第9話



 今日はこの辺でキャンプを張ろうと団長が口にした瞬間から、全員が一斉に動き出す。馬をつないで荷物を下ろして、男の人が中心になってテントを張る。私は料理窯担当だから同じ担当、おさげ髪のニーナと荷物の整理を始める。


「ニーナ、ナイフ、足りない」

「あ、そういえばアイジが借りるって持っていったわ」

「後で貰ってくる」

「お願い、助かるわ、メイ」


 私がこの旅芸人一団「旅の団」に入れて貰ってから、三か月がたった。三か月っていっても、こっちには明確なカレンダーみたいなものがないみたいだから、私が勝手に日にちを数えているだけなんだけど。


 この三カ月は必死で言葉の勉強をした。団長とダジマさんとサリュにずっとくっついて朝から晩まで、大学の受験勉強だってこんなに必死にならなかったなあと思う。そのかいあってか、なんとか会話をする事は出来るようになった。

 一番助かったのは、ここの生活習慣が、私の知っているものとさほど変わらなかったという事だ。服を着るとか、お風呂に入るとか、ご飯は一日三回食べるとか、本当にもう「服なんて着ない」みたいな環境じゃなくて本当に良かったと思う。男女の概念も、体の作りも、見た目は私の知る「普通」のもので、それも私を助けた。


「メイ、市場に行くが、お前はどうする」


 不意にサリュに声をかけられる。サリュは団長の言いつけどおり、私の世話係を嫌々でもやってくれていて、基本的に私達はいつも一緒だった。


「ええと。ニーナ、木の実、少ない?」

「そうね、お願い」

「じゃあ、サリュ、私も行く」

「分かった、後で声かける」


 去っていくサリュに小さく手を振っていると、ニーナが面白そうに笑った。


「本当に過保護よね、サリュ」

「違う、サリュ、世話係だから」

「サリュがこんなに誰かと過ごすの、初めて。メイが好みなんじゃないの?」


 ニーナはからかうように私の頬を撫でた。


「そんな訳ない」

「触らしてくれないからよく分からないけど、サリュって格好いいんじゃないの?」

「うーん、多分、すごい綺麗な顔」

「やっぱり」


 そう言ってニーナは笑う。おそらく同年代のニーナと仲良くなれたのは本当に嬉しい。

 ニーナは目が見えない。貧しい村で生まれ育って、お金持ちに売られた頃に見えなくなったって聞いた。多分、栄養が足りなかったんじゃないかと思う。倒れてるところを団長に拾われたんだって、ニーナは笑うけど、どうしてそんなに明るく笑う事が出来るのか、私にはその強さが神々しかった。

 ニーナだけじゃなくて、この一団は本当に皆色々あるらしかった。ワカバは戦争で村ごと焼かれたただ一人の生き残りで、団長に拾われたとか、私より十は年上のお姉さんノーラはずっとホームレスだったとか、私には想像もつかないような人生の人達ばかりだ。

 深く詮索はしないけど、ダジマさんがいつも顔を布で覆っているのはすごい傷があるからだって、体育の先生みたいな――ナラが教えてくれた。そういえばナラは双子でもう一人体育の先生みたいな人ゾラが出てきたときは思わず噴き出してしまったけど。


 とにかく、この中にいると「異世界から来ました」って事でさえ、ただの個性の一つ、みたいに思えてくるから不思議だ。


「ねえ、メイは、誰が好み?」


 遠慮ないニーナのこれも、普通の「コイバナ」みたいで不思議になる。全く違う世界でも、その概念も同じなのかと。


「まだよく分からないよ。ニーナは?」

「ふふ、内緒」

「えー、ずるい」

「メイが教えてくれたらね」


 こんな会話、くすぐったい。高校の頃は普通だったけど、知ってる人が誰もいない地方の大学にいってからはもっぱら一人行動だから、こんな会話が懐かしかった。


「メイはサリューが好きなんでしょう?」


 不意に会話に割り込んできたのはワカバだった。ちょこまかと走りまわるワカバは皆のマスコットみたいで癒しだ。でも、やっぱり女の子、こういう話好きなんだなあ。


「サリュは世話係っ」

「でも、仲いいね」


 サリュとは一番会話をするけど、相変わらず意地悪な物言いをされたりもするから、半分は喧嘩腰のような気がするんだけど……そういうのも仲がいいっていうのかな。


「ワカバはアイジが好きなんだよね」


 ニーナにいきなりぶっこまれて、ワカバの顔が途端に赤くなる。可愛い。


「ニーナっ」


 アイジ君は二十代半ばくらいの優しい陽気なお兄さんだ。団の中では一番アジア系の見慣れた顔をしているから、私も親しみを持っている。言葉が分からない私にもよく声をかけてくれたし、弟のカツキと共にムードメーカーみたいだ。ワカバって趣味いい。

 ちらと私を見たワカバが上目づかいで呟く。


「メイもアイジ、好き?」

「ええと、優しい兄って、感じ」

「お嫁さんにならない?」

「ならないよ!」

「よかった」


 心底ほっとしたように笑うワカバは歳よりも大人びて見えた。なんだこの可愛い天使は。

 そもそも私にはまだコイバナをするような余裕もないんだし。心はダブルのヨージに捧げてるし。

 女子三人で固まってこそこそしていると、女子リーダーのノーラまで乱入してくる。


「なんだ、面白い話してるねえ」


 女子で一番年長だからか、ノーラは私達を妹みたに可愛がってくれている。大人の色気はすごくて、胸も大きいし、すれ違った男の人がまず振り返るような美人だった。どうやら、こっちの男の人も胸が大きいとか好きみたい。

 ノーラは私の頭に手を乗せて、にやりと笑う。


「メイは年上が好きだろう?」

「う、え?」


 み、見透かされてる?


「年上って事は、やっぱりアイジなの?」


 ああ、そんな顔しないでワカバ。


「違う、もっと上」

「え、ゾラとナラ?」


 体育の先生ズは好みじゃないけど、ちょっと吹き出しかけているのは何故なの、ニーナ。


「いやあ、まあ彼らも男らしいけど、ほらもっといい男がいるじゃないか」

「あああ、ノーラ、私は別に、団長を好きとかじゃなくて、ええと、恩があるっていうのか、その」

「団長!?」


 あ。


「はは! やっぱりねえ、顔つきが違うよ、メイ」

「団長、おじさんだよ?」

「だから違うって」

「団長と話すとき声が違うと思ってたけど、緊張してるのかと思ってた」

「だから違うって、ニーナ」


 かっこいいし恩もあるし、言葉を習う為に暇があれば押し掛けてたから結構話もするけど、そんなんじゃない……多分。


「わ、私にはヨージがいるし!」

「ヨージ? 国の男かい?」

「そんな、感じの」


 アイドルなんですが。向こうは私の事など知りもしませんが。


「何だ、相手がいるのか」

「お嫁さんなの?」


 ワカバのまっすぐな目が痛い。


「婚約者とか?」


 ニーナのピュアな声が辛い。

 でも、もうそういう事にしておこう。


「まあ、そんな感じの」

「どんな人?」

「かっこよくて、見てるだけで元気になるような」


 おお、と感嘆されて、虚しいやら恥ずかしいやら罪悪感やらでいっぱいになった時、タイミングよくサリュに呼ばれた。


「私、市場に行って来る」

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