第11話


 アイドルを作ろう、と張り切ってみたはいいけれど、具体的には何をどうすればいいのか、私は一歩目から躓いていた。とりあえず、と必要なものをノートに書いてみる。元の世界から私と一緒にこっちに来てしまったトートバッグの中身はありがたい事に何もなくなっていなかった。学校帰りだったから、筆記用具とレポート用紙と財布と壊れたスマホとミュージックプレイヤーくらいしかないけど。それでも、この世界の紙は「布?」と思うくらいには分厚くて高級品らしいし、墨汁に木を削ったペンで文字を書くのは、私には大変そうだから、慣れたシャーペンとノートはありがたかった。

 夕食の片づけを終えたテーブルに頬杖をついて、頭をひねる。


 「ええと、まずはメンバーよね。それから歌とダンス」




 メンバー=何人?

 歌=新しく作る?

 ダンス=歌に合わせて振りつけ→誰が?




 そこまで書いて、頭を抱えたくなった。こんなの私だけの手に負える事じゃないわ。でも誰かの協力を仰ぐには、何も説明出来なさすぎる。急に訳の分からない事を言いだした、くらいは思われてしまいそうだ。せめてしっかりしたコンセプトを……。


「やっぱ、メンバーよねえ」


 歌を歌える人はいる訳だし。

 吟遊詩人のカツキは少年と大人の狭間でゆらめくようないい声をしているし、こっちの歌が分からない私でも上手いなあと思った。


「まずは一人」


 カツキは高校生くらいの年齢で、いつも元気で一生懸命な男の子だ。多少幼さが残る大きな目と、癖っ毛なのかくるくると毛先が巻いた茶色い髪が元気なイメージを強くしているような気がする。

 一つのグループには必ず欲しい「元気系」として申し分ない。


 そうなると今度は「クール系」が必要になるけど、もう迷う必要もない。完璧王子様系のサリュがいる。ぐだぐだだった時の私に子守歌みたいなのを歌ってくれたその声を、私は忘れていない。あんなに意地悪な事言うくせに、すごく優しい歌だった。多分、サリュは歌を嫌いじゃないはずだ。


 元気系とクール系の二人、それでも十分なんだけど、サリュとカツキが親しく話しているイメージがまるでない。あまりに水と油過ぎるかもしれないから、潤滑剤に大人のまとめ役がいた方がいいかも。

 すぐに浮かぶのはカツキの兄であるアイジ君だった。歌っているのを見た事はないけど、よく通るはっきりした声をしてるし、きっと練習すればいい感じになる。


「よし、とりあえず最低限のメンバー決まり」


 問題の歌は、とりあえず私がダブルの曲で短いのを教えよう。ダンスの振り付けは覚えているし、簡単なの選んで、と。


 本当はカツキが普段歌いなれた歌にすればいいのだろうけれど、カツキの歌はだいたいがしんみりバラードなので、ちょっと難しい。遠く離れた故郷を想った歌とかが多いみたいだ。吟遊詩人が詠うのはそういう心を揺らす心情なのだと教えてくれたのはサリュだった。それはそれで素敵だから、元気な曲とバラードと、とりあえずは二曲準備するって事でどうだろう。

 ちょっとわくわくすると同時に、ただの誇大妄想を書きなぐっているようで苦しくなる。こんな事を上手く説明出来るだろうか。そもそも、カツキとアイジ君はそんな事に乗ってくれるかな。私一人で説得するのはまだ難しいから、団長に相談しようかと思った時だった。


「何難しい顔してるんだい」


 声をかけてきたのはノーラ姉さんだった。

 そうだ、ノーラさんなら皆に信頼されてるし、それに私の話をちゃんと聞いてくれる人だ。


 私は「アイドルをやりたい」という夢を、ノーラさんにゆっくりと、必死で説明をする。


「……で、具体的にはどうやるんだい?」


「三人でダンス――簡単な踊りを踊りながら、歌を歌うんです」

「三人同時に? 意味があるのか?」

「大丈夫です、三人だったら一人よりも声が大きく鳴って遠くまで響くし、三人の声が混ざったらまったく別のものになって、すごい力になるんです」

「そんなもんかねえ。そんな吟遊詩人は見た事がないよ。しかも踊るんだろ? 大変だ」

「そうなんです、だからその姿に感動するっていうか、かっこいいなって思ってどきどきするっていうか」


 途中、上手く話せなくなってつい日本語も混ぜてしまった私のつたない説明を、けれどノーラさんは最後まで興味深そうに聞いてくれた。

 ノーラさんが協力してくれたら、本当に心強いんだけど……。


 黙り込んでしまったノーラさんをじっと見つめていると、そのうちふっと笑って、私の肩に手がかかった。


「ほんとアンタは面白い事考えるね。いいじゃないか、三人の吟遊詩人が歌いながら踊って、しかもいい男なんだろ、他のどの旅芸団にもないよ、そんなもの」

「本当ですか!」

「うん、面白い。楽しみにしてるよ」


 ノーラさんは私の肩をぽんぽんと叩いて背を向ける。

 あ、手伝ってくれないんだ……。

 まあ、私が勝手に言いだした事なんだし、別に私一人でも――いい。慣れてるし。


 ノーラさんの背中が少しずつ遠ざかっていく。

 一人でもいいなんて……本当にそうなの? 

 一人で出来るつもりなの?


 まだ言葉も完璧じゃないのに、無理じゃん?

 でもどうしたらいいのか分からないし、ノーラさんも本当に興味あるなら協力するって言ってくれてたはずだし……。


 不意に、まだここが夢だと思っていた時にキャンプで鳥に襲われた時の事を思い出した。ワカバを助けようとして自分は転んで。

 詰めが甘いと、自覚したんじゃなかったか。

 いつもその言い訳を並べ立てて、自分の小ささを思い知ったんじゃなかったか。


 こんな何もかも分からない世界でまで同じ事が出来るくらい、私は余裕なのか? そんなはずがない。


 私はもっと必死になるべきなのだ。


 ――踏み出せ 一歩


「あの、ノーラさん!」


 去りかけた背中が振り返る。


「手伝って貰えませんか、さっきの話の。私はまだ言葉も上手くないし、団員の皆さんともまだ短い付き合いだし、それにその、ノーラさんに手伝って貰ったら、きっと楽しいな、って」


 もっと気のきいた格好いい言葉で誘えばよかったと顔が熱くなる。でも、これが今の私の全部だ。

 ノーラさんは私をじっと見つめた後、直ぐに華やかな笑みを浮かべてくれた。


「なんだ、手伝っていいのかい? 私なんか邪魔になるかと思ったけど」

「そんな事ないです、お願いします」

「分かった。団員の事は私の方が詳しいし、確かに力になれる事もあるかもねえ」

「ありがとうございます!」


 急激に目の前が開かれたような気がする。想いを口にしてみたのが良かったんだろう。私は嬉しくてちょっとだけ鼻の奥が痛くなった。

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