立ちたくないんじゃろう」
「やっぱり、無理に興行に出さない方がいいですか?」
「いいや? 頑なに興行に出ない方が不自然じゃろう。わしからも話をしておこう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
保護者の力添えがあれば百人力ではないか。ありがたい!
私はじいに頭を下げてからテントを出た。
もしサリュが入ってくれたら、練習を始めなきゃ。歌はダブルの歌で一番短いのを考えている。ダンスも手を使った簡単なの中心だから、少しの練習でいけると思う。問題は私がそれを上手く教えられるかどうかなんだけど……。カラオケはそんなに上手い方じゃない。
「やっぱ、一回本物聞いて貰った方がいいよね」
電池の残量は気になるけど、ダブルの歌を直接聞いて貰おう。同じ歌い手のカツキなら吸収が早いかもしれない。
サリュが買い物から戻ってくるまでの間と決めて、私はカツキのテントへ走った。
好奇心旺盛のカツキはすぐに私の申し出に乗ってきた。
「メイの国の歌かあ、すごい吟遊詩人なんだろ?」
「うーん、まあ、いいから一回聞いて?」
女の子のテントになんて入れないと顔を赤らめるカツキを無理やりテントに入れる訳にはいかず、その裏でこそこそと私達はイヤホンを分け合っているんだけど、この方が随分怪しい感じがするのは私だけなんだろうか。まあ、カツキはそれどころでもないようだった。
「え、何これ、耳に入れる? 嫌だ、気持ち悪い」
「大丈夫だから、ここから歌が流れるの」
「ますます気持ち悪いよ、何、メイって呪術使とかなの……」
「これはイヤホンっていう――まあ、私の国では音楽を聞く道具なの、はい聞いて」
嫌がるカツキの耳にイヤホンを押し込んで、プレイヤーの音量をあげる。
「ぎゃああ、気持ち悪、音が耳の中でする!」
「大丈夫だから、はい、聞いて」
イヤホンをひっこ抜こうとするカツキの手を押さえて、なんとか曲の途中からカツキは聞く事に慣れてくれたみたいだった。めちゃくちゃ苦いものを食べてるみたいな顔だったけど。
「知らない音が沢山ある」
「あー、何だろ、キーボードかなあ」
「弦楽器と管楽器は分かる、旋律が早すぎる」
カツキは途中からふんふんとギターのフレーズを追っているようで、やっぱり歌の上手い人は耳が違うんだなと感動した。三分に満たない曲はすぐに終わってしまって、私が電源を切ろうとしたら、今度はカツキが止める番だった。
「もう一回、いい?」
「うん」
耳の中で響く音を気味悪がっていた顔はもう嘘みたいに、カツキは真剣にダブルの曲を聞いていた。言葉は全然分からないだろうから、なんかこっちの言葉を当てはめようかと思っていたんだけど、サビのフレーズは早くも覚えたのか一緒に歌い始めている。
「カツキすごいね」
「んー、こんな音楽初めてだ。旋律が速いし、余韻を楽しませる間もない。でも、なんか、気持ちいいな」
「本当?」
「うん、何言ってるか全然分かんないけど」
そう言いながらカツキは嬉しそうに笑った。
ああ、きらきらのいい笑顔だ。アイドルに絶対必要なやつ!
私も嬉しくなって、一緒に歌う。すっごく気持ちよくて、私達はしばらくそこで何度もその曲を聞いては歌った。
そのうち、頭をかきながらノーラさんが顔を出すまで。
「あー、あんた達、こんなところで何やってるんだい」
「何って、歌の練習を……」
「だろうね。でも、誤解してる奴らもいるからさ、後で説明しておきなよ」
「誤解って何を」
「う、わっ」
カツキが急に赤い顔で走り出したのを見送りながら、私はわくわくしてたまらなくなっていた。
「ノーラさん、カツキってすごいね、もう歌を一つ覚えそう」
「そうか、で、サリューの方はどうなんだい?」
「う」
忘れてた。サリュが買い物から戻ったら説得の続きをするんだった。
がっくりと肩を落とした私の背中を撫でながら、ノーラさんが小さく笑った。
「まあ、頑張んな」
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