第10話
女子会の輪から抜けてサリュの元に走ると、サリュはやけに不機嫌だった。
「どうしたの」
「お前ら、声でかい」
「うぇ、聞こえてた?」
「ちょっとだけな」
「大丈夫だよ、サリュも綺麗な顔してるんだし、そのうちモテるよ、どんまい」
「もてる? どんまい?」
「えっと、元気だしてって事」
サリュは日本語の勉強をしてくれてるから、私もサリュ相手には遠慮なく、こっちの言葉と日本語を混ぜて使ったりしている。
「俺は元気だ!」
「ですよね」
こんなに綺麗な顔をしているのに、サリュは団員の女子からモテてないらしい。それはサリュが興行に出ていないからだ。
旅芸人というからには、皆一芸を持っていて、たとえばワカバお気に入りのアイジ君とワカバはジャグリングみたいな芸をしてるし、アイジ君の弟のカツキとお姉さまノーラは吟遊詩人だし、体育の先生双子は楽器演奏者だし、団長とダジマさんは剣舞みたいな事をしている。他にも体術を見せる人がいたり、そういう芸を見せておひねりを貰いながら旅をしているのだ。
ニーナや私はその裏方でご飯係、他にも道具を作ったりする裏方もいる。サリュとサリュの叔父だというジイは雑用を一手に引き受けていた。
こんなに綺麗なんだし、絶対なんか芸をした方がいいのにと思うけれど、サリュは何も出来ないから裏方を引きうけているのだという。
そんな感じで、芸のないサリュはモテないんだとニーナが教えてくれた。
「アイドルにだってなれそうなのに」
「なんだ、人の顔ばかり見て」
「男の価値って顔じゃないのねえ」
「お前、俺に分からない言葉だと思って好き勝手いってるだろ」
「気のせい」
軽口をたたき合いながら、町はずれに陣取ったキャンプから離れ、街に出た。
古い映画に出て来るみたいな石造りの住宅を横目に見ながら、市場につく。土の広場に布一枚を引いてその上で物を売っている。金銭の流通と商業のシステムが出来上がっている。
売買の仕組みも見慣れたシステムそのもので、本当にここは異世界というよりはタイムスリップした昔の世界なんじゃないかなと時々思ったけど、どっちにしろ私にはどうする事も出来ない状況に変わりない。そこを悩むより、慣れたシステムである事に感謝でもしておいた方がマシだった。
「サリュは何を買う訳?」
「木槌。テント張るときに壊れた」
「また?」
木槌はついこの間買い換えたような事を言っていた気がする。だいたいテントを杭で土に埋め込むのに、木槌はすごく使うんだし、金槌にすればいいのにと思う。
「かなづち? 何だそれは」
「だから、金属で出来てる……もしかしてないの?」
「木ではなく鉄で作ると? 槌を? 貴重な鉄をそんな事に使う鍛冶はいないだろ」
「でも絶対便利なのに。一回買ったらずっと使えるし」
剣があるんだから金属だってある。ただそれを日常的な事に使う事はしないみたいだ。効率がよくなると思うけどなあ。
市に来るのは何度目かだけど、この街の市はちょっと元気がなかった。最初に私が泊めて貰った宿近くの市はにぎわっていた。あれからいくつか街を変えてきたけれど、やっぱり王さまのいる城から離れれば離れるほど人口も減るみたいで、この辺はいわゆる田舎なのだろう。
「それだけじゃない。ここは国境付近だから度々隣国との諍いに巻き込まれている」
サリュが教えてくれた通り、確かに家もあちこち壊れているのが見えた。そのせいか、街の人に元気がないように見える。
ちょっと周りを見渡していると、同じ歳くらいの女の子も見かけた。その子達が赤い顔をして逃げていく。
何で?
