第5話
◆
目は覚めなかった。
いや、痛みに何度もうなされながらもうつらうつらと眠ったけれど、何度目覚めてもここは私の部屋ではなく、私のベッドではなかった。
夢じゃない。
それは何を意味するのか、私にはまだ何も分からない。一つだけ分かるのは、私は確かに今「ここ」に存在していて「今」をここで生きなければならないという事だけだった。
「なんなのよ」
もう何度口にしたか分からない愚痴をまたこぼして、寝返りを打つと、綺麗な顔のアップが現れて思わず悲鳴をあげてしまった。綺麗な顔が不機嫌そうに目を開ける。
「起きたか」
「さ、りゅ」
「足はどうだ」
「痛い」
「分からん。痛いのか」
やっぱり私にはサリュの言葉が分かるのに、サリュには私の言葉は分からないみたいだ。痛いのかと聞かれた事には頷いて応えて、そっと足を触ってみる。薄い布でまかれた右足首は多分捻挫で、痛いのは転んだときに擦った太ももと打撲した脛だった。随分派手に転んだのだろう。
サリュは身を起こして大きく伸びをしている。
何度か目を覚ます度、私はサリュの姿を探してはすがりついた、ような気がする。それを想像するとまるで小さな子供のような自分に恥ずかしくてたまらなくなるが、サリュはその度に嫌な顔をしながらもこうやって側についていてくれたのかと思うのは、嬉しい。それに、まるで子供をあやすように子守唄っぽいのを歌ってくれていた事が一番私を落ち着かせた。
「起き上がれたら団長のところにいくぞ」
「団長」
「そうだ。お前のこれからをどうするか、話をする」
これからを……。
どうしたらいいかなんて、何も分からない。だって、ここはどこ? なんだから。なんで私はこんなところにいるのか、いつの間にか誘拐されて、砂漠に棄てられたのかと思うと、怖くて仕方がない。団長の前に連れていかれて、最悪殺されるのではないかと思うと、震えが止まらなくなる。
スマホでこの場所の事を調べようと思ったけれど、壊れてしまったのかまったく反応しなくなっている。
砂漠、というと勝手に怖いイメージがわく。もしここがそうなら、テレビで見ていた怖い事が日常なのだ。そんな事は自分に何の関係もないと思っていたのに。嫌だ嫌だ、イヤダ。死にたくない。怖い。
「おい、メイ、痛いから放せ」
知らぬ間に、サリュの腕にしがみついていたらしい。困ったような顔をしたサリュに腕から引き剥がされてびっくりするくらい心細かった。
「ったく、なんでこんな……調子狂うだろうが」
愚痴のように呟いてサリュは前髪をかきあげる。金色の細い髪が指の間からさらさらと落ちるのが綺麗だった。それから、ちらっと見えた、いつもは前髪に隠れている右目が見えたとき、その青い光にどきりとする。片目は金色だから、サリュの両目は片違いの色なのだろう。思わず指差してしまう。
「サリュ、目、綺麗」
「っ! 見えたのか? ――黙ってろ」
随分低い、物騒な声で言われて何度も深く頷いた。これはサリュの触れてはいけない部分だったのだろう。
「それより、身を起こせるくらいなら、団長のところにいくぞ」
「いや、まだいいです」
「何だ? とにかく来い。団長が一番いいようにしてくれる。あの人はそういう人だから」
あのひと、と口にする瞬間は見た事もないくらいに優しい微笑みをこぼすサリュに見惚れて、私は馬鹿みたいに気付けばその後について歩いていた。
「このテントが団長の部屋だ」
銀色の幕がかかっているテントは、幕の色以外は他のテントと変わりがないように見えた。団長っていうからには団の長なんだし、もっと大きいテントにしたらいいのにと思う。
「団長はそういう事にこだわらないんだ」
何故私の思いが分かったのか、サリュはどこか誇らしげにそう言うと、うやうやしく銀の幕を開ける。
「団長、メイを連れてきました」
「ああ」
サリュの後ろからついて入ったテントの中は、やっぱり他のテントと同じように見えた。
中では団長とダジマさんが胡坐をかいていた。
サリュの隣に正座しながら、そっと団長の顔を盗み見る。
ライオンのタテガミみたいな髪を今日は首の後ろでくくっている。やっぱり彫の深いハリウッドの俳優みたいな男前で、くらくらした。
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