「その木槌を貰えるか」
サリュが商人と話をしている間、何度かそういう光景を見かけてようやく気付いた。
あれは多分、サリュに見惚れているんだ。
やっぱりこの人は綺麗なんだわ。
モテないのは芸無しって点だけな乗るのね。もったいない。
「何だ、人の顔をじろじろ見て」
「いやあ、やっぱり格好いいなあと思って」
「――馬鹿じゃないのか。さっさと買い物を済ませて帰るぞ」
褒めたのに。心の中で舌を出しながら、私は頼まれていた木の実を買って、それから帰りについた。
戻ってみると、キャンプは大騒ぎだった。
「あ、サリュー、帰って早々悪いんだけど、移動するよ」
「何? どうしたんだ?」
「他の旅芸一団とかぶった」
「……仕方ないな」
サリューは他の団員達と一緒にテントにかけていく。私は意味が分からなくて、ニーナの元に走った。
「ニーナ、どうしたの?」
「あ、メイ。ちょうどよかった。せっかくだけど片づけしなきゃ」
「何で?」
「赤の団が来たんだって。だから移動するの」
意味が分からない。旅芸人一団は同じ街にいてはいけない決まりでもあるのだろうか。でも、皆さもそれが当たり前のように片づけを始めている。せっかく、泊まる用意が出来かけていたところだったのに。
ふてくされながら片づけをしていると、団長とダジマさんが皆に声をかけて回っていた。
「すまんな、隣街は大丈夫らしい。今からなら夜には間に合うだろう」
「大丈夫ですよー、俺ら慣れてますんで」
男の人達が大きな声で笑っているけど、全然笑えない。やっぱり納得出来なくて、こっそりダジマさんに近付いた。
「あの、どうして移動しなきゃいけないんですか? こっちの方が先にキャンプ張ってたのに」
ダジマさんは小さく頷いてから腕を組む。
「うちのような小さな旅芸人一団では、赤の団のような大きな一座には太刀打ち出来ない。ここで興行をしても無駄だという事だ」
「そんなに違うんですか? その、あか、の団って」
「団員は百人を超える」
ひゃく――そりゃ、二十人もいないこことは大違いだ。どんな感じなのかは分からないけど、大サーカスみたいなものかな。だったら確かに大道芸のうちとは比べられないだろうけど。でも、
「悔しいなあ」
うちの大道芸だっていいと思うのに。歌も上手いし楽器も楽しいしワカバ可愛いし団長かっこいいし。ぶつくさ愚痴をこぼす私にダジマさんが吹き出した。顔が見えない割に、ダジマさんは感情が分かりやすい。
「いいんだよ、うちは大儲けしたくてやってるんじゃないし」
「でも、こういう事、慣れるくらいあるんでしょう?」
「まあ、かなり小さいからな。それでもメシに困らないくらいにはなっているのは、質がいいからだ」
「だから悔しいんです。人数少なくても、なんかすっごい事したらお客さんこっちに来てくれないかな」
「すごい事、か。まあ、他との差別化をはかるのはいいかもしれないな、メイは私達には考えもつかない事を考えるから、また思いついたら教えてくれ」
ダジマさんはそう言うと、団長の元へと去っていく。
「メイ、手伝って」
ニーナに呼ばれて片づけに戻りながら、私はさっき自分で言った「すっごいこと」を考えていた。ダジマさんは他との差別化はいいかもって言った。でも、私は他の旅芸人団を知らない。
もっと、知らなきゃなあ。
どうすればこの世界の人達が喜んで見に来てくれるような事が出来るのか。
「ダブルがいたら絶対人集まるのに」
「だぶるって何?」
ため息交じりの独り言を、ニーナが拾う。
「えーと、アイドル、皆に元気とか笑顔とかくれる人達なんだけど」
「何をするの?」
「歌ったり、踊ったり、お芝居したり」
どういえば上手く伝わるのか考えながらダブルの事を思い出すと、少し心が癒される。電池がもったいなくて、最近は歌を聞けてないけど、今日は聞こう。すごくヨージの声が聞きたくなった。
「メイ、そんな人が本当にいるの?」
「え? うん」
「だって、歌って踊ってお芝居してって、そんな事出来るの? 吟遊詩人なのに演舞の練習もしてるって事?」
ニーナは心の底から驚いたような顔をしている。確かにそれは並大抵の努力ではないだろうけれど、そんなにも驚くようなものなのだろうか。この世界にだって歌も踊りも芝居もあるんだから、それくらい――。
「メイの国にはすごい人がいるんだね」
「ここにはいないの?」
「いないよー、吟遊詩人は吟遊詩人だよー」
そんなものなのか。
「見てみたいなあ」
ん?
もしかして。
これって、使えない?
「ニーナ! 本当に見てみたい?」
「え? うん、だってすごいじゃない」
「じゃあ……作っちゃう? アイドル」
そうよ、いないなら作ればいいんじゃない? ダブルとまではいかなくても、少しはトキメク日々が作れるんじゃないだろうか。
不意にサリュの顔を見て頬を染めていた街の女の子達を思い出す。
かっこいい顔を見て元気が出るという概念も、かっこいいの概念も、きっと私とそう変わらないはずだ。
「メイ? 作るって、どういう事?」
首を傾げるニーナに向かって、私は拳を掲げながら叫んだ。
「この旅芸人一団でアイドルを育てるのよ!」
